第 話 吹き荒れる可愛さ旋風
んっんー、今日もいい天気っ!
朝の陽光が俺を讃えるように降り注ぐ。
カバンを手に、弾む足取りで進む通学路。
時折吹く風を受けて制服のスカートが踊る。街路樹の歌声が心地よい。
歩道沿いのパン屋の前で、少し足を止めて窓ガラスを覗き込む。
陳列された色とりどりな焼き立てのパン……ではなく、ガラスに映り込んだ自分の姿が目当て。
うん、今日もとってもとびっきりキュートにカワイイ俺。整った目鼻立ちの中にぱっちり大きな眼。さながら小動物のような愛くるしさ。それでいてすらりと高めの身長でスタイルも良い。全てにおいて隙が無い。
思わずその場でくるりと回ってみる。短いスカートと一緒に長い髪が円を描いて舞った。カシスでベリーでリリーな感じの甘い香りがふんわり広がる。
今日はちょっとツインテ気味に、髪の一部だけを頭の左右に持ち上げて括ってみていた。
ふわりと下ろした長い髪。その中にちょっとしたアクセント。動物の耳みたいにぴこっと飛び出てるのが想像以上に可愛い。これなら毎日やってもいいかも。
ガラスに反射する自分の可愛さに見惚れていると、店内のお客さんと目が合った。
トレイとトングを手に、足を止めたままこちらを見つめている。
どうやら図らずも、ガラス越しに見知らぬ男性の目と心を奪ってしまったようだ。もはや罪作りなレベルのラブリーさで申し訳ない。
せめてもの罪滅ぼし。俺は最ッ高に眩い笑顔を彼に送り、さっきと逆向きにもう一度くるりんとターンしてみせると、手を振ってパン屋の軒先を後にした。
通学路の途中、交差点で要芽と悠重那に出会った。
信号待ちをしているようだ。行き交う車達を眺めながら談笑している様子。
そこに駆け寄り声を掛ける。
「おっはよーうっ! 今日も元気だぞっ!」
二人の前に躍り出て挨拶する。そんな無機質で可愛くない車なんかより俺を見てる方が幸せだろう?
「おはよー、■■■。朝から飛ばしてるねー今日も」
特に早朝だからという訳ではない眠そうな目と声で悠重那が応える。あまり整えてなさそうな長めの髪が相変わらず散らかっている。オイルを染みさせた櫛で梳かすだけでもだいぶ違って見えると思うんだけど。もったいない。
「……おはようございます、■■■さん。見ればわかるものを報告されても困るのですが。……というか尋ねるのが先じゃないんですか、そういうのは」
挨拶を返してくれながらもなんだか微妙に呆れたような顔の要芽。
ひとつ年下ながら俺よりちょっと背の高い彼の顔を、覗き込むようにしながら俺は答える。
「訊くなら先に自分の事を言う方が正しそうだろ、礼儀とか。それに俺が元気ならみんな元気になれるんだから訊くまでもないかなって」
「……朝から疲れました。僕の元気を返してください」
何故か溜め息混じりの要芽の言葉に首を傾げる俺。どうしたんだろう、夜更かしでもしたのかな。
「あぁ、もしかして深夜の配信か何かでもリアタイしてた? 駄目だぞ、夜更かしは美容の天敵だってよく言うだろ。ほんとかどうか知らないけど」
「別に何か観てたわけではありませんし特段美容を意識してもいません。この疲労は主に今あなたと会ってから発生しているのですが」
「俺と? あ、もしかしていつもにも増して可愛い俺に会って心拍数マシマシになっちゃったか? ごめんな、俺がいつもにも増して可愛い髪型になんかしちゃったばっかりに。もっと俺見て元気出せよ」
「悠重那さん、すみませんが体調不良で早退します僕」
「うん、お大事に」
「え、なんで?」
肩を落として交差点から引き返そうとする要芽に手を振る悠重那。
その細い背中に、俺は慌てて駆け寄った。引き止めるよう肩に掛けた手を軸に、俯いた要芽の正面へくるりと回り込む。
「いや待て待て、別に帰ってもいいけど放課後にはまた来るんだぞ。今日は『部活』の日だからなっ!」
その言葉に、要芽は落としていた肩を更に落とし気味にしてぼやくように言った。
「そうでしたね……。では、また放課後、例の教室で」
「いや、授業丸ごとサボって放課後にだけ現れるのは流石にヤバいんじゃない? 下校するみんなに逆流して学校向かうの気まず過ぎでしょ。休むか諦めて今登校するかどっちかだと思うけど」
「そうだな。それに今帰ったら夕方まで俺パワーが保たないだろ。もっとちゃんと目に焼き付けて充填しておかないと」
俺と悠重那の説得に、一度溜め息をつき、観念したように要芽は振り返る。
「……いえ、わかってますよ。冗談です。少し現実から逃避したくなっただけですので」
そう言うと、要芽は俺から目を背けるようにして踵を返し、横断歩道の前へと戻った。
ちょうど、歩行者用信号も青になったところだった。そのまま悠重那と並び道路を渡り始める要芽。なんだか置いて行かれた風になった俺は、ちょっと駆け足で二人を追いかける。
「お疲れ。朝から■■■の過剰摂取は胃もたれ半端ないよね、わかるよ」
「全くもって。毎日のようにあのテンションでいられる点だけは少し羨ましく思わなくもないですが、周りに撒き散らされるのはちょっと、勘弁願いたいところです」
「可愛いのは認めるけどさ、そこいらの女子とは比較にならないくらい。でも大体あのキャラっていうか挙動で台無しになってるよね。どんだけ自信に満ち溢れてるんだみたいな」
「自信過剰を通り越してもはや一種の狂気のようなものを感じるくらいですね」
どうも俺の称賛で盛り上がっているようだ。照れるだろ、本人に聞こえるように話されちゃ。
気を遣って駆け足気味のまま二人を追い越し、横断歩道の向こう岸へ。
そこで一旦立ち止まると、振り返りついでに華麗に一回転半して見せ、俺は二人に手を振る。ちょっと飛び跳ねることで可愛さ溌剌アピールも忘れない。
「おーい、俺の賛美なんて学校着いてからでもできるだろー? 早く来ないと置いてくぞー!」
「どうぞご自由に置いていってくださいよ。元より待ち合わせなどしていませんので」
「あたしと要芽も今日は偶然時間が合っただけだしね。いや待て、賛美なんてしてねーよ」
慌てて言い繕う風の要芽と悠重那だったが、実際俺が全校一の美貌で羨ましいと話していたのは追い抜きざまに確認済みだ。隠すこたないのに。
「なんだ照れてるのか? 俺だって面と向かって褒めちぎられると流石に恥ずかしく思わなくもない。つまりお互い様だからいっそ面と向かって存分に褒めちぎっていいぞ」
「まずその会話の成り立たなさを恥じていただきたいのですが」
頑なに本心を表そうとしない要芽。どうやらまだ魅了具合が足りないようだ。
仕方無いな、じゃあもっと愛らしく可愛らしいキュートな仕草で奴の心を溶かしてやるとするか。
全身あらゆる箇所の細かな角度まで綿密に計算し、何気に結構な練習をした俺史上最高最ラヴなポーズを――、
「いやまずその無闇に回ったり飛び跳ねたりするのをやめていただけませんかねっ!? 毎回なんか見えるんですよスカートの端からッ!!」
「安心しろ、俺は内側までちゃんと可愛くしてる。見えないところも抜かり無いぞ」
「見えてると言ってるでしょうがッ!! 抜かる抜からないの前に気にすべき点があると思いますがねっ!? 別に女子のものならいくらでも拝見しますが何故あなたのグぼォぁっ!?」
うわ。
なんだか余計な事を口走った要芽の脇腹に、悠重那が横薙いだカバンが突き刺さった。あれは痛い。
「お……ぐぉ……何故……」
「何故と言われると……義務感、かなー」
しゃがみ込み脇腹を押さえて悶絶する要芽を一瞥し、そのまま放置して道路を渡り切る悠重那。
俺の前まで来ると振り返り、横断歩道の途中でうずくまって動かない要芽に無感情な声を掛ける。
「苦悶なら学校着いてからでもできるだろー? 早く来ないと置いてく……いやもう置いてこうか。■■■、行くよ」
そう言って要芽から視線を切り、そのまま学校への登り坂を歩きだした。
「行くよって、要芽はどうするんだアレ」
「体調不良で早退するんじゃない? 元気無いとかなんとか言ってたし」
そのまま俺も置いて一人でさっさと歩いていく悠重那。
どうしたものかと立ち尽くす俺の足元に、這うような姿でどうにか横断歩道を抜けた要芽が倒れ込んだ。なんとか赤信号には間に合ったようだ。通行人の注目を猛烈に集めてはいるが。
「お疲れ。俺の愛くるしさも流石に物理ダメージには効果薄いと思うから、あとは自力で治癒してくれ」
労う俺に、要芽は脂汗の滲んだ顔を上げ、そして即座にまた顔を伏して、力無く言った。
「……せめてスカートはもう少し長くしてください……」
遺言のようにそう言い残し倒れる要芽。引き摺ってきた自身のカバンを枕のように頭に敷いている。
「嫌だよ。長くするとその分可愛さ放出面積が減るだろ。それは人類全体の多大な損失に……えっと、要芽ほんとに大丈夫か?」
一向に立ち上がらないどころか動かない様子に心配して声を掛けると、要芽は息も絶え絶えに答えた。
「……不自然な体勢で這ってきたので疲れただけです」
ただの疲労かよ。貧弱か?
「仕方無いな、じゃあ俺が」
「そういうのはもういいので、早く先に行ってください。……『部活』には出ますので」
そう言われても。この状態の友人を放置して行くような行為は愛嬌を損ねそうだ。
かといって、細く軽いとはいえ俺より背の高い要芽を背負うのも難しそうだが……。




