第53話 正直なのに回りくどい
満腹になるまで『海蛇』肉を味わい尽くし、幸福感と満足感に満たされながらしばし休憩し、なんだかんだでちょっと余った肉を保存食にでも加工しようかと重い腹と腰を上げたところで、クレウグに声を掛けられた。
何やら話があるということで連れて行かれた先は、『海小屋』正面広間を抜けた先にある通路だった。
内密な話なのかそれ程でもないのか、わざわざ奥まった場所へ連れてきた割には、広間と通路と繋ぐ扉は開け放してある。時折正面扉から風が吹き込んでくる。
先程の、何か用がありそうに見えた時の話だろうか。俺からも訊きたかったところだったからちょうど良かったが。
「……拒葉剣についてなんだが」
改まった調子でクレウグが切り出したのは、そんな言葉だった。
ある程度想定していた話題に、しかし少し身構える。
拒葉剣はあの後、水槽部屋から持ち出して正面広間の隅に立て掛けていた。俺が持つのは怖かったのでアステルに運んでもらった。かなり長い棒なので狭い通路を通すのにいささか苦労していたが。
結局拒葉剣についてどうするか、話し合ってはいなかった。そのような機会があまり無かったいうのもあるが。
聖標器は俺が心の底から欲するモノ。いやその気持ちもちょっと揺らぎそうな何かを視せられたような気がするがともかく、誰にも、どんな事情があっても渡したくないのは確かだ。
しかし、あの時クレウグが言った言葉。
――『世界のため』。クレウグは、拒葉剣を求める理由をそう口にしたのだ。
あれはどういった意味なのか。渡す渡さないはともかく、その真意を訊いておきたかった。
「……クレウグさんは、何故あれを必要とするんですか?」
以前と同じような問い。ほんの少し、意味合いは変わって感じた。
クレウグは、少し困ったような表情で、あの時と同様わずかに考える素振りを見せ、短く答えた。
「……世界のためだと、そう言った」
「申し訳ないんですけど、その意味がよくわかりません。……その、もう少し具体的になりませんか」
なんだか問い詰める風な言い方になってしまったが、埒が明かなそうなので仕方ない。
再度尋ねる俺に、クレウグは腕を組んで目を伏せる。
しばし沈黙した後、意を決したよう顔を上げて、言った。
「あれは、魔王が世界の争いを無くすために必要なものだ」
…………。
……何だって?
クレウグの返答の意味がよくわからなかった。いや、語句の意味だろうか。その短い言葉に含まれる語の意味。あるいはその語が含まれる意味。
「…………」
詳しく問い質そうにも、何を訊けばいいのかわからない。
クレウグは今、何と言った?
「あぁ、世界というのは少し大袈裟だったかもしれない。大陸全土の、というのが現時点での規模としては正しいか」
「……いや待ってください。そこではなくてですね」
真面目な顔でとぼけたような訂正をするクレウグを制し、しかし結局問うべき言葉は見つからない。そこでなければどこなのだろう。
発言を遮っておきながら結局黙り込む俺に、クレウグも沈黙で返す。
広間から流れてきた潮風は、通路に満ちた重い空気を押し流すには至らなかった。
口を開きかけてはつぐむ事を幾度か繰り返すまま、一向に言葉を続けない俺を待ちかねたのか、クレウグがぽつりと言った。
「……そういえば魔王という呼び名もあまり正しくはない。いつの間にやら定着したようなのでこちらでもそう統一するようにしたが、元々は巫祚と呼ばれていた。魔族というのも統聖国圏の人間がいつからか言い出したもので、本来は巫族と言う」
……。クレウグは一体何を話している?
「魔族という呼称が指す対象が曖昧に広くて便利なのでこちらでも使わせてもらっているが……」
「ちょっ、待っ、待ってください」
慌ててクレウグの喋りに割り込む。
考えがまとまる前に更にわからない情報が増えた。
……いや、既におおよそ答えは解っている。ただ、その結論に向き合いたくないだけで。
ようやく意を決し、俺は尋ねる。
「……クレウグさんは、魔王の部下だと、そういう事ですか?」
疑問を投げ掛けたというよりは、確認のような問い。
「そうだ」
あっさりとそう答え、クレウグは首肯した。
そして首を捻りながら更に続けた。
「……いや、部下というのはちょっと違うかもしれない。そうだな……、同僚……いや、手駒か」
全然違わないかその二つ。
大真面目に喋っているようなので突っ込むのは憚られたが、とにかく、クレウグが魔王の関係者という事は間違い無いらしい。いや、クレウグの言葉を借りるなら巫祚か。どっちでもいいけど。
……信じられない、というのは単に俺の心情だけの問題では無かった。
昨日、街で彼と行動を共にしていた間の発言。
それらは明らかに、クレウグが南部――セラン・ユプセンの人間であることを示していた。
でなければ山側の隠れた路地にひっそりと佇む美味い料理屋など知るものか。
全てが手の込んだ嘘というのは流石に考えにくい。と言うより、嘘をつくのなら最初から、セラン・ユプセンとは無関係の旅人でも名乗ればいいだけだ。
魔王が北部グライネロアを根城に統聖国と敵対するものならば、その部下が南部の出身というのは……有り得なくはないかもしれないが、ちょっと無理があるんじゃないだろうか。
どうにも納得がいかないため直接訊いてみることにした。
するとクレウグは、
「いや、俺は特に素性を偽ってはいないし、魔王に連なる者というのも嘘ではない」
と、またもあっさりと答えた。
「俺は確かにこの地の生まれだ。もっとも……俺の生まれた時には、ここは統聖国の一地域ではなく、ユプスという一つの国だったが」
……何を言っているんだろう。そのユプスという国は最近統聖国に統合されたのだろうか?
イマイチ発言の意図が掴めずにいたところに、ロティの声。
《……ユプスが統聖国に正式に併合されたのは、聖臨71年、第五次エープウェラー戦役の後。……今から260年ほど前の話よ》
淡々と、しかしどこか不愉快そうな声色で告げるロティの言葉の意味が、俺にはすぐに理解できなかった。




