第29話 海の街への誘い
「という訳で、こちらが聖王ノ様への指名依頼となります」
ローナセラの聖立共壇。ごった返す喧騒の中でただ一箇所、ぽっかりと空いた空白のように人のいない十二番窓口。
ある初夏の朝、陽射しと絡まって心地よい涼風を浴びながらいつも通りそこへ向かった俺を待っていたのは、相変わらず眠そうなシグネーさんの唐突な言葉だった。
「指名依頼? またシャディオンさんからの案件ですか?」
また変なのを思いついたらしいシグネーさんからの奇妙な呼び名については無視し、机に置かれた書類に目を落として聞き返す。なお開口一番に言い放ったのが先程の言葉だったので、という訳も何も無い。
「シャディオン様とは、いえ、為聖庁とは特に関係ありません。ただ単に聖王ノ様による救援を指定した依頼だというだけです」
「その、一般の人からの依頼、という事ですか? 指名って、そんな制度あったんですか」
「知りません。初めて受けました」
雑かよ。聖立共壇って国営の機関じゃないのか。いいのかそんなんで。
シグネーさんは書類をこちらへ差し出しながら続ける。
「こちらにも記載してありますが、依頼主はクレウグという遺跡探索家との事です。聖王にしか頼めない事案だとのことで、何やら必死な様子……かどうかはよくわかりませんでしたがとにかくなんだか困っているようだったので受け付けました」
「そんな融通利かせていいもんなんですかこの仕事」
「駄目なのですか?」
「知りませんよ俺に訊かないでください」
小首を傾げるシグネーさんの問いをあしらいながら書類を受け取る。
「遺跡探索家……って何ですか?」
「よくは把握していませんが……千年単位の過去から戦時中のものまで、大陸各地の古い建造物等を調査するのが専門の、冒険者の一端のようです」
なるほど……俺達のような戦闘特化のものとは違う、調査を主とする冒険者。研究者、の方が近いだろうか。
以前トープドールに聞いた物も然り、大陸には数多くの、遺跡と呼ばれる建造物が存在する。
特に今まで気にしたことは無かったが、それらの調査を生業とする職業の人もいるわけか。
世の中いろんな仕事で成り立っているんだなぁ、などと思いながら、受け取った書類に目を落とす。
今回の依頼内容について詳細が記された、一枚の大きな紙。
それと一緒に、何やら一回り小さな紙片が留め具で添えられているのに気付いた。
なんだろう、と一枚目をめくってその紙片を見ると――、
「……手紙……」
丁寧な文字で記された、手紙だった。
なんか嫌な予感がしてきた。思わず目を逸らす。
「ご安心ください。そちらは以前のような怪文書とは違う、至極真っ当な文面と内容のものでした。こちらで確認済みです」
俺の様子から察したのか、シグネーさんが助け舟を出してくれた。
「そっ……そうなんですね……、ありがとうございます」
胸を撫で下ろし、俺は改めて手紙に目を落とした。
そもそもなんで手紙一つにこんなに警戒しなくてはならないのか。あの跳ねる赤髪を思い出し嘆息しつつ、内容を読む。
確かに、至って普通の手紙だった。俺への挨拶から始まり、依頼の内容と報酬についてが簡潔に記されている。無駄な追記なども無い。
ただ一つ引っかかりがあるとすれば。
「あの、セラン・ユプセンというと……」
手紙に書かれていた場所についてシグネーさんに尋ねる。
セラン・ユプセンという街の郊外に存在する遺跡。そこが依頼の地点、俺が呼び出された場所だった。
ローナセラ商店街でもセラン・ユプセン産の上質な海産物や塩が売られているため名前はよく見ているのだが、思えば場所は知らなかった。恐らく海沿いの街なんだろう、くらいの認識。
「ふぁい?」
問いかけに対し、返ってきたのはシグネーさんの欠伸混じりの声だった。
俺が手紙を読んでいる間にうたた寝していたようだ。自由か。
この人の仕事は世の中のどこを構成しているんだろう。楽そうだしその席替わってほしい。
呆れながら再度尋ねると、シグネーさんは眠そうな目を擦りながら答えた。
「セラン・ユプセン……。瑞央海に突き出た半島にある漁港都市ですね。漁業のみならず造船業や観光業も盛んです。また、セラン・ユプセンの塩はあらゆる料理に合う、味付けの究極の解答として有名ですね。なかなか値は張りますが一度味わうと二度と手放せなくなる魔性の塩と……どうしました?」
「あぁ、いえ……美味しいですよね、あの塩……とっても」
いつだったか頼みもしないのにミュイユが買ってきたのを思い出し、思わず遠い目で答える俺に首を傾げるシグネーさん。
ただの塩とは思えない猛烈な旨さで確かに衝撃的だったのだが、その値段も衝撃的だった。
水祇と地祇の力を極限まで活かし、通常有り得ない程の濃度で旨味を結晶内部に閉じ込める独特の製法で作られているらしい。その手間の代償としてか、ちょっとした量の一袋だけで、うちの一日分の食費を超える価格。
塩だけで味付けした肉と葉野菜に、泣きながら舌鼓を打ったのだった。
「ご存じでしたか。何故そんなに悲しげな顔で語るのかは解せませんが……とにかくそういった内海の街ですね。位置としては……」
と、シグネーさんは机の下から大きな紙を取り出し広げた。ローナセラを中心に、統聖国中部を大きく切り取った地図だ。
シグネーさんは、その地図の角を指して言った。地図の右上辺り四分の一ほどを占める海、その瑞央海に向かって飛び出した半島部だ。
「このローナセラより北東、廻輿で三日程の距離になります。聖王ノ様の導輿であれば一日半もあれば到着できるかと」
続けて、セラン・ユプセンを指していた指をわずかに上へ滑らせる。
「そして、件の遺跡は街から更に北へ進んだ海沿いにあります。詳細は向こうの共壇で伺う方が良いかと存じますが……」
そこで一旦言葉を切り、シグネーさんは相変わらずの眠そうな目で俺を見た。
「……いつもにも増して胡散臭い依頼です。断っても一向に構いませんが?」
いつも胡散臭い依頼ばかり俺に持ってきてる自覚はあったらしい。気遣うようにそう提案するシグネーさんに、しかし俺は首を振る。
「いえ、断りません。……アレ絡みの可能性がありますから」
手紙に記された、依頼の内容。
どうやら『聖王』にしか立ち入りができないらしい、戦時中の遺跡。
――聖標器が絡んでいる可能性がある。そう考えた。
俺の記憶に繋がる手掛かりだ。拒否などできるはずもない。
元より、こういった情報が舞い込む可能性も踏まえてこの聖立共壇に通い詰めているのだから。単に生活費の工面というだけでなく。いや生活費も結構当てにしてるけど。
「それに、前に訊いたあの島の件、まだ回答は来てないんですよね?」
尋ねたのは『戦祇の左手』の要塞の、調査許可についてだ。
聖標器の一つ、『渇尽牙』が眠って……いや、転がっているとトープドールから聞いたはいいものの、問題の要塞内部、その調査の可否について、まだ回答が来ていなかった。
ローナセラの共壇だけでは許可の下せない事柄らしく、上の判断を仰ぐとのことで、為聖庁の返答待ちだった。
なお『戦祇の左手』という島自体は、上陸許可が必要どころか観光地として一般に解放されているらしい。トープドール達も恐らく普通に定期船で渡ったのだろう。要塞への侵入はともかく。
俺の問いに、シグネーさんは首肯する。
「恐ろしく複雑な内部構造をしているとの事ですので。恐らくは為聖庁の調査も行き届いておらず、安全面の保証ができないのでしょう。怠慢ですね」
どの口が、とも思ったが黙っておく。
「なら、せっかくですし暇潰しがてら……と言うと失礼ですけど、返答が来るまではどの道動けませんので。この依頼、受けさせていただきます」
そう伝えると、シグネーさんは「そうですか」と短く答え、手元の書類に何やら書き記しながら面倒そうな早口で言った。
「ではそのように。聖王はこれより、セラン・ユプセン辺りへまぁ大体二週間くらいの出張として処理しておきます。その間の依頼に関してはいつも通り適当に保留あるいは破棄とします」
「……適当がいつも通りなんですか?」
「口が滑りました。当共壇の判断で保留あるいは破棄とします。ご武運を」
雑に言い繕う、いや特に繕う気も無さそうな言い直しをするシグネーさん。単なる冗談の類だと、流石にそう思いたい。
俺は苦笑いしながら「……よろしくお願いします」とだけ答え、十二番窓口に背を向ける。
遠出の準備か。ひとまずは商店街で食料の準備かな。
などと考えているところに背後からかけられる声。
「お土産は魚と貝のユプセン粗塩漬けに和滲油干し、海藻煙仕立ての海底酒辺りをお願いします」
「……適当に見繕ってきますね」
厚かましい要求を適当に流し、俺は聖立共壇を後にした。




