1 未だ素面を見たことがない
その奇妙な依頼は、ある朝いつものように聖立共壇に仕事を探しに行った俺に、急遽飛び込んで来た。
同じように朝の仕事探しに集まった人達でごった返す喧騒の中、例の特殊依頼がある、と職員に声を掛けられた俺は、通常のものから少し離れた所にある別窓口に案内されていた。
「三人組の捜索……ですか?」
訊き返す俺に、ええ、と頷く共壇職員のシグネーさん。
「ローナペゼの街付近、正確にはローナペゼ北部の旧国境付近にて目撃される、とある三人組を捜して頂きたい、というのが今回の依頼内容となります」
人捜し。確かに手間のかかる仕事ではあるが、為聖庁から直々に俺に依頼される内容としては、なんというか、随分と……、
「楽な仕事、ですか?」
首を傾げていた俺の心中を見透かしたように言うシグネーさんに言い訳のように答える。
「あ……いえ、不満があるというわけではないんですよ。ただ、こう、確かにいつもより楽そうというか、安全そうというか」
為聖庁――言わば政府であるその機関から俺を名指しで届く依頼は、大抵は他の誰にも手に負えなくなった危険なものばかりだ。危険度に応じて報酬も良い。
そして、今回のこの依頼。
かなり大雑把な範囲での人捜しなので確かに骨は折れそうだが、それだけだ。聞く限りでは、俺が動く程の内容では無さそうなのだが……。
そう考えていると、シグネーさんは、
「簡単そうで不満ですか?」
と冗談めかして言った。いやミュイユ並に表情が読めないので冗談めかしたのかどうかは定かでないが。
「安心してください。勿論、聖王様の期待通りの厄介な依頼になっております」
「いや別に俺は楽なら楽でいいんですけど」
「そんな楽な話は聖王様には回ってきません」
……そうですか。むしろ簡単であることをちょっと期待したのだが、諦めて詳細を聞くことにする。
「まず聖王様にはこちらの資料を……」
「あ……あの、シグネーさんすみません」
話し始めたところ申し訳無くは思ったが、どうしても気になる点があり遮らせてもらった。
「前にも言ったと思うんですけど、その聖王様って呼び方はちょっと……」
そんな大層な呼ばれ方をするのはどうにも性に合わないので、極力控えてほしいと以前頼んだのだった。
失礼しました、とシグネーさんは一度咳払いをすると、
「では聖……フィーノ様、こちらの資料をご覧ください」
と、地図と何やらの書類を広げた。
書類には色々と細かな文字、地図はローナペゼ付近のもののようだ。
「このローナセラより西へ廻輿で三日程の距離、ペセゼンとコルゴナの旧国境が西街道と交差する位置にあるローナペゼの街はご存知ですね」
「えー……はい、それとなくは」
ここからまっすぐ西に向かった辺りに、ここと同規模の大きな街があるらしい事は知っていた。旧国境とやらがどういったものなのかはよくわからないが。
ひとつ頷くと、シグネーさんは続ける。
「改めて説明致します。そのローナペゼ近辺にて近頃目撃される……三人組の魔族。その捕縛あるいは討伐が、今回の依頼内容となります」
その言葉に、思わず息を飲んだ。
魔族。大陸北部を支配する民族で、南半分を統一するこちらの国、統聖国と大陸を二分して長年争ってきたらしい。
と言っても、一年前の大災害による大陸全土の被害とそこからの復旧による両者の疲弊で、現在は休戦状態になっているという事だったが。
その魔族が、この時期に実質的な緩衝地帯であるセラン・ウェーラーを抜けて南下してきたというのは、確かにきな臭い話ではある。
「ちなみに、その三人組はこちらで何か問題でもしでかしたんですか? 敵対しているとはいえ、往来自体は規制されていなかったと思うんですけど」
ただ入国しただけで俺が捕縛のため駆り出されるとは考えにくい。武装して街を襲撃しただとか、何か重大な犯罪行為でも起こしたというのならその対応も頷けるのだが。
俺の疑問に、シグネーさんは書類の一枚を指し、
「食い逃げです」
「……く……?」
存外小っちゃな原因が出てきて思わず力が抜けてしまった。
弛緩した俺の態度を咎めるようにシグネーさんは些か語気を強めて言う。
「食い逃げも立派な犯罪行為です。敵対国にて法を犯すのなら、聖……フィーノ様によって成敗されても致し方無いというもの」
「そういうものですか……」
そういうものです、となんだか得意気に鼻を鳴らすシグネーさん。
というかまだ聖王って出かかってるんですけど。
それにしたって俺が出る程の事なんだろうか、と首を傾げていると、
「あぁ、それと」
シグネーさんが先程とは別の書類をこちらに示す。細かな意匠の印が隅に施されている。
「今回のこの案件、シャディオン様からの直々の依頼となっております。万年金欠気味の聖ーノ様に配慮し手配されたものかと存じます」
なるほど、シャディオンさん案件だったか。なら仕方ない、ありがたく承っておくとしよう。
……って、それより。
「いや何ですか聖ーノって、そうはならなくないですか!? わざとやってません!?」
「無論、聖王様は聖王様なのですから致し方無いというものでしょう」
「ここへ来て開き直りますかっ!? いやまずそういう問題ではなく!」
そんな不満げに膨れっ面されても困る。というかそんなのが似合う歳でもないでしょう貴女。
「あの……ですね、シグネーさん」
思わず荒らげてしまった声を落ち着けて語り掛ける。
「俺は、極力目立ちたくないんです。聖王なんて大それた呼び名は俺には分不相応ですし、俺の事はあくまで一顧客として扱ってもらいたいと、その……前にもお伝えしたと思うんですけど」
「それは無理です」
「無ッ!?」
俺の頼みは無慈悲に一蹴された。
シグネーさんはひとつ息をつくと、窓口の上部を手で指し示す。
「こちらの十二番窓口ですが、為聖庁からの直行依頼専門窓口となっております。現在そのような依頼を扱うのはこの街で聖ーノ様ただ一人。実質的な専用窓口です。ここに立っている時点で目立つのも已む無い事かと」
「……そうだったんですか……?」
なんかこの窓口いつも空いてるなーとは思っていたが、まさか俺以外誰も使わないものだったとは。
思わず頭上の十二の看板を見上げて固まっていた俺に、シグネーさんは追い打ちをかけるように続ける。
「それから、聖ーノ様の格好です」
「その呼び方やめません?」
「嫌です」
「……そですか」
嫌と来たよ。言ってるうちに自分でツボったのだろうか。
しかし、格好とは……? なるべく目立たず地味な服装にしているつもりだったが。
「容姿を隠すために外套で体を覆い、フードを目深にしているようですが、そんな格好で聖立共壇に来る人は基本的にいません。逆に目立ってます。というか中身が聖王様でなければ不審者として通報されていてもおかしくありません。件の魔族より先に拿捕されそうです」
「………………」
何もそこまで言わなくても……。
衝撃と悲嘆で声が出なかった。目立ちたくない一心で誂えた服装が、指名手配級の不審者のように見られていたとは。
「それから」
「……まだあるんですか」
勘弁してください。俺は今突き刺された心の痛みで泣きそうなんです。
しかし、続くシグネーさんの言葉は俺が想像したようなものではなく。
「聖王様は、我々ローナセラ住民にとっての、いえ、リウネア国民にとっての希望の象徴であり崇敬と憧憬の対象。目立たない一般人として扱うなど無理も甚だしいというものです」
先程までとは違う、それは俺への明確な支持と鼓舞のような。
……崇敬というには随分辛辣な物言いをされた気もするが。
「聖王様、あちらの一般窓口の待機列をご覧ください」
シグネーさんに指された先を見遣る。窓口に並ぶ行列と、椅子に腰掛け何かの順番待ちをする人達の姿。
「彼らの声が聞こえますか?」
「声……?」
何のことだろう。あいつ一人だけ列に並ばなくてずるいとか言われてるんだろうか。
チラチラこちらを伺う様子のある彼らの声に耳をそばだててみる。
「聖王様がいらっしゃってるぞ……」
「聖王様、相変わらず凛々しくお美しいですわ……相変わらず顔も何もよく見えませんけれど」
「今日もまたヤバい依頼をシバき回すのかしら……?」
「この前の枯羽牛の大量発生、聖王様が秒で全部始末してきたらしいぜ」
「イトゥスからの刺客もあっさり返り討ちにしたって話です」
「夜の街を駆ける聖王様マジ華麗だったわ」
「乗り込んできた北の刺客も単騎で追い払ったんだとか」
「聖王様半端無ぇですね」
「そのくせ戦果を誇示するでも威張り散らすでもなく顔を隠して一般人のように振る舞う謙虚さ、マジ推せるわ」
「しかし頭も体もほぼ全部覆ってんのになんで胸元だけ全開なんだろうな」
「美意識も半端無ぇんですね」
「美なんかアレ?」
……いやいや待って待って。俺半端無く話題になってんだけど。しかもなんか微妙に盛られてるんだけど。
っていうか顔隠してるの完全に無意味ってくらい正体バレバレなんだけど。
思わず凝視してしまっていた俺の視線に気付いた途端、彼らは目を逸らして噂話をやめ、黙って列に並び直した。
……まさか……気を遣われてる……? 正体に気付いてない体でいようとしてくれてるのか?
やっっっべ、色々な面で恥ずかしくて死にそうなんですけど……!?
「聖王様、伝わりましたか? 彼らの、いえ我らの称える声が。貴方がどれだけその正体を伏せようとも、私達の敬愛は…………聖王様、何処へ? まだ話は途中ですよ、聖ーノ様ー?」
「……すみません……失礼しますッ……!」
あまりの小っ恥ずかしさに居た堪れなくなった俺は、机の書類を引っ掴むと、逃げるように聖立共壇を後にしたのだった。




