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聖臨異餐譚 ~台所でしか無双できないチート転生者の旅に暴食脳筋、病的迷子体質、常時酩酊者を添えて~  作者: 深酒佞
聖臨異餐譚 -記憶の欠片と海の花-

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第38話 煌めく花弁の円環

 一瞬の出来事だった。


 閉じた瞼の上から容赦なく目を灼く光。咄嗟に腕で庇っても防ぎきれないそれが収まるまで、およそ三秒といったところだっただろうか。

 恐る恐る目を開けた俺は、室内の様子が豹変している事に気付いた。


 部屋が、広くなっている。


 ちょっとした倉庫くらいの広さだった部屋が、今は三、四倍程に広がっている。

 四方の壁は変わらず飾り気の無い無骨な石造りだが、天井が大きく変わっていた。

 上に海がある。

 全く状況はわからないが、そうとしか言いようのない光景だった。


 見上げた先には、透明の天井。その奥に広がる、ゆらゆらと煌めく碧。時折流れる小さな魚影。

 この僅かな瞬間に、部屋ごと海底に沈められたような――いや、そうではなく。


 俺が、海底の部屋に転移させられたのだと。そう気付くのにそれ程時間はかからなかった。


 改めて部屋を見渡す。


 足元には変わらず奇妙な感触の命湍(ヒューメナツィア)だとかいう黒い物体が広がっている。今は光を失っているようだ。

 その外側、元の部屋より壁が後退した先――のように俺には見える、部屋の奥――の空間には、水の溜まった、四角く切り取られた床の穴があった。

 この大部屋の床の大半を占める、巨大な水槽。そういった様相の何かだった。


 天井には海。床には水槽。俺の傍らにはクレウグの姿。

 ……クレウグ?


「……なんだ、ここは。一体……何が、起こった?」


 片膝をつき息を荒らげながら、俺と同じように訝しげに周囲を見回す、クレウグの姿だけがそこにあった。


「え……あれ? クレウグさん、どうしたんですか……!?」


 つい先程まで一緒にいたはずの仲間達の姿が見えないのが気掛かりだったが、一旦置いておく。

 この一瞬で何故か酷く消耗したような様子のクレウグに慌てて声を掛けると、クレウグは首を振って答えた。


「……わからない。床からの光に飲まれたと思ったら、こうなっていた。あの光に、活力だか何かを大きく奪われたような感覚だが……」


 そう言って自身の体と足元を見下ろすクレウグ。

 あの光……転移装置らしき何かの動作が原因なのだろうか? 俺の体には何の異常も無いようだが……。

 体を軽く動かしてみるが、全くもっていつも通りに感じられた。

 首を捻っているところに響くロティの声。


《有り得ないわ……どういうこと……?》


 ひどく狼狽した様子。なんだってんだ。こっちから聞き返せないんだから意味深な独り言はやめて欲しいんだけど。


《……命湍(ヒューメナツィア)は、生物を転送できない。以前あたしがそう説明したの、覚えてる?》


 確かに、ほんのりと覚えはある。生き物だと情報量がどうのこうのと、リュケオンの倉庫で長々と語っていた。

 それはそうと質問しないでくれって。人前でロティに反応してるとこ見られたくないんだから。

 仕方なく、ごくごく小さく頷く。……って、あれ? ()()()()()()()()()


《貴方が通れたのは、主にその虚躯(フィジア)の特異性が理由よ。貴方だけの例外。……おかしいと思わない?》


 気付く。

 ならば、彼は何故今ここにいるのか?


 息を飲み、俺はどうにか立ち上がったらしいクレウグを見る。


 俺と目が合ったクレウグは、


「ん? あぁ、俺は多分もう大丈夫だ。回復こそしきれていないが、歩くくらいはできそうだ」


 そう言って何度か膝を曲げ伸ばししていた。俺の視線の意味は流石に伝わっていないらしい。


《当然、彼の体が貴方と同じ虚躯(フィジア)なんてことは無いわ。それは絶対確実に、この世に一つしか存在しない物だから。……まぁ、実はもう一つあった虚躯(フィジア)を彼が使っている、なんてオチの方がいくらか筋が通る状況ではあるけれど》


 論理的に考えるなら、命湍を(ヒューメナツィア)通過できた以上、必然、クレウグは生き物ではない、ということになる。

 しかし、どう見ても――。


「そう言えば、フィーノさん。あなたの仲間達がいなくなっているようだが……。あの光に、何かされたのだろうか?」


 心配そうに辺りを見回すクレウグは、普通の生物――人にしか見えなかった。


 ……って、そうだった。一旦置いておきすぎた。

 姿を消した……いや、転送に巻き込まれなかったと思われる仲間達。

 三人は無事なのだろうか?


《あぁ、あの子達については安心して。元の部屋らしき位置に三人まとめて反応が残っているわ。それ程離れた場所に来たわけではないから、そのうち合流できるんじゃないかしら》


 胸を撫で下ろす。

 と同時に、やはり通常の人間は転送されないものだという事実が顕になる。

 あの三人が普通の人間の範疇でいいのかどうかは別として。


 昨夜ロティが話していた件といい、このクレウグという人物……一体、何者なのだろうか。

 疑念を募らせながらも、俺は仲間の安否についてクレウグに伝える。


「俺の仲間達については、とりあえず無事みたいです。なんというか、俺にはそれとなく彼らの状態がわかるので。向こうにも俺の居場所をうっすら察知できる者がいるから、そのうち合流できると思います」

「そうか、なら良かった」


 そう言って顔を綻ばせるクレウグ。その様子からは、少なくとも敵意のようなものは感じない。

 色々と胡散臭い点はあるが、とりあえず敵ではないと、そう考えておけばいいんじゃないだろうか。


「それにしても……この部屋は一体? 俺達に何が起こったというんだ?」


 改めて部屋を見回しながら疑問を口にするクレウグに、俺は現状を説明した。

 いや、ロティの言う事をそのまま伝えただけだが。


「海底の部屋……? 転送……? なるほど、そういうのもあるのか」


 どうやら割とあっさり納得し、状況を把握したらしいクレウグ。調査の場数からか、こういった展開への慣れはあるようだ。

 むしろ話した俺の方が現状に追いつけていない。なんだ海底の部屋って。


 ロティが言うには、俺達が今いるこの部屋は、先程侵入した遺跡のほぼ直下、地下にあたる場所にあるらしい。

 海辺に建っていた遺跡。その地下に展開されているこの大きな部屋は、直方体の形状を海側へ大きくせり出させている。必然、その大半が海の底へ飛び出す形になる。

 実際には岸壁などにうまく偽装しているのか、沖側からはこの部屋の存在には気付かれないようになっているようだが、そもそも何故こんな建物と部屋を作ったのかという疑問は消えない。

 しかも海に沈めるような形で作った部屋の中に水槽がある。二度手間というかなんというか、無駄なことをしているだけに見えるが。


 そういえばこの水槽は何なのだろうか。

 部屋の大半を占めるこの巨大水槽。順当に考えるなら、意図はともかく、この水槽を設置するために作られたのがこの部屋、という事になりそうだが。


 改めて水槽に近寄り、クレウグと共に調べてみる。


 床面積の七割ほどだろうか、微かに波打つ水を湛えた大きく四角い穴。

 海に沈んだこの部屋の更に下へ向かって掘られているのか、あるいは底が海と繋がっているのか。

 詳細は不明だが、溜まっているのは海水らしい。


 槽の内部には何も見当たらない。少なくとも、見える範囲には小魚の一匹も発見できなかった。

 どれ程の深さがあるのか、底は暗く見えない。得体の知れない何かが潜んでいそうな深淵が、遥か下方へと広がっていた。


 槽の周囲には、人が三人ほど並んで歩けそうな程度の幅の足場。

 それが槽の四方を囲んでいた。


 そして、俺達が今いる場所と向かい合う辺。水槽を挟んだ対岸の足場。


 そこには、奇妙な水車のような物体があった。


 白く発光する、六枚ほどの花弁を思わせる大きな羽根。


 それが円を描き、半分を水に浸からせながら、ゆっくりと回転していた。


 水槽の水を循環させているのだろうか? なんというか無駄に派手な水車だな。結構な大きさがあるとはいえ水槽と比較すると小さなものだがちゃんと効果あるのか?

 ……などと思いながらその回転を眺めていると。


「……あ、あれは……いや、まさか……!」

《は……? 嘘でしょ、なんでこんな……!?》


 クレウグとロティの、動揺と驚愕の声が同時に響いた。

 どちらも、あの光る水車に対しての反応のようだが……そんなに驚くことなのだろうか、無駄に派手な水車。

 ……と思っていたがそうではないらしい。


 まだどこか動揺の残る、ロティの震えた声。


《……あれ……『拒葉剣(ベヌウィデン)』だわ》

「…………は?」


 かすかな水音だけが静かに鳴る空間に、俺の間抜けな返答が響いた。

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