幕間8 斯くして始まりは終わる
「……えっと、結局どういう話だったかしら?」
話が散らかったため論旨を見失ったらしいラヴァリッサが首を捻りながら誰ともなく問うた。
「あたし達の誰かを、聖王暗殺の刺客として早急に送り込む必要がある。それも極力、聖王だけに的を絞って狙い撃つ。そんな方法が無いかって話」
「そんな物騒な話でした……?」
「端的に話すとこうなるんだよ」
ラヴァリッサの問いに簡潔に答え、「今日のこれすっごいおいしい」と大皿に手を伸ばすユラエナ。三つ目だった。
「私が使ったリュケオンの命湍はもう完全に封鎖されましたからね……」
「というかあの時カナンが普通に使えたってのがそもそも謎なんだけどね。とうに封鎖されてたはずだし。まぁもしアレが生きてても、出口が街のど真ん中っていうんじゃ流石に使えないけど」
「……そうですね……」
「……んにゅ……すぅ……」
再び部屋に立ち込める沈黙。その中に紛れる寝息。
いつの間にか机に伏して寝ていたサリュージアに目を向け、そのまま目を逸らし、ユラエナは腕を組んで呟いた。
「……命湍の原理自体は、既にそれとなく解明してあるんだよ。似たような逕路を一時的に作ることくらいなら多分できる。問題なのは座標指定。聖王の居場所をどうにか確定する手段があれば、刺客でもなんでも飛ばせるんだけど……うーん……」
唸りながら俯き、宙を見上げ、考え込むユラエナ。
専門的な話に口出しできるもののいないまま、しばしの時間が過ぎ――、
「……んん??」
「……むむっ?」
同時に奇怪な声を上げたのは、ユラエナとタルヴァノだった。
何か閃いたように目を見開き、お互いに顔を見合わせる。
「タルヴァノが作ったのって、聖標器探知機だったよね?」
「うむ。ユラエナ氏、聖王の体は聖標器だと言ったのだ?」
「うん。……あれ、嘘、すごい単純な答え出てるじゃん」
声を弾ませるユラエナを、しかしタルヴァノは冷静に制止する。
「いや、待って欲しいのだ。探知機は動くものを想定して作っていないのだ。虱潰しよりはマシ程度の代物で、検知には丸一日以上かかるのだ。のだなアシェン氏?」
「うん、高速化するには何か、せめてもう一つ……情報を紐付けられる要素が必要だね……」
「クレウグよくそんなので聖標器発見したね……。しかし別の要素、情報ね。思えば抉界戟も使えそうだけど同系統じゃちょっと弱いか……。……あっ」
トープドールに目を向けるユラエナ。
「トープドール、あの時持ってった換身符、聖王は使ってないんだよね?」
「そうだな。持たせはしたが、消費したのは私が身に付けた一つのみだ」
「じゃあもしかして、まだ持ってるんじゃない……? なら……」
目配せすると、タルヴァノは頷いて言う。
「そうなのだな。虚躯に、ユラエナ氏の作成した換身符。この二要素を組み込めば、対象の位置情報を今より高速正確に特定できそうなのだ」
その言葉に目を輝かせて椅子から立ち上がるユラエナ。
「タルヴァノ、探知機って今もう一つ無いの?」
「試作品ならあるのだ?」
「試作品! その方が思想がよく視えていいね。じゃあ今からそれ持ってあたしの部屋まで来て。アシェンも」
「うむ、任せるのだ。……今から?」
「……会議はどうするの……?」
「議題はこれで最後だし方向決まったから終わり。解散。メル、適当に締めといて」
「えっ……えぇ!?」
突然の指名で素っ頓狂な声を上げるルゼルメイを尻目に、ユラエナはタルヴァノとアッシェナブレを引き摺って部屋を飛び出した。
進行役が失踪し、突如終了した会議。残されざわめく魔王軍の面々の視線は、次第にルゼルメイへと集まる。
「えっ……あー、あの……じゃあ、以上、ということで……お疲れ様でした」
うろたえ、ひどく締まらない挨拶で会議の終わりを告げるルゼルメイ。
室内に弛緩しきれない空気が流れる。
「えっと……マジでこれで終わったのか……?」
「ユラエナちゃんそういうとこあるよね~」
「誰だ奴に進行を任せたのは」
「元々自分から進んで始めたような覚えがありますけども……」
困惑する一同。
そこに、小さく手を挙げて発言したのはノーヤだった。
「あの……皆さん、少しいいですか?」
声量こそ控えめだが強い意思を感じさせるその声に、ざわめきが静まる。
注目を集めながら、ノーヤは少しはにかんで言った。
「皆さんがよろしければ、この後……今晩本当に、トープドールさんとミアムさんの帰還の祝宴でも開こうかと思いまして。ちょっとしたものですけど」
「本当にって……あぁ」
妙な言い回しに引っかかりを覚えるも、ルゼルメイの場違いに華やかな服を見て納得したようにニンマリ頷くミアム。細い腕で服を隠そうとするルゼルメイ。
「元はと言えば多分、僕がやりたいと言ったことでルゼルメイ様に勘違いさせたようなものなので……ならいっそ、と」
その提案に、エイゼンとラヴァリッサがすかさず賛同した。
「そうか、ならば我も助力しよう」
「私も、何かお手伝いさせていただきますわ」
「あ、ありがとうございます。助かります」
イフラもそれに続く。
「足りねェものとかあったら俺が買い出しに行ってきますよ」
「ありがとうございます、イフラさん。書き付けますのでちょっと待ってくださいね」
そう言って頭を下げ、調理室に姿を消すノーヤ。
それを見送ったイフラに、エイゼンが小さな紙片を手渡した。
「イフラ、ついでにこの銘柄の酒を頼む」
「酒すか? ……あー……わかりました」
頷き、ちらりとサリュージアを見る。
「あっれー……なんか終わってんじゃん……?」
今頃目を覚ましたらしいサリュージアに嘆息するイフラ。
「多少飲まれてもいいよう大容量のものにしてくれ」
「飲まれねェようにはしねェんすか。隠すとか」
「隠しても無駄だった」
「……そスか」
目立った抑揚は無くもどこか諦観を含んだエイゼンの言葉に、イフラは苦笑いで返した。
そこにノーヤが、エイゼンのものより一回り大きな紙片を持って戻ってくる。
「すみません、お待たせしました。……あの、黒滲油と粗挽きの砕雫麦が足りなさそうで、ちょっと重くなりますけど……頼んでいいですか?」
遠慮がちに差し出された紙片を、イフラは快く受け取った。
「問題無ェっすよ。黒滲油って普通の濃いやつで良かったすか?」
「はい、それでよろしくお願いします。フューフィルさんやクレウグさんは南部風の和滲油の方が馴染み深いらしいんですけど……今回は、黒滲油で」
「了解っす。……あぁ、そういえば」
頭を下げるノーヤに、思い出したように言うイフラ。
「なんつーか……今日やると、なんかクレウグ様だけ除け者にしたみたいじゃねェすか? いやそういうつもりじゃねェのは解ってるんすけど」
その指摘にノーヤは少し眉を下げ、しかし笑って答える。
「そうですね、今回はクレウグさんには少し申し訳無いですが……クレウグさんが帰ったらその時も、またやりましょう」
そのノーヤの笑顔に、イフラもつられて顔を綻ばせた。
「そっスね」
短く答え、食堂を出ようとするイフラ。
その背中に、トープドールから声が掛けられた。
「一人では嵩張って持ちづらい量ではないか? 私も荷物持ちをしよう」
「疲れてんだろてめェは黙って労われてろ。つーか謹慎だろうが」
イフラは軽くあしらうように言うが、トープドールは引き下がらない。
「安心して欲しい、謹慎は明日からだ。……いや、ただ待つのはどうにも落ち着かなくてね。何か手伝わせてもらいたい」
そう笑って言うトープドールに、イフラは頭を掻いて答える。
「……しゃーねェな。でかい粉の方持たすからな、覚悟しとけよ」
「心得た」
「嬉しそうにしてんじゃねェよ。あぁ、ノーヤ様、行ってきます」
「はい、いってらっしゃいませ」
手を振るノーヤにイフラも軽く手を挙げ、食堂を出る。
そうして、イフラとトープドールは並んで魔王城を後にした。
旧都グライネロアにゆったりと陽が落ち始める。
喧騒の熱を和らげるよう、北部のまだ冷たい初夏の風が魔王城に吹き付ける。
長い髪を風に舞わせながら、トープドールが呟いた。
「やはり向こうとは少し気温が違うのだな。少し寒い」
「そんなに南が恋しいかよ」
「そうは言ってないのだが。恋しいがね、聖王殿とその仲間達が」
「俺が先に仕留めてやるからてめェが会う機会はもう無ェよ」
「それは困る」
「魔王軍は困らねェ」
軽口を叩き合いながら、街へ向かって丘を下る二人。
風は変わらず吹き下ろす。
風は大陸を等しく撫でる。
ローナセラの聖王フィーノの元に、クレウグと名乗る人物からの名指しの依頼が届いたのは、その翌日の事だった。




