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聖臨異餐譚 ~台所でしか無双できないチート転生者の旅に暴食脳筋、病的迷子体質、常時酩酊者を添えて~  作者: 深酒佞
聖臨異餐譚 -記憶の欠片と海の花-

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第54話 風は歩み去る

 わずかな時間差をもって、じわりと染みるようにロティの言った意味が頭に伝わる。


 260年前に統聖国(リウネア)に統合された、今はもうないユプスという国。自身を、そこの出身であると語るクレウグ。


 ――魔王(ディエンシオ)の仲間であると語る、クレウグ。


 これらの意味するところ。


《つまりは、あのトープドールやカナンと同じ……魔王(ディエンシオ)によって甦った、過去の人物。歴史上の戦士。……この男が言いたいのはそういう事みたいね》


 どこか憎々しげな響きの、ロティの分析。

 それが、押し寄せる波のように俺の頭を揺さぶる。


 クレウグが、あの二人と同じ存在。

 馬鹿な。それでは筋が――、


 ――筋が通ってしまう。



 生体を通さない命湍(ヒューメナツィア)を、クレウグは通り抜けた。

 正確な理屈は不明だが、過去から甦った人物は、生者として判定されないのではないだろうか。


 だとすれば、以前――カナンが俺を追って南部に現れた理由にも説明がつく。

 あれはやはり、リュケオンとロテュメアを繋ぐ命湍(ヒューメナツィア)を通ってきたのだろう。


 だが、無事にとはいかないらしい。生者とも死者ともつかない存在、恐らくは命湍(ヒューメナツィア)を通過することにより何かしらの代償を背負う。転送後のクレウグの、異様に消耗した様子はそういう事だったのだろう。


 カナンが使用していた、ごく短時間の加速術の繰り返し。あれは、消耗した体への負担を極力やわらげるための苦肉の策だったのかもしれない。こればかりは直接訊きでもしないと真偽はわからないが。


 そしてクレウグが、常人には扱えないはずの聖標器(ヴァイネライナ)――拒葉剣(ベヌウィデン)を、消耗した身でありながらごく短時間でも扱ってみせたこと。

 カナンやトープドールと同様の人間離れした身体能力を持つならば、それも可能だということだろうか。


 なんてことだ。彼の言葉を否定する材料が、思った以上に見当たらない。


「……ユプス、と言うんでしたか。昔のこの地域――南部の出身なのなら、何故統聖国(リウネア)と敵対し魔王(ディエンシオ)に与するんですか?」


 苦し紛れにひねり出した、しかし俺の中に確かに引っかかりを残していた疑問点。

 それを問いかけるも、クレウグ何故か一瞬意外そうな顔をし、そして諭すように答えた。


「それはまず、北部と南部の敵対構造という捉え方が既に間違っているものだと思う。明確にその形になったのは戦争中期以降で、それまでは大陸南端の一国であるリウネアと南部各国の争いといった側面が強かった。俺はユプスの遊撃隊としてリウネアと戦ったんだ」


《フィーノ、あなたまだ戦時期の歴史を勉強していなかったの……? 今度あたしが教えましょうか?》


 ロティまで一緒になって俺の無学を心配してきた。ロティの講釈は何かと圧が強いから勘弁願いたい。

 恥ずかしさをごまかすよう、俺は勢いにまかせてクレウグに雑に思いついたことを問う。


「えっと、じゃああの店……昨日ご馳走になったあのセラン・ユプセン山側の料理屋は何故ご存知だったんですか? この地の出身とはいえ、二百年以上も経ってから訪れて簡単に見つけられるとは思えないんですが」

「あぁ、あの店は俺が生まれる前からあるんだ」


 ……単に物凄い老舗だったようだ。なるほど、歴史に裏付けられた味だったか。美味いわけだ。


 えー……っと、まぁなんだ。話が逸れた感はあるがとにかく、クレウグが過去の人物だという点については間違い無いのだろう。疑っても仕方がない、というべきか。


 だが、まだ肝心のことはわからない。


 何やら遠回りしたが、そのクレウグが……いや、魔王(ディエンシオ)聖標器(ヴァイネライナ)を求める理由。

 争いを無くすため、というのは一体どういった意味なのか。

 その辺りを明らかにしておきたかったが――、



「すまない、フィーノさん。俺から話せるのは恐らくこれくらいだ」


 と、クレウグは唐突に話を切り上げた。


「えっ……いや、ちょっと待ってください。まだ肝心の話が……」

「これ以上は、きっと魔王(ディエンシオ)の繊細な部分に踏み込むことになる。俺の判断で、この先を勝手に話すわけにはいかない」


 慌てて引き留めようとする俺に、しかしクレウグはどこか悲しげに笑って、続けた。


「喋るだけ喋って逃げるような形になって申し訳ない。だが俺としても、できる限りこちらの事をフィーノさんに知って欲しかった。決して、あなたの気持ちを疎かにはしていない」


 そう言うと、クレウグは俺から距離を取るよう少し後じさり、小声で何か呟く。


「――『その光は零れ落ち潰える。纏う虚の洞、掴めぬ指先のように』」


 これは……術の詠唱?

 一体何を、と身構えた俺の前で、――クレウグの姿が消えた。


「……へっ?」


 思わずこぼれる間抜けな声。

 俺の目の前、通路に立っていたクレウグの姿が、突如として消失したのだ。


 目をしばたたかせても、辺りを見回しても、その姿はどこにも無い。

 何が起こった、と戸惑う俺にどこからか掛けられる声。


「そういう訳で、拒葉剣(ベヌウィデン)は俺が貰っていく。悪く思わないで欲しい」


 クレウグの声だった。どこにもいないのに、すぐそばから話しかけられたような、奇妙な感覚。

 何が起こって……いや、クレウグは何をした?


《やられたっ! そういう事っ!?》


 と、今度はロティの慌てた叫び声。誰もいない空間から二人分の声が聞こえて気味が悪い。


虚祇(フュノー)を行使する、透過……いえ、認識阻害の術。消えたのではなく、彼の存在を一切認識できなくなっている。……完全に想定外だったわ、まさかあんなのを主約(エプラネ)にしてる奴がいるなんて》


 認識……? つまり、見えないだけでクレウグはまだ俺の近くにいるということか?

 しかし何度辺りを見渡しても、見えるのは狭い通路の壁といくつかの扉だけ。とてもそのようには思えない。


《あれ程読みにくかった原因もきっとそういう……いえ、そんな事よりフィーノ、拒葉剣(ベヌウィデン)っ!!》


 ……そうだ。クレウグらしき声は、確かに言った。拒葉剣(ベヌウィデン)を貰って行くと。

 この場を離れたような気配も足音も感じなかったが、認識阻害というのはそういう事なのだろう。


 しまった、持って行かれる……!


 ロティの金切り声に急かされ慌てて通路を飛び出し、入口広間へ向かう。

 拒葉剣(ベヌウィデン)を立て掛けていた部屋の隅には、しかし既に何も無かった。

 抱えて部屋を出たにしては早すぎる。

 クレウグが手にしたことで、同様にその存在を認識できなくなっているのだろう。


 やられた。


 『海蛇』との戦闘中、気付かないうちに水槽から拒葉剣(ベヌウィデン)が消えていたのは、この術のためだったのか。

 思えば扉を開け放したままにしていたのも、この逃走と奪取を行いやすくするためだったのかもしれない。今更気付いても遅いが。


 まだ近くにいるのなら、出鱈目に抉界戟(ゼプシュラー)を振り回せばうっかり当たるんじゃないかとも思ったが……やめておく。

 代わりに、声を張り上げる。


「……クレウグさんっ! 一つだけ聞かせてくださいっ!」


 大部屋内に響く声。

 ややあって、どこからともなく返事が来る。


「……なんだ?」


 良かった、さっきよりどことなく遠くから聞こえる気もするが、まだこの辺りにはいたらしい。

 巨大な独り言にならなくてよかったと胸を撫で下ろしつつ、俺は、どこにいるのかもわからないクレウグに対して最後の質問をした。


「何故、あれ程……死にそうになりながらも俺を護ってくれたんですか? こんな力があるなら、あの時点で拒葉剣(ベヌウィデン)を持って逃げていれば済んだように思うんですけど」


 その問い掛けに、返事はすぐには返ってこなかった。


 まさかそのまま帰ってしまったんじゃないかと不安になった頃、ようやく聞こえる声。


「……その虚躯(フィジア)が蛇に壊されるようなことがあっては困るとそう思っただけだ」


 そして、それ以上何かが聞こえることはなかった。


 クレウグは去っていったのだろう。拒葉剣(ベヌウィデン)を持って。



 なんだか疲れた。

 言い知れぬ虚脱感を覚え、その場にへたり込む。


《ちょっと、なに落ち着いてるのよ! 盗られたのよ拒葉剣ベヌウィデンっ!》


 ロティに何か言い返す気力も今は無かった。



 クレウグは、時々妙に回りくどい喋り方をすることもあるが、驚くほどに正直な人だった。

 真実を伝えきらないことはあっても、嘘はつかない。ずっとそんな調子だったように思う。

 慣れない嘘をつくと、露骨に上擦った早口になるようだ。

 誰もいない外の景色を広間の扉越しに眺めながら、そんな事を考えた。


「フィーノ様? なんだか大きな声が聞こえましたけど、どうしたんですか?」


 と、扉からこちらを覗き込んできたアステルに、俺はしゃがみ込んだまま黙って首を振った。

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