第 話 光り輝く可愛さの奇跡
要芽を見下ろしながら思案しているところに、見知った二人の人影が都合よく通りかかった。
盛りに盛られた全身の筋肉に制服がはち切れそうになっている巨大な美男子と、対照的に少し小柄で細身な理系の鑑が如きビジュアルの気難しそうな眼鏡。
憧雅と愁楓斗の二人だ。並んで歩いていると、目の錯覚的に愁楓斗がものすごく小さく見える。いや憧雅がデカ過ぎるだけなんだが。
「おっはよっ! 揃って俺に会いにくるなんて珍しいな。髪型効果でいつもより可愛さ累乗な俺を一目見たくてたまらなくなったか仕方無いなほら存分に」
「あ、あぁ……そうだな」
「えっと……おはようございます■■■さん」
軽く挨拶する俺に、しかし曖昧な返事で返す二人。彼らの視線は俺の艷やかな脚、より下の地面に寝転がった要芽に注がれているようだった。
「お前の髪の話は心底どうでも良いのだが……それよりそこに転がっている邪魔な物体は何だ。新手の足拭きマットか?」
愁楓斗が怪訝な表情で要芽を示す。その物体が何なのか見当が付いた上で言っているような口ぶりだ。
「どうもウチの男子生徒、というか要芽さんに見えるんですが……どうしたんですか?」
憧雅が心配そうに物体──要芽を覗き込む。獲物を見定める熊のような光景に見えた。
「いやまぁ、どうしたのかと訊かれると……」
掻い摘んで説明する。
「要芽が人のスカートの中を気にしすぎて悠重那に殴られた」
「その説明は悪意ありませんかねっ!?」
と、どうやら復活したらしい要芽が立ち上がるなり抗議の声を上げた。特に間違った事は言ってないと思うが。
「要芽さん……」
「貴様、ずっと地面に寝そべっていたのもまさか……」
「とんだ誤解だッッ!!」
ドン引いた様子の二人に頭を抱えて絶叫する要芽。再び集まる通行人の注目。俺より目立つなよ羨ましいだろ。
「っ……!」
その要芽が、ふらついて姿勢を崩したのが見えた。
片手で顔を覆うようにし片膝立ちのような体勢になる要芽。
立ち眩みでも起こしたのだろうか。急に立ち上がって急に叫ぶから。
「なんだ、性懲りもなくまた地面と同化するつもりか?」
「元よりそんな事っ……」
愁楓斗に言い返しかけて、頭を押さえ口をつぐむ要芽。思ったより深刻なのか、思ったより貧弱なのか。
「本当に大丈夫か? 帰った方がいいんじゃないか?」
「……一時的なものですから気にしないでください。ちょっとした貧血程度ですよ。少し休めば治ります」
そうは言うが少し顔が青白い。いや元々割と白い顔だが今は輪をかけて顔色が悪い。
別に悠重那の一撃が原因というわけではないだろうが、引き金にはなっていそうだ。彼女が歩いていった先を見やるが、姿は既に見えなかった。
「ちゃんと登校はしますので安心してください。僕のことは気にせず、皆さんは早く学校に向かわれた方が良いかと」
放っておけと頑なに続ける要芽だったが、そう言われても気が引けるものは気が引ける。
俺はちらりと憧雅に目配せすると、意図が伝わったのか、憧雅もニッコリ笑って頷き返してくれた。
そして要芽の前にしゃがみ込むと、
「ちょっと失礼しますね」
「えぇっ……はい!?」
その細い体を担ぎ上げた。
憧雅の両の剛腕に抱きかかえられ慌てる要芽。見事なお姫様抱っこ、と言いたいところだが体格差からか熊に捕まった魚のようにしか見えない。
「ちょっ……何をしているんです憧雅! 下ろしてくださいっ!」
「そんな訳にもいきませんよ。こんなところに放置して行くくらいなら俺が連れていきます。安心してください、軽いものですよ」
そう言って微笑む憧雅の腕から必死に逃れようとする要芽だったが、がっしりロックされているようで無駄な足掻きにしかなっていなかった。筋力の圧倒的な差もあるのだろう。
「ちょうどいいところに憧雅が来てくれて助かったよ。俺じゃ引き摺るくらいしかできそうになかったからな」
「お安い御用ですよ。せっかくなので■■■さんも俺に掴まっていきますか? 背中が空いています」
「お、いいのか? ……いや、やめておくよ。背負われるのは俺基準じゃあまり可愛くない。肩になら座りたいけどな」
丁重にお断りし、転がったままだった要芽のカバンを拾う。
そして憧雅に並んで通学路を歩き始めた。少し後ろを愁楓斗もついてくる。
観念したのか抵抗をやめた要芽が、なんとも嫌そうな顔をしながら憧雅の腕の中でぼやいた。
「……背中が空いてるならせめて僕をそっちに回してくれませんかね。この体勢は流石に恥ずかしさが過ぎるのですが」
「心配するな、よく似合っているぞ無駄に。ついに二足歩行すら諦めたその無様な格好、路面の化身たる貴様にこの上なくふさわしい。やはり水平に近い姿勢の方がしっくりくるのだろうな」
「気に入ったのかなんだか知りませんが、同じようなネタを当たるまで擦り続けるのは品がありませんよ。既に盛大に滑り倒していることを自覚すべきかと」
「路面だけにか? さぞ滑りが良くなっているのだろうな、その額に滲んだ汗で」
「どこかうまいこと言ったつもりですか? 汗も干上がる寒さなのですが」
いつものように下らない言い合いを始めた要芽と愁楓斗にほっこりする。間に挟まれた憧雅はちょっと困り顔だった。
しかしまぁ、この状態になった二人に割り込んでもどうせろくな事は無い。
俺は踊るようなステップで数歩先へ踏み出すと、華麗な半ターンで振り返る。そのまま愛らしい後ろ歩きと共に憧雅へ話しかけた。
「悠重那がちょっと先に行ってるんだよ。俺よりあっちを抱えてやる方が喜ぶんじゃないか?」
「……あぁ、そういえばさっき言ってましたね。要芽さんを昏倒させたとかどうとか」
そう答える憧雅の目はどこか遠くを見るように泳いでいた。悠重那に何か思うところでもあるのだろうか。
「昏倒はしていませんが」
「大差は無いだろうが。文句なら他力の水平移動を卒業してからにしろ」
割とどうでもいい口を挟んでくる二人の声は聞かなかったことにし、速度を落として憧雅が追いつくのを待つ。そのまま隣に並び、歩調を合わせて歩き始めた。
「憧雅、もしかして悠重那のこと苦手か?」
「いや、苦手とかではないんですが……」
尋ねると、その体格に似合わない端正な顔を少し曇らせて言った。
「……いつかこっそり違法な筋肉増強剤などを打たれそうな恐怖はあります」
「…………」
まさか流石に有り得ない、とは思うもののどこか否定しきれないものがあった。「もっと大きい方がかっこいいよグヘヘ」などと言いながら怪しげな注射を構えている姿が容易に想像できる。
「守らないとな、折角のオーガニックマッスル」
「そうですね」
頷き合い、決意も新たに坂の上を見やる。
広めの車道と住宅街に挟まれた、緩やかな曲線を描きながら丘を上る、慣れ親しんだ通学路。
少しずつ見え始めた、四角く白い学校の外壁。
その途中に、ゆっくりと歩く小柄な人影を見つけた。
悠重那だ。何かを待つように時折立ち止まっては、再び歩き出す。そんな行動を繰り返しているように見える。その歩幅は、遠目にも明らかに小さい。
要芽の状態が気になるが、殴りつけて置いてきた手前、振り返って様子を確認するのは気が引ける。そういった仕草のように感じるのは邪推だろうか。
ともあれ、どうにか彼女には追いつけそうだ。このペースで歩けば、校門までにはきっと合流できるだろう。
そう考えていたところで、意を決したよう悠重那が唐突にこちらへ振り向いた。
並んで歩いてくる三人と運ばれる一人の姿に気付き、驚きと安堵と困惑と興奮の入り混じったような奇怪な表情でしばしこちらを見つめていたかと思うと、道を引き返し早歩きでこちらへ下ってきた。
そして俺達の前で立ち止まると、少し気まずそうに目を伏しながら口を開く。
「あー……、ごめん要芽。つい勢いでやりすぎた」
その言葉に、意外そうに目をしばたたかせる要芽。
憧雅の腕の中で、慌てた声と身振りで答えた。
「いっ……いえそんな、これは悠重那さんのアレが原因ではなく……! ただの個人的な体調不良なのでお気になさらず……」
「代わりにあたしも殴っていいからその場所替わって。そして傷ついたあたしをそのハガネのような筋肉のベッドで介抱して」
要芽の言葉は最後まで聞かず、キラッキラに輝かせた目で悠重那はそう続けた。俺の容姿並みに眩さを放つ眼光に、憧雅が顔と体を強張らせたのが見えた。
「悠重那さん……私欲漏らし過ぎですよ」
「あ、■■■。ちょうどいい鈍器持ってるじゃん。それでさ、さっきみたいにあたしをガツンとやっちゃっていいから。ほら」
「えっ、嫌だ。暴力は可愛さに反する」
「大丈夫そういうジャンルも一定の需要あるから。だからほら一思いに」
「そうなのか? じゃあ……」
「乗り気にならないでくださいよ■■■さんっ! というかどの層に向けたどういうジャンルですかそれは!」
要芽の必死な制止に、仕方なく俺は重ねて構えた二つのカバンを下ろした。俺の分と要芽の分。俺の細腕でも結構な威力の出そうな重量だったが。
「暴力ヒロインか? 確かに需要としては存在しているのかもしれんが、こいつの場合はそもそもヒロインではないな。……暴力ヒーローか」
「ただの乱暴者にしか聞こえなくないですかそれでは」
「それでいいからさ、自力で歩けなくなる程度に痛めつけて早く」
「その……目の前で自作自演の負傷をされても困るんですが……」
うん、憧雅も困ってるようだし、収拾つかなくなる前に切り上げて学校に向かった方がいいかもしれない。目の前まで来てるのに仲間内で騒いでて遅刻はちょっと嫌だ。
俺はみんなの前に躍り出ると、少しだけ声を張り上げる。
「みんな、とりあえず学校まで急がないかっ? あとは放課後に『部室』にでも集まって話そう」
その号令に、四人は顔を見合わせると、少し慌てたように俺について歩き出す。
「もう大丈夫です憧雅、あとは自分で歩きますので」
そう伝えてようやく下ろしてもらった要芽に、俺は彼のカバンを手渡した。
そしてみんなを先導するように駆け出す。
「よし、じゃあ校門までダッシュだっ!」
「別に走らないといけないほどの時間じゃないけど」
「いま要芽さんを走らせるのはちょっと」
「上り坂で前を走るのもやめていただきたいのですが」
「放っておけ、別に合わせてやる義務は無い」
何故か誰もついてこなかったようだがそれはそれで構わない。遠目から、俺が可憐に軽やかに駆ける姿を全身くまなく目に焼き付けさせることができるのだから。
一度振り返って手を振ると、俺はそのまま髪とスカートを翻し走る。
朝日に照らされながら風と共に疾駆するその俺の姿は、さながら一枚の絵画。
今この瞬間にのみ生まれる、奇跡の芸術品のようだと思った。




