幕間9 突発勃発昼飲み部
大陸北東端。
旧都グライネロア中央市街の外れに位置する、魔王城という名の広大な屋敷。
小高い丘の上から市街を見下ろすようにそびえるこの屋敷の、更に上層。
二階部と、それよりわずかに小さい三階部。その広さの差から生まれる、二階部屋上のちょっとした空間。
三階廊下の端にある扉から出入りできるその場所には、いくつかの長椅子や丸い机、日除けの大きな傘などが備えられており、住人の休憩所として利用されていた。
本来は上層階の部屋の布団や軽い洗濯物などを干すために使用されている場所だが、その空中の中庭のような陽当たりの良い空間に、いつからかくつろぐための道具が持ち込まれだしたのだ。
金属でできた枠に太い紐を編んで網目を描いたような、風通しの良い椅子が二脚。緩やかな傾斜の長い背もたれは、一人用の寝台のようでもある。
その間には小型の丸い机。
机の上に並ぶ、二つの杯と二本の薄緑色をした瓶。そして皿に盛られた小粒の干し肉と板状の焼き菓子のようなもの。
二人分の椅子と机を丸ごと覆うほどの日陰が、床に固定された大きな日除け傘によって形成されていた。
そして、その丸い日陰の下には、柔らかな椅子に体を預けながら時折杯を口に運ぶ、二人の女性の姿があった。
「開放感と背徳感ですっごく楽しいわね、これ。癖になったら……いえ、癖にしようかしら」
その手の中で傾けられた杯で、氷がからりと音を立てる。
白基調の、薄手の衣服。普段より少し短めのスカートの裾とその白銀の長い髪が、吹き抜ける風に揺らいでいる。
朴訥としながらも愉しげな声に、答えるのはもう片方の椅子にもたれかかった女性。
「だろぉ~? いややっぱさ、日光に照らされてる方が美味しくなると思うんだよねー、南部の木酒って」
長身をだらしなく椅子に投げ出し、薄く紅潮した笑顔で、瓶を手に取り中身を杯に注いだ。
褐色の液体が、杯の氷に触れ細かく泡を浮かべた。
魔王軍。
それを構成する、疵傀――現代に甦った、歴史上の英雄。かつて統聖国の聖王と相対した勇士。
そのうちの二人、フューフィルとサリュージアは、昼過ぎの鮮やかな陽光の下で爽やかに流れる風を浴びながら、だらけきった様相で酒を飲んでいた。
「ほんとね。今度、他にもっと誰か誘おうかしら。エイゼンとか」
「……なんでまた最高峰にいてもいなくても変わらなそうな人選なのさ。せめてもっと喋りそうな奴連れて来ようよ、タルヴァノとかさー」
フューフィルの提案に、サリュージアが呆れた様子で答えた。
「タルヴァノって、あれでいて中身は意外と真面目よ、不思議なことに。多分呼んでも来ないと思うわ」
「そーなの? あれで? ……じゃあ誰がいいかな。トープドールとか?」
「彼なら今そこにいるわね。呼んでみる?」
フューフィルが指したのは、この場所を囲う胸ほどの高さの柵の向こう。眼下に広がる、魔王城の庭だった。
敷地を取り囲む高い塀の内側、正門から屋敷の玄関口へ続く石畳の左右に、芝の絨毯。それを取り囲むよう、よく手入れされた庭木が並んでいる。
陽を浴びて緑に輝く庭。その中に、手押し車のようなものを押して歩く人の姿があった。
日除けの帽子に押さえつけられた長い金髪。トープドールが、ユラエナにより改造を施された道具で庭の芝を刈っていた。
「あー……なんか謹慎とか処分とか言ってたっけ。流石に懲罰中のやつに飲ませるのはまずい気がするなー。ユラエナに怒られそう」
「じゃあユラエナも連れてきましょう」
「何の解決になってんのさそれ」
このだらけた会合へ連れ込む三人目について、益体無く続けられる会話。
そこに、不意に男の声が割り込んだ。
「俺じゃ駄目だろうか?」
うおっ!? と驚いて背後を振り向くサリュージアとフューフィル。
そこには、捉えどころの無い容姿の、黒髪の青年の姿があった。
「クレウグっ!? いつからそこにいたのさあんた?」
「ちょっと前だが……どうにも声を掛ける機会が見当たらなかった。驚かせたならすまない」
申し訳無さそうに目を伏せるクレウグに、フューフィルが呑気に問いかける。
「おかえりなさい。南部へ海水浴に行っていたのだったかしら。楽しかった?」
「いや、泳ぎに行っていたわけじゃない。確かに海のそばではあったが……」
と、フューフィルの言葉に首を振って答えるクレウグ。
「俺はユプス……いや、セラン・ユプセンに聖標器を探しに」
「いや待った待った。そんな事よりさっ」
経緯を話そうとしたクレウグを、サリュージアが目を輝かせて遮った。
「クレウグも飲ってく? なんか今そんな参加したげな事言ったよねっ! あ、入れるもん無いやちょっと待ってて今持ってくるから」
と跳ねるように椅子から立ち上がり、ふらついた駆け足で三階屋内への扉へ姿を消すサリュージア。
それを見送り、クレウグはフューフィルと顔を見合わせ小さく嘆息した。
「そんな事、とは……」
「まぁ、聖標器は飲めないものね」
長い背もたれにうつ伏せに寝そべるような格好になりながら、酒の杯を口へ運ぶフューフィル。
味わうようにしばし目を閉じた後、フューフィルは顔を上げてクレウグに尋ねる。
「それで、どうしてここへ来たの? トープドールを眺めながらの昼飲みに参加したかったわけではないでしょう?」
「あぁ、俺はサリュージアに訊きたいことがあって来たんだが……」
答えながら柵の方へ歩き、庭を見下ろすクレウグ。
「……トープドールは何故庭の草刈りをしているんだ? 懲罰がどうのと聞こえたが」
「そういえばクレウグ、前の会議にいなかったのね。あれはこの前の、聖王に聖標器をあげちゃった件への罰らしいわ。本人も結構乗り気で庭仕事頑張ってるみたいだけど」
「……なるほど」
見ているとどうにもやるせない気分になるトープドールの姿から目を背け、クレウグはフューフィルの方へ向き直った。
「それはそうと何故こんな時間から酒を……」
「ごめんお待たせー! クレウグの分の器と、ついでにもう一本酒持ってきたよー。ほらそこ座っちゃって。クレウグは氷入れる方?」
その問いは、戻ってきたサリュージアの賑やかな声に掻き消された。
「……いや、椅子は二人で使ってくれ。俺は立ったままでいい。氷は……そうだな、貰おうか」
首を振り、サリュージアから杯を受け取ったクレウグは、注がれた褐色の液体にちびりと口をつけた。




