2 友の虚構疑惑
《そうよ……そうだわ、何故その発想に至らなかったのかしら》
何やら呆然とした様子のロティ。
「そっか、出てこないんなら引っ張り出せばいいんだ」
何やら物騒な気付きを得たらしいミュイユ。
急に変わった会話の流れに戸惑う俺。
……待て待て。何気なく口にしてしまったが、まさか実現可能だというのか? ロティの姿を顕現させることが?
長らく声しか聞いてこなかった存在、一体どんな容姿をしているのか気にはなるが。
……気にはなるが。
今更顔を合わせるのってなんか妙に面映ゆいものがあるんだが。
かといって、言い出した手前、そんな理由でやめろと言うわけにもいかず。
とりあえず食事を続けながら成り行きを見守ってみることにする。
《思えば、ミュイユの指向素は界祇……あの術の原理なら近いことは不可能じゃないはずだわ。それにしても今まで考えもしなかったなんて……》
ロティの喧しい独り言を聞き流しつつ、肉を頬張る。ついでにゼオに一本貰った褐酒を自分の杯に注ぎ、勢いよく飲み干す。
華やかな香りは控えめに、苦みを強く押し出した種類の褐酒。北部風火酒にも似た傾向の味だがここまで尖ったものも珍しい。口中の脂を洗い流すような飲み口が揚げ物と好相性。今度俺も買ってみよう。
青魚のほぐし身と根菜の汁物を一口啜り、新しい衣揚げに手を伸ばす。
その際ミュイユがゼオに何やら相談しているのが耳に留まる。
「アタシのアレならさ、なんとかなりそうな理屈感じるんだけど」
「あぁ、確かにねぇ。供給源だけどう指定するか難しいところだけど、ちょっとした応用で実現できそうではあるかな」
「だよね。多分筋は通ってる」
満足げに頷くと、ミュイユはこちらを見て言った。
「それじゃフィーノ、食べ終わったら実験するから」
言うだけ言って、自分の食事に戻るミュイユ。
隣ではゼオが、何か考えるような素振りをしつつ酒杯を傾けていた。
「……実験って、何をするつもりなんだ?」
流れでなんとなく察しは付くが、念のため尋ねてみる。
俺の問い掛けに、ミュイユは「決まってるでしょ」と肉を齧りつつ答えた。
「アタシの術で、そのロトゥ……なんとかの姿を現させるんだよ」
妙に得意気なミュイユの言葉に思わず頭を抱える。抱えた頭に響くロティの圧の強い声。
《ミュイユが言わなければあたしから提案するところだったわ。これは是非とも試してもらうから。逃がさないわよ》
声だけの存在がどうやって逃がさないつもりなんだよ。
嘆息しつつ、再度注いだ褐酒を喉へ流し込む俺。
「えっと……つまり、フィーノ様の脳内存在はちゃんと存在するんですねっ!」
噎せる俺。
……アステル、なんでさっきあんなに訊きにくそうにしてたのかと思ったら……まさかそこから疑ってたのか?
いや、詳しい説明を避けてきた俺にも責はあるのかもしれないが……。
「今まで何と話してると思ってたんだよ……」
ぼやくような俺の言葉は、安堵したような笑顔で衣揚げに齧りつくアステルには届いていないようだった。
『穢花法』と呼ばれる戦闘技術は、『祇心を二重に行使するもの』として定義される。
所定の契約により、恒常的にその力の行使を可能とする『主約』。
主約として契約した祇心とは別に、一時的に力を借り受けることで主約の力の放出に一定の方向性を与える『指向素』。
この二種の祇心の力を組み合わせて行使する技術が『穢花法』――この地で一般に『術』と呼ばれるもの。
アステルの『祝福・砕突一点』であれば、壊祇を『主約』とし、『指向素』として護祇を行使することで破壊的な力を鎧のように身に纏うもの。
ゼオの『呪方・終止門』なら、『主約』死祇に『指向素』壊祇を組み合わせて行使することで、対象物を強引に粉砕・消滅させるものとなる。
厳密には、この上で更に、術としての力の放出のさせ方に流射式・纏臨式・炸花式という三種が存在する――らしいのだが。
……正直なところ俺には、根本的な理屈からしてよくわかっていない。
全てロティから聞きかじっただけの知識であり、かつ、俺が使う『裁儀』あたりの術は何やら全く違う原理で動作しているらしく、一般的な術知識が何の役にも立たないためである。
さておき。
いま焦点となっているのは、ミュイユの使う術の一つ、『顕鏡』。
素体となる武器片からその使い手を一時的に再現する、謂わば召喚術。
その主約として剣祇を。
指向素として、界祇――時間や空間に作用する祇心を行使することで成立している。
この術に含まれる、不可視の存在の具現化という要素を悪用――もとい応用すれば、俺の中に潜むロティの姿を顕現させられるのではないか、という目論見だった。
その理屈に本当に筋が通っているのかは俺にはわからない。というか筋さえ通っていればどうにかなる性質のものなのかがまずわからない。
が、なんだか異様にやる気になっているミュイユとロティを止める術は俺には無く。
食後一息つく暇もなく、俺はその実験とやらに付き合わされることになった。
「えっと……普段と同じ感覚で、フィーノに対して発現させればいい感じかな」
「そうだねぇ、この場合だと……フィーノ君を素体に、ロティだっけ? その誰かさんを所持者として定義する想定になるから……」
《ミュイユの負荷軽減と術の安定性のためにも、主体権をあたしかフィーノに寄せる方がいいわ。そう伝えて》
「はいはい……」
何やら小難しいやり取りをするミュイユとゼオ、口を挟もうにも声が届かないロティの中継をする俺。
居間の中央で、俺はミュイユと向かい合っていた。
ミュイユの後方にはゼオ。アステルは椅子に腰掛け、遠巻きに様子を見ていた。
左右に垂らした白黒の長い髪を弄りつつ、ミュイユが俺の目の前に歩み寄る。咥えた擁滓玉の、白い吐息の香りがわずかに強くなる。
「そんじゃフィーノ、手出して」
「手?」
言われるままに、片手を握手するように前に出す。
身長差のせいでほぼ顔の前に突き出すような形になった俺の手を、ミュイユが両手で握った。
「じゃ行くよ。痛かったら適度に諦めて」
そして、普段よりも強く集中するよう目を閉じ、『祈り』の言葉を小さく呟いた。
「随祈――『顕鏡』、……『虚』」
俺の手を包むミュイユの両手に力が籠もる。
その手から、俺の全身へ痺れのようなものが走る。
視界が一瞬だけ白く染まる。あるいは俺の虚躯自体が光に包まれたのか。
どことなく拒葉剣に触れた時の感覚に似たものを感じつつ、俺は軽く眩んだ目をしばたたかせた。
……えっと、もう終わったのか?
特に痛いとかそういうのは無かったようだが。
俺の手を握る力が弱まったのを感じ、俺は正面のミュイユを見る。
目に入ったのは、ミュイユの頭。どうしても上から見下ろす形になるミュイユが、更に俯いて下を見ていたため頭頂部しか見えなかったようだ。
……下?
ミュイユの視線を追うように、俺も下を向く。
二人の足元、沈黙して向かい合う俺とミュイユの間の床に、気付けばそれは横たわっていた。




