第39話 記憶の茎に手を伸ばす
『拒葉剣』。
俺が探し求める、聖標器の一つ。
かつての戦争において聖王が使用し、そのまま大陸各地へ散逸したとされる、いわば伝説の武具。
その数多の武具の一つが、今、目の前に存在している。
――水を掻き回す道具として。
……いやどういうこと?
全然状況がわからない。
このでかい水槽の向こう岸で、無闇に光を放ちながらくるくる回ってる物体。
アレが拒葉剣だと、そう言ったのか?
剣要素どこにも無くない?
っていうか本当にここにあったんだ聖標器。期待はしてたけど実際に見つかるとは。
それにしてももう少し見つかり方というか。装置化してるじゃねぇか伝説の武具。
いや本当にアレがそうなのか? 剣どころか水車、というかもう骨だけの傘とかそんなモノにしか見えないんだが?
ぐるぐると混乱する思考。
念願の聖標器。その想定外の様相に、平静が保てないでいた。
《どうして拒葉剣を……確かにこの規模の水槽には……いえ、それにしてもこんなバカみたいな……》
混乱しているのはロティも同じらしい。呆然とした呟きが漏れ聞こえる。
そして、クレウグも。
「あれが……そうなのか……? だがいくらなんでも……」
どこからか取り出した、手の平に収まるほどの、箱状の物体。
大小様々な透明の球体がいくつか、木の棒で形成された立方体の枠に押し込まれている、そんな形状。
狼狽した様子で、その枠付き透明球と前方の水車を交互に見比べていた。
その道具が何なのかはわからないが、聖標器の有り様に、クレウグすら動揺を隠しきれないようだった。
……ん?
「クレウグさん、アレが何かわかるんですか?」
ちょっとした引っ掛かり。
あの回る発光体が、ただの自己主張の激しい装置ではなく重大な意味を持つ物――聖標器であると解っているからこその動揺。そのように見えた。
尋ねると、クレウグは前方に目を向けたまま答える。
「あぁ。俺は、アレを探しにここへ来た」
……聖標器を探しに。そう言ったのか?
「……何故、貴方がアレを探しているんですか?」
一介の遺跡探索家が必要とするとは思えない物だ。訊かずにはいられなかった。
「何故、言われると……そうだな」
尋ねると、クレウグは少し考える素振りをし、そして短く答えた。
「世界のためかな」
世界? ってこの世界のことか? どういう答えだ。
冗談でごまかそうとしている風ではない。
意図を問いただそうと口を開きかけたところに、
《何をのんびり話しているのよ。この男が何なのかはわからないけれど、聖標器を狙っているというのなら奪い合いの相手よ。弱っているうちに先に回収してしまいなさい》
ロティの急かす声。
なんて非情な、と思いかけたが……確かにそうだ。
彼の意図はわからないが、俺にだって聖標器は必要なもの。
俺の、失われた記憶を取り戻すための、鍵となるものだ。
即ち、俺が今『此処』にいる理由の全て。
クレウグには申し訳無いが、今のうちに確保させてもらう。
「……クレウグさん、すみません。貴方にも理由があるんでしょうけど……あれだけは、譲れません」
そう言って、走り出す。頭は下げなかった。
「フィーノさんっ……!? 待ってくれ……!」
クレウグが呼び止める声を背に、俺は水槽を囲む通路へと駆け込んだ。
聖標器。
聖王が使った伝説の武具であり、虚躯の能力の外部拡張機器。
装備品としての性能とは別に、取得ごとに虚躯の性能を増強させる、強化部品だ。
俺がこれらを入手することで、虚躯の基礎容量と出力が強化される。
ずっと、俺の頭の中――虚躯の記憶領域内に寄生する形で、俺から少しずつ力を掠め取ることで辛うじて存在しているロティ。
いや、後から来たのは俺だから俺の方こそ寄生しているのかもしれないが……ともかく、ひとつの虚躯の力を二人で分け合っているこの現状。
大元の容量と出力が増せば、ロティの単独での存在維持に割り当てられる力の量も増す。
そうして、ロティを記憶領域から少しずつでも引き剥がすことができれば――読み出しを阻害している原因を取り除ければ、俺の記憶は戻る。
以前、セラン・リウーネにてシャディオンさんとロティに聞かされた話だ。
また、ロティの決死の行動により、ごくわずかにだが、実際に記憶の断片を視たこともあった。
記憶復元のためのこの理屈は、手段は、間違っていない。
そして今、その必須要素が目の前に鎮座しているのだ。
堪えられなかった。
自身の過去について、元の世界について知りたいと思う事。
それが、虚でしかない今の俺の全てなのだから。
巨大な水槽。その静かな水面を横目に、俺は縁の通路を駆け抜けた。
滑らかな石の床を踏み鳴らしながら、対岸に辿り着く。
目前には、四角い台座に横向きに突き刺すように固定され、変わらず白い光を放ちながら水を掻き回し続ける『拒葉剣』。
近くで見ると、それはまさしく巨大な傘のような姿だった。
細い柄の先から、円を描くよう放射状に広がった六枚の羽根。
その羽根それぞれはかなりの幅広だが、一枚ごとにわずかに隙間があるため、実際に雨避けとしては使えなさそうだ。使うつもりも無いが。
突き刺さった台座の中から何かしらの動力を供給されているのだろうか。音もなく回る拒葉剣の軸に、俺は手を伸ばす。
どうやって固定されているんだろうか。引っ張ったら抜けるかな。回ってるから掴みにくそうだけど。
「フィーノさんっ……! そこは危ないっ……!」
あぁそうか、先に回転を止めればいいのか。どこか台座周りに動作を停止させる機構が存在……しないな。それらしい突起物や配線のようなものは何も見当たらない。
台座自体も床に固定されていて動く気配は無い。仕方ない、試しに一度引っ張ってみるか。
俺は台座と羽根の間に立ち、水槽に背を向ける形で、回る軸を掴みにかかる。
そして伸ばした手が軸――拒葉剣の柄に触れた、その瞬間。
「聞いてくれ! この水槽、何かがいるッ……!!」
記憶の底から溢れた光が俺の視界を塗り替えた。




