第47話 荒ぶる導祇と現れる花弁
え、あれ、いつから無かった?
俺が意識を取り戻した直後には、まだ拒葉剣は水槽に向かって回ってたはずだ。
近くて眩しいとか思った覚えがある。
じゃあその後か?
『海蛇』との戦闘に必死になっている間の、どこかの時点で無くなっていた?
全く思い出せなかった。これ程の大きな変化に気付けなかったとは。
そして今ロティは、クレウグの持つ『光る棒』を拒葉剣と呼んだ。
あれがあの水車だと? どう見ても長い槍とか棒とかそんな見た目なんだけど。
何がなんだかわからない。
わからないが、わかったところでいま俺にできる事は特に無い。しばらくは成り行きを眺めることにする。
《何落ち着いてるのよフィーノ、変な奴に聖標器を勝手に使われて……いえ、そもそも何故当然のように扱えているのよアイツ! 聖標器だって言ってるでしょう!?》
お前が落ち着け。言わんとすることはわかるが何を言ってるのかわからない。
確かに以前、聖標器は普通の人間ではまともに扱うことができないとかなんとか聞いた気はするが……今そんな事を気にしている余裕は無い。
もう何度目かわからない、水槽からの『海蛇』の突撃。それが今、クレウグに向かって放たれた。
……いや待て、任せるとは言ったものの、本当に大丈夫なのか?
たかだか一分に満たない時間だし、クレウグ本人がなんとかすると言ったものだから何気なく頼ってしまったが……彼の戦闘能力は如何程のものなのだろうか。
俺が起きる前に一度既に『海蛇』を追い払っていたようだし、一定の腕はあるのだろうが……。
今更ちょっと不安になってきた俺の目の前で、クレウグと『海蛇』の交戦が始まる。
単純明快にして必殺の攻撃。
水中からの超加速を乗せた、刃のような手によるすれ違いざまの斬撃。
この攻撃の厄介な点は、速度や威力もさることながら、潜水を介するために、突進の軌道がひどく視認しづらいところにある。と思う。
濁ってはいないものの透き通る程ではない透明度の水質に、水車が無くなったとはいえ緩くは波打ち続ける水面。
飛び出てくる寸前まで、『海蛇』の姿がほとんど見えないのだ。
突如目の前に現れるような感覚。
その超速の攻撃から俺を守るため、クレウグは敢えて水槽間際に立っていた。
その手元には、光る棒――『拒葉剣』。
両手でその細い柄を持ち、正面に構えて『海蛇』を待つ。
なんだか釣りをしているようにも見える格好で迎え撃つクレウグに、放たれる突進。
その軌道を縦に断つように、クレウグは拒葉剣を振り下ろした。
輝く刀身が、宙に白い半円の軌跡を描く。
美しい剣閃は『海蛇』を正面から捉え――、
――いや、捉えきれていなかった。
やはり予備動作が見えないのは致命的か。
剣や槍というよりは杵のような、筒状の刀身。
それは、『海蛇』の腕を掠めるだけにとどまった。
「゛――――!!」
しかし、ただ掠めただけで、それはあっさりと『海蛇』の腕を寸断した。
悲鳴のようなものなのだろうか、奇怪な高音を発しながら、『海蛇』は床へ落下する。
断ち切られた片腕が、水を舞い上げながら水槽へ叩きつけられたのが見えた。
そのままのたうち回りでもするのかと思ったが、『海蛇』はすぐさま体勢を立て直す。
そして、残った左腕を掲げながら音もなく這い寄ってきた。
――俺へと向かって。
弱った匂いでも嗅ぎつけたか、単に正面にいたからなのか。
判断の根拠は知る由もないが、その選択はきっと正しい。
俺の虚脱状態が終わるまで、あと十数秒といったところだろうか。
それまでに一撃でも貰えば、俺はあっさりとやられることだろう。
あの攻撃力に耐える力は、平時の俺には無い。
無論黙ってやられる気も無い。
少しでも足掻こうと、抉界戟を構えようとしたところに――、
「――『開花』」
クレウグの短い呟きが聞こえると同時、俺と『海蛇』を分かつように、光る壁が現れた。
いや、これは壁というよりは……。
「……水車……?」
ずっと水辺で光を放ちながら回っていた、そして先程姿を消したあの水車。
アレが、突如として俺の目の前に出現したのだ。
回転こそしていないものの、白く光る壁――六枚の花弁を持つ巨大な花のようなそれは、その身で通路を分断するように立ちはだかる。
そして、壁に向かって爪を振るった『海蛇』を、まるで突風でも起こしたかのように弾き飛ばした。
ただ弾いただけではない。
花弁越しでよくは見えないが、吹き飛んだ『海蛇』の左腕が、焼け焦げたように黒く爛れていた。
これは……一体?
広がった『花弁』の中心から垂直に伸びる、まさに花の茎と呼ぶべき部分。
その細長い茎を突き出すように握り、クレウグは、こちらを見てかすかに笑いながら言った。
「良かった。なんとかなったようだ」
その体は、一目でわかる程にふらついていた。




