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聖臨異餐譚 ~台所でしか無双できないチート転生者の旅に暴食脳筋、病的迷子体質、常時酩酊者を添えて~  作者: 深酒佞
断章2 ミュイユ

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3 事件の終わりと旅の異邦人

 可能な限りの最高速で夜の工業区を駆ける。

 この時間は通行人は限りなく少ないが、皆無ではない。衝突しないよう注意を払いつつ、俺はロティの誘導に従って複雑な工業区の道を進んでいた。


 工業区の道は至る所が曲がりくねっており、起伏も激しい。

 かつてこの街の職人達が好き放題に建物や路地の増改築を繰り返してきた名残らしく、区画全体が一種の迷路のようになっている。通い慣れた人間ですら地図が無いと時々迷う程で、俺もロティの指示無しではまっすぐ進む事すらままならない。恐らく今来た道を戻ることも困難だろう。この街の法はどうなっているんだ。

 この見通しの悪い区域の治安が不思議と悪くないのは、こういった場所を根城にしたがるような不逞の輩にすら、迷ったら脱出できなくなるため避けられてるからじゃないだろうか……などと余計な想像をする。


《もうちょっと右、30度くらい! なんで直進してるのよ右って言ってるでしょうっ》

「無いんだよ道が! そんな都合のいい方向にっ!」

《地上を行くからじゃないの? 屋根とかに登ればまっすぐ突き進めそうだけれど》

「建物の高低差も激しいから、屋根の上すら色んな建物が壁になって直進できないんだよ! 地上を行く方がまだ、足元が最低限舗装されてるだけマシだ!」


 進めない方向を脳内から指示してくるロティと言い合いつつ、ミュイユの居場所を追う。

 本当にざっくりとしか位置はわからないらしく、それっぽく感じる方向へ進みながら、少しずつ進路を調整していくしかない。複雑に入り組む街路と相まってひどく難儀だ。

 誘拐だかなんだかわからないが、なんでこんな工業区の奥深くまで来る必要があるんだ。もう少し場所を考えて欲しい。心中でまだ見ぬ謎の男に毒づいているところにロティからの声が響く。


《このまま直進。もうかなり近くまで来ているみたいね――止まって!》

「止まっ……!?」


 突然の停止指示。急制動でつんのめりそうになる。


《そこの角を左に曲がったところで反応が静止しているわね。多分そこにいるわ》

「やっと辿り着いたか……。ありがとうロティ」


 安堵し、半身になって建物の角から様子を伺う。

 街灯に照らされる下。今日は既に閉ざされた後なのであろう、何かの工房のような建物の軒下に並んで腰掛ける二人の影。


 ミュイユと、見知らぬ男だった。聞いていた通りの旅人風の姿。軽度な鎧を兼ねたような革混じりの上着に丈夫そうな外套、腰に下げた短剣に頑丈そうな革長靴といった格好は、少なくともこの街の一般市民ではない。

 この男がミュイユを攫ってここまで来たのだろうか? 最初はそう考えていたが、どうもそのような様子ではない。

 並んで座り気安く言葉を交わしているその雰囲気は、誘拐犯と被害者のそれには全く感じられなかった。

 一体何を話しているのか、俺は陰から聞き耳を立てる。



「この街には有事に備えた防衛機構があってね」

「おう」

「街全体が、中央広場を軸に回転するんだよ」

「ほう」

「外敵からの襲撃に備えた機能なんだけど、それが気付かないうちに作動してたんだね」

「おう」

「そのせいでちょっと方向感覚が狂ってこのザマだね」

「……無ぇだろそんな機構」

「……あるかもしれないよ」

「まぁ絶対無いとは言い切れねぇがよ、街が丸ごと回転するんなら内部を歩く分には方向感覚に影響しねぇだろ」

「太陽とか月の位置が」

「街ん中歩くのに太陽と月で方向測らねぇよ。つーかそもそも街が回転したら何をどう防衛できんだよ」

「遠心力で」

「住民ごと吹っ飛ぶだろそんな高速回転」

「…………」

「……それで終いか? 人を連れて盛大に迷った言い訳は」

「……品切れだよ。なかなかやるじゃん」

「どの立場から発言してんだよそれは」



 …………えーっと。何あれ。


《うそ、この街いつの間にそんな機能付いていたの?》


 イマイチ理解が追いつかず固まっていたが、ロティのズレた反応を聞いて我に返る。


「いや、無いから。そんなわけわからんもの」

《え……でも今》

「最後までちゃんと聞いてた? アレは明らかにミュイユ(姐さん)が……」


 ――明らかに、ミュイユが道に迷った言い訳をでっち上げている。

 それも、あの男を連れて? どういうことだ? それではまるで――、


「……ミュイユ(姐さん)が誘拐したみたいじゃないか」


 自分で出した答えの奇怪さに思わず独りごちた。

 しかし、そうとしか考えられない会話だったように思える。何らかの理由で、()()()()()()()()()どこかへ連れて行こうとし、この工業区奥深くへ迷い込んだ。

 何故そうなるのかはわからないが、少なくともあのミュイユが黙って攫われたと考えるよりはいくらか納得できる。あまり納得したくはないが。


《えっと、フィーノ? ミュイユが誘拐したって聞こえたけれど……何を言っているの?》

「あー……、誘拐と呼ぶのはちょっと盛ったかもしれないけど、どうやら連れ回していたのは姐さんの方で、あの男は誘拐犯どころか被害者かもしれないってこと」

《…………何を言っているの?》

「俺にもよくわからない。あまり問い詰めないで欲しい」


 とにかく、確実なのはミュイユは無事だという事、そして恐らくあの男に害は無いだろうという事。

 なら、いつまでもこうして姿を隠している必要も無いだろう。俺は二人に声を掛けるため建物の陰から出ようとし、


「いやすっごい独り言聞こえてたけど、何してんのフィーノそんなとこで」


 角の向こうからこちらを覗き込むミュイユに逆に声を掛けられていた。

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