幕間7 疵傀
「で、虚躯と聖王について。なんか妙に遠回りしたけど、ある程度結論の方向性は既に出てるんだよねこれ」
そう言って嘆息するユラエナに続いて、発言したのはエイゼンだった。
「……直接行って仕留める。それでいいだろう」
この会議で初めて喋ったエイゼンに虚を突かれた顔をしつつ、ユラエナは頷いて続ける。
「そう。カナヴェーヌやトープドールがやったように、あたし達の誰かが直接統聖国に乗り込んで聖王を倒し、体を回収する。……うーん、移動手段はともかく、やっぱりそれが最適解ってことになるよねぇ」
ユラエナの言葉に何か引っかかりを覚えたらしいエイゼンが問う。
「誰かが、ではなく全員で、一斉に攻め込めば早いのではないか」
「なんか急に喋るねエイゼン。でもそれは無理なんだよ。――《《あたし達の性質上》》」
首を振るユラエナ。
「そうか、エイゼンは知らなかったんだっけ。『疵傀』の性質というか、制限について」
黙って言葉を待つエイゼンに、ユラエナはしばし考えをまとめるよう目を閉じ、話し始めた。
「……あたし達『疵傀』は、魔王によって過去から召喚――再現かな?――された、歴史上の英雄だか何だかの幻影。魔王からの力の供給が無いと、この世界に存在を維持できないモノ。この前提は大丈夫だよね」
首肯するエイゼン。ユラエナは続ける。
「問題なのは、この祈力の供給は距離の影響を受けるってとこ。メルから離れれば離れるほど、受けられる力の量が減衰する。そうすると存在強度が低下――平たく言うと弱体化するんだよね」
「……そうなのか」
エイゼンの呟き。普段から無愛想で感情の読みづらいエイゼンだったが、この一言からは明らかな驚きが見て取れた。
「更に厄介なのが、供給対象が離れることでメル側の負荷も増大するって点。リュケオン、バシェナロアくらいまでの距離なら割と問題無く維持できるみたいだけど、それ以遠は厳しい。セラン・ウェーラーが多分限界かな」
ユラエナが目を向けると、ルゼルメイは伏し目がちに頷いた。
「セラン・ウェーラーより南……統聖国にまであたし達『疵傀』が行こうと思ったら、メルに莫大な負担を押し付けながら、戦力の弱体という枷まで背負うことになる。一人でもそんななのに、複数人を送り込むなんて話になったら……負荷は計り知れない」
無言で顔を見合わせたのはトープドールとミアム、そしてカナヴェーヌだった。
「ある程度の戦力を維持したまま同時に統聖国まで送れるのは、恐らく三人が限度。エイゼンが言うような集団での攻撃はできないってことだね」
「そうか……失礼した」
引き下がるエイゼンの表情は、どこか落胆したように見えた。
「ルゼルメイ様も一緒に、全員で行けばいいのではないですか? 俺が担いでいきますので」
ドゥーガーの提案に、しかしユラエナは首を横に振る。
「それも駄目なんだよ。メルがここ、グライネロアを離れると、それはそれで出力が低下する。この地の力をメルが汲み上げて配ってるようなもんだからね。ところで担ぐならあたしを担いでみない? その弾けるような筋肉であたしを包まない?」
「……いえ、遠慮しておきます」
「ちぇー」
困ったような笑顔で断るドゥーガーに、ユラエナは残念そうに口を尖らせた。
「ごめんなさい……わたしの力がもっと強ければ……」
俯いて自嘲気味に呟くルゼルメイ。
それを聞いて、ユラエナは大皿の焚蜜麦に手を伸ばしながら、敢えて淡々と答えた。
「メルの責任じゃないよ。そもそも常人には一人を一時的に召喚することすら困難な疵傀を、十五人も維持してる時点でメルの力は完全に規格外なんだし。その上距離まで確保しろなんて要求、贅沢にも程がある」
「十六人です」
「……うっさいな数え忘れてたよクレウグを。いないんだもん今。悪かったって」
余計な揚げ足を取るカナヴェーヌに毒づきながら二つ目の焚蜜麦を口に運ぶユラエナ。
そんな他愛の無いやり取りに、ルゼルメイは沈んでいた顔をほころばせる。
「……ごめんね、ありがとう」
その小さな声がユラエナに届いたのかは定かでない。
ユラエナに合わせるよう、ルゼルメイも焚蜜麦を口にした。
つられて何人かが焚蜜麦を手に取る。
かすかな咀嚼音だけが響く食堂。しばらく無言の時間が流れる。




