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聖臨異餐譚 ~台所でしか無双できないチート転生者の旅に暴食脳筋、病的迷子体質、常時酩酊者を添えて~  作者: 深酒佞
聖臨異餐譚 -記憶の欠片と海の花-

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第45話 どちらかを俺が刺した

 水面を突き破る、二つの水音。

 矢のように襲い来る、二つの影。


「……は?」


 水槽から、()()の『海蛇』が飛びかかってきた。


 ……って、増えてるー!?


 なんで!? いや確かに一匹しかいないとは誰も言ってないけどもさ!


 これで慌てるなとは無理も甚だしい話。

 混乱で停止しそうになる思考と体をどうにか動かし、二倍になって襲ってくる『海蛇』の腕を避ける。

 二匹いてもそれぞれの速度が加算されるわけではない。奴の二倍の速力を持った今、良く見てさえいれば回避そのものは容易い。のだが……。


 想定していなかった、致命的な問題が一つ。


 ――俺が最初に触った方はどっちだ?


 この二匹、ほぼ見分けがつかない。

 まさか分裂したわけではないだろう。この二体は別々の個体のはずだ。

 よく見れば一応、片方の蛇の方がもう片方より一回りほど大きい。

 だがそれだけだ。体色も造形も、大きさのわずかな差以外は違いが見当たらなかった。


 つまり。解析済みの方。あと一撃を通せば勝てる方。()()()()()()()()()()()()


 なんてこった。こんな形で裁儀(ディスプロディ)を対策される時が来るとは。

 いや奴らに対策したつもりは無いだろうけど。


《ちょっとフィーノ、二匹いるならちゃんとそう言いなさいよっ!

「さっきまでは一匹しかいなかったんだよっ!」


 ロティの叱責に反射的に言い返しながら、二匹の『海蛇』の動きを目で追う。

 共に音も無く着地した二匹は、そのまま床面をうねうねと滑ると、それぞれ別の方向へと動いた。


 片方は、まっすぐ俺の方へ。もう片方は、通路を大きく迂回しながら壁の隅を這い、俺の側方へ。

 二方向からの時間差攻撃の構えだろうか。片方の攻撃への対応を見せればその隙をもう片方が突く。そのための布陣のように、見える。


 『海蛇』がどれ程の知性を有しているのかは不明だが、どうにも嫌な予感がした。

 しかし迎え撃てる能力値ではない。俺は、やむなく後方へ大きく跳躍する。

 正面に迫る蛇からただ距離を取る行動。踊らされている気がしないでもないが、下手に立ち向かうよりは安全だろう。


 想像通り飛びかかってくる正面の蛇。その両腕による斬撃は、蛇の接近の倍の速度で退がる俺にはかすりもしない。


 ここまでは想定内。恐らくはお互いに。

 重要なのは、壁際から迫るもう一匹の行動。

 床と壁の間の角にぴたり収まるように進んでくるもう一匹は、俺が後ろへ跳ぶと同時、あの奇怪な声を放った。


「■゛―――――!!」


 不快な金属音。

 それと共に、蛇の体から細長い棒が発射される。


 違う。指一本程度の細さまで圧縮された、水の槍。

 それが、俺の着地の瞬間を狙って撃ち出されていた。


 先程のような広範囲への放出ではない、一点に集中された術。かするだけでもただでは済まないだろう。


 刹那の思考。

 地を這う蛇の低い視点から放たれた槍の弾道は、わずかに上擦っている。着地する俺の、恐らくは額あたりに命中する軌道。


 ならば。


 体を反らせ、首を上に向けて着弾点を槍の軌道から可能な限り外す。


 更に、()()()()()()


 脚で着地を支えることを放棄し、背から、というか尻から床へ落下。

 接地の瞬間に嫌でも一瞬生まれる隙。その際の姿勢を限界まで低くする。

 痛ぇ。

 全体重を乗せた石の床への落下。その衝撃が腰から頭へ伝う。


 水の槍はどうにか俺の眼前を通り過ぎる。

 そして後方で、鈍い音とともに壁を穿ったようだった。


 詳しい状況を見ている余裕は無い。

 尻餅のような姿勢で床に倒れた俺の足の先には、迫る一匹目の蛇。

 伸ばした足を狙って振り上げられる蛇の腕。

 腰の痛みを堪えながら、左側方へ転がることで辛うじてそれをやり過ごす。

 その勢いで立ち上がり、俺が一瞬前まで寝ていた場所でうねる蛇を見下ろす。


 そして、ふと思う。


 ……今なら一発刺せるな。


 図らずも側面を取った形。的がでかい。

 この蛇が()()()かはわからないが……とりあえず『(アダーフェ)』を撃ち込めば二分の一の確率で改竄が通るんじゃないか?


 俺の左手側には、射出の反動なのか壁の隅で動かないもう一匹。それもいつまでおとなしくしているはわからない。

 千載一遇の機かもしれない。迷う暇は無い。


 俺は目の前の蛇の胴体へ、抉界戟(ゼプシュラー)の刺突を放った。

 穂先から伝わる硬い手応え。そして放つ。


「『裁儀(ディスプロディ)』――『(アダーフェ)』」


 改竄の術。

 それは抉界戟(ゼプシュラー)を伝わり『海蛇』の体へと流し込まれ――、


 ――特に何も起こらなかった。


 ハズレかぁーーー!!


《なんというかフィーノ、あなた……持ってないわね》


 呆れたようなロティの声。何故かすごく悔しい。


 とにかく、どうやら最初に『(リエンセ)』を当てたのは目の前のこいつではなく、壁際でうずくまるもう一匹。少し体の小さい方のようだった。

 あと、解析を通していない対象に改竄を行おうとしても無理みたいだった。当然だが。


 二択に負けたのは妙に悔しいが、とにかくこれで今狙うべき相手は特定できた。

 再度水中へ逃げられて事態をややこしくされる前に、今仕留める。


 俺は一旦目の前の大きい方を置いて、先程水の槍を放ってきたもう片方へと駆け寄る。

 俺の接近に気付いたのか、『小さい方』は慌てたように上体を起こし、術を放とうと身構えた。

 纏った水滴の挙動から察するに、それは恐らく最初と同じ、広範囲放射の術。

 威力は大したことないとはいえ、再度至近距離で食らうのは避けたいところ。

 諦めて距離を取り回避するか? いや、下がっても後方には『大きい方』がいる。


 それに――今は、俺の方が速い。


 蛇が纏った水滴が、無数の球を形成する。

 それらが解き放たれるより一瞬早く――水粒の膜を突き破るよう、抉界戟(ゼプシュラー)の穂先が、口を開いた『海蛇』の喉元を突き刺した。

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