第48話 丸ごと揚げるといいらしい
もはや剣どころか武器かどうかも疑わしい、花だとか傘のような形状となった拒葉剣。
いや、思えばこの形状で回転していたのがあの水車だったのか。
横倒しにしたその傘──いや拒葉剣を、クレウグが防壁のように展開していた。
六枚ある花弁の下半分、全体を寝かせれば必然床に突き刺さる三枚は、どういった原理か、床面で反射し上方向に跳ね返っていた。
通路を分断するその輝く防壁。
花弁それぞれの間に間隔があり、そこから壁の向こう側が覗けるが、物理的に隙間が存在するわけではないのか、どうにかそこに体を潜り込ませようとした『海蛇』が再度弾き飛ばされているのが見えた。
この防壁で、俺の回復までの時間を稼ごうというつもりなのだろうが……拒葉剣の柄を持って支えるクレウグは、一目で解るほどに消耗していた。
息は荒く、立っているのもやっと、といった様相。拒葉剣を支えているというより、拒葉剣でどうにか体を支えているようにすら見える。
まるで、拒葉剣に命を吸われているかのよう。
常人には聖標器は扱えない、というのはまさかそういった意味なのだろうか? その効果の維持に、膨大な生命力を消費する必要がある、などという。
そして、命を吸い上げながら咲いていた拒葉剣の花弁は、今急速にその輝きを失っていく。
同時に、目に見えて縮んでゆく花弁。
見るからに、維持のための力が不足している。
思えば、命湍でこの部屋へ転送された時点で、既にクレウグは体力を大きく消耗していたようだった。そうなった原因は不明だったが、少なくともそれがこの短時間で回復しきれたとは考えにくい。
ただでさえ体力を奪われていたところに、拒葉剣の展開。
本当に大丈夫なのか……、というか命に関わりかねないくらいに大丈夫じゃないんじゃないか?
当然いま防壁に消えられたら俺が危ない、という不安点もあるが……それ以上に、クレウグの体が心配だった。
この様子では、俺の復帰までのあと数秒を待たずして、クレウグが倒れる。いや、倒れるだけで済めばいいが。
俺が代わりに拒葉剣を引き受けるか? だが俺が触れると再度アレを視る可能性がある。今俺が意識を失っては元も子もない。
クレウグの能力値を改竄──は、そもそも今は発動できない。できたとしても解析から改竄の手順を踏む時間が無い。操作できる6値の中に、改竄してどうにかなりそうなものも無さそうだ。
腹をくくるしかない。
クレウグには拒葉剣を手放してもらい、後は俺が自力で耐える。
恐らくは一撃貰えば終わりの、圧倒的能力を持つ相手との生身の戦闘。
しかしそれもほんの数秒の話だ。この程度も対処できなくて何が記憶の復元だ。
覚悟を決め、もはや顔を上げてもいられない状態のクレウグに声を掛けようとして――、
――視界の端に、何かが煌めいたのを見た。
それは、とてつもなく長くて細い槍。
指の二、三本程度しかない細さ、そして大人を縦に二人並べてもまだ足りない程の長さを持つ柄。その先端にはこれまた細く長い、槍というよりは錐のような穂先。
そんなモノが、どこからともなく飛来していた。
それは俺の眼前、今にも消えそうにしぼんだ拒葉剣の壁の向こうで、『海蛇』の頭上を通り越すような軌道でごく浅い放物線を描く。
そして壁に突き刺さるかと思われた次の瞬間――突如空中に現れる、見知った人影。
派手な髪色の小柄な少女が、『海蛇』の頭上でその細い槍を構えていた。
「ヘビ……ってなんかすごい骨多くて食べにくいんだっけ」
擁滓玉の白い吐息と共に何やら呟きながら、少女──ミュイユは眼下の『海蛇』へ向かって槍を放った。
鋭い穂先が、『海蛇』の胴を穿つ。
貫通とまではいかないようだが、穂先の半分ほどを埋める程度に突き刺さる槍。
意識の外かつ完全な死角、頭上後方からの突然の攻撃。自身の身に何が起こったのか理解できないまま、『海蛇』は驚きと痛みに身をよじる。
刺した槍を支えに『海蛇』の体の上に乗っていたような格好だったミュイユが、振り落とされて床に転がった。同時に、『海蛇』の背中に取り残されていた槍が粉雪のように霧散し消滅した。小さな金属片が軽い音を立てて落下した。
「痛った。やっぱ長いだけの棘千刻じゃちょっと弱いか」
打ち付けた背中をさすりながら呑気にぼやくミュイユ。
急に背後から落下してきた存在に虚を突かれたような反応を見せつつも、ひとまず敵と判断したのか、『海蛇』が座り込んだミュイユに襲いかかる。
腕は既に両方とも使えない。指での切り裂きではなく噛みつきでの攻撃を選んだようだ。
音もなく床を這い、ミュイユへと急接近する『海蛇』。
大口を開け、余所見をするミュイユに飛びかかろうとした瞬間、
「食べにくいんでしたっけヘビって骨だらけでっ!!」
その背に大槌が落下した。
駆け寄ってきたアステルの、祝祀印による痛烈な一撃。
床まで叩き割りかねない勢いの振り下ろしに悶える『海蛇』。
硬い皮と弾力のあるその体をもってしても堪える威力のようだった。
ひとしきり悶えた後、『海蛇』は首を持ち上げて例の奇怪な声を上げた。
体表を覆っていた水が細かな粒として浮かび上がる。
最初の個体だけでなく、やはりこちらも水の術を扱うようだ。
挙動から察するに、周囲全方向へ水弾を撒き散らす術の構え。
至近距離で食らえば、アステルはともかくミュイユは致命的な負傷を避けきれないが――、
「あ、ヘビだ。食べにくいよねぇ、骨が多くて」
その目の前の床に突き刺さる、ゼオの放った黒針。立ち昇る禍々しい力が『海蛇』を覆い、術を掻き消した。一度持ち上がった水滴がそのまま落下し、『海蛇』の周囲を濡らした。
理解の及ばないモノに立て続けに襲われた、という事だけは辛うじて理解したらしい『海蛇』。
慌てたように周囲を見回すと、アステルを迂回するよう大回りして、逃げるように水槽に消えていった。
部屋に満ちる一瞬の静寂。
しばし後、立ち上がったミュイユがぽつりと言った。
「……で、何だったのあのヘビ」
「何って……何でしょうね? 捕まえて夕食の一皿にしたい気持ちはありましたけどもっ」
「どうせ捕まえるなら僕はお酒に漬け込んでみたいな。あの大きさが入る容器ってあるかなぁ」
あまりに呑気なアステルとゼオの返答。
どうやら俺とクレウグの危機に急いで駆けつけてくれたわけじゃなかったらしい。
いや、あちらからは俺達の詳細な状況なんて知りようも無いのはわかってるんだけど。
三人と初めて会った時のことを思い出してちょっと熱くなっていた胸が、急激に平熱に戻るのを感じる。
気付けば虚脱状態の終わっていた虚躯の力が、何故か再び抜けていくようだった。




