第52話 厚切り海蛇肉の直火焼きと骨出汁の汁物
解体作業は概ね滞り無く終わらせることができた。
ロティの指示を聞きつつ、『海蛇』の体を食べられる形に処理していく。
皮を剥ぐ行程はアステルに手伝ってもらい、頭部や背骨の処理は裁儀を駆使し大包丁でどうにかした。
毒は持っていなさそうだった。
切除した腕は、やはりほぼ全て骨と皮で、可食部位は全く無さそうだった。
出汁の足しにはなるかもしれないが……無理に使う必要も無いかと置いておいた。
警戒していた小骨の多さについては、体全体が大きい分それぞれの間隔も広いようで、数自体は多いものの想像よりかなり太い骨の隙間から、結構な塊の肉を切り出すことができた。
少し大きめに切り分け、塩を軽くまぶし油を擦り込む。
そして起こした火で、串に刺した肉を直火で豪快に焼いていく。
土台に渡した金網の上には大鍋。砕いた骨と細かな端肉、一部内臓を放り込んで煮出している。
刻んだ野菜の干物を申し訳程度の彩りとして具材に添えた。
海からの風を避けるよう『海小屋』を壁にして起こした火と、それを取り囲む肉の串。そして鍋。
たまに串の位置と向きを調整し、少しずつ追加で塩と油を振り、鍋の様子も見ながらのんびりと待つ。
少し強い潮風は壁越しにも時折吹き込み、火を踊らせ煙を舞い上げる。
転がった焚き木を抉界戟で押し戻し、鍋の位置を変えて火加減を調整して――、
「……もういいかな」
焼ける肉の香ばしい香りと音に全身を包まれ続け、俺自身も耐えられなくなってきた。
特に大きな肉をひとつ取って半分に切り、しっかりと火が通っていることを確認。
満を持して、俺は仲間達を呼び寄せた。
「美味っっしいですねこれっ!! じんわりさっぱりなのに柔らかくてっ!」
「もっとパサついて固いもんかと思ってた。脂っぽさ全然無いのに噛んだらほぐれるんだけど何これ、凄い」
「枯蓄鳥の胸肉に近い感じかなぁ。でももっと締まってるというか、魚の……そうだ、地湖鱸辺りに似てるのかも」
「そうだな、淡白な白身に印象は近い。けどこれは……美味さが段違いだ。本当に切って焼いただけなのか? 信じられない」
「自分、普通の海蛇なら釣って食ったことあるっすけどこんな美味さじゃなかったっす。あと小骨だらけで口の中が死んだっす」
「そういえば骨、全然無いですねっ! 食べやすくて美味しくて、もうこれ定期的に定番ごはんにできませんかフィーノ様っ?」
「そりゃ定期的にコレが手に入るんならやりたいけどさ」
ある程度は保存食に加工して持って帰れるだろうけど、新鮮なまま焼いて食べられるのは恐らくこれが最初で最後だろう。このどこか馴染み深くもある新食感と味、今のうちに存分に堪能しておかなければ。
六人で食べるにはちょっと少ない量だったかもしれない。一匹目の『海蛇』も理命やっとけばよかった。あの時は食べるつもり無かったからな……気付けば既に滓花化していて手遅れだった。もったいない。
俺達は今、適度な石に腰掛けたり布を敷いた地面に座り込んだりしながら火を囲み、六人で蛇肉に舌鼓を打っていた。
俺とアステル、ゼオ、ミュイユ、クレウグ。それに、ここまで廻輿を牽いてきた聖畜衆の人を加えた六人だ。
一旦セラン・ユプセンまで帰るものだと思っていたが、せっかくなのでここで釣りをして待つと言って、近くの海岸へ繰り出していたのだった。
彼の趣味らしい。見たところ特に何か釣れた様子は無かったが。
「あ、自分もう一ついただいていいっすか」
そう言う聖畜衆氏に頷き、よく焼けた肉の串を取って渡す。
本来休日だったところを無理言って連れ出したのだ。お詫びと労いとして、彼には遠慮なくいっぱい食べてもらいたい。
ついでに全員の椀に、骨と身を煮出した出汁に和滲油――穀物由来の発酵調味料で軽く味付けした、荒天汁もどきの汁物を注いで回った。
無論、濾過もせず煮出しただけであのような澄んだ色になるわけもなく、かなり濁った液体になっている。見た目は少し悪いが、こちらも独特のあっさりとした風味と濃厚な出汁感が混ざり合い、豪快で重層的な味を形成していた。
舌休めにしてはかなり主張の強い汁物になってしまったが、外出先での即興料理、こういうのもまた一興と思ってもらいたい。思うことにする。
「あ、フィーノ君。僕こっちの小さい方もらうね」
と、何故かわざわざ小さな肉の連なった串を指定し取っていくゼオ。
余った部分をまとめて焼いた、食べ応えという面では物足りなさそうな串だったが。
「いいけど、なんで敢えてそれを? 大きい方も焼けてるよ」
「この端っこの肉の方がね、いい具合にカリッとしてて、塩もよく染みててね」
「……あぁ」
酒に合うわけだ。
見れば、ゼオはまた見たことない酒瓶を傍に置いている。
セラン・ユプセンで買ってきたのだろう。ちょっと貰いたいところだったが、まだ真っ昼間。さすがに自重した。
「おぉ、それはあの店の……。ゼオさん、よく見つけたな」
「あ、わかる? さすが地元民だねぇ。いや、ちょっと散策してるうちにね」
何やら食いついたクレウグと、ゼオが酒歓談を始めた。どうやら地元にしか流通していない珍しい酒を、ゼオが目ざとく見つけてきたようだった。
盛り上がる二人を尻目に、時折感嘆の声を漏らしつつ肉に食らいつき続けるアステルとミュイユ。あと聖畜衆氏。
そこに混ざるように、俺も自分に取り分けた蛇肉を口にする。
強く焼き色の付いた表面。その香ばしさの中からじわりと顔を出す、淡白にして濃厚な、鳥や魚に似ていてかつどちらとも違う独特の旨味。そこにセラン・ユプセンの塩という簡素にして最高峰の味付けが加わり、かじるごとに口内に幸福感を放つ美味の塊だった。
まさに精の付きそうなご馳走。あまり話し込んでいないで、クレウグにこそよく食べてもらいたいところなのだが……。
死にそうな程に消耗したばかりで、まだ本調子ではないのだろうか? 昨日の様子だと少食ということは無いはずだが。
……そういえばクレウグ、さっき調理道具を広げてた俺の前に立っていたが、何か用でもあったのだろうか。
あの時はつい聞きそびれたが……まぁ、また食後にでも訊いてみよう。
今はこの美味を口に運ぶ誘惑から逃れられる気がしない。
クレウグを気にしつつも、俺は再度、串に刺さった幸福の塊に齧りついた。




