幕間6 魔王の内緒
「さーて、じゃ続き行こうかー」
甘く香ばしい香りの満ちる食堂に、ユラエナの気の抜けた号令が響く。
机には、いくつかの大皿に分けて並べられた焚蜜麦。北部伝統の小さな焼き菓子で、通常より生地をしっとりとさせることで会議中に食べても音が邪魔にならないよう工夫されている。ノーヤの発案だった。
焚蜜麦を齧りながら、ユラエナは資料に目を落として言う。
「今回の本題――統聖国の聖王。その動向と対処について」
室内に緊張が走る。
ユラエナは一同を見回すと、ゆっくりと話し始めた。
「皆さんご存知の通り、聖王もどうやら南部で聖標器を捜索しているようです。どういった意図なのかは知らないけど、戦力を整えて北部へ攻め入る算段を立ててる可能性も否定できません。……さてどうしたものかという話だけど」
手を挙げるトープドール。
「私が訊いてこよう」
「謹慎って言ったでしょ」
手を下げるトープドール。
嘆息し、ユラエナは続ける。
「そりゃ直接訊いて答えが得られるならそれが一番早いけどさ。正直に答えてくれる保証は無いし、普通に攻撃される危険性だってある。そもそもそう何度も南部へ出入りするのは控えたいんだよね。絶対通るセラン・ウェーラーで見咎められると後々面倒だし」
それに、と頭を掻いて付け加えるユラエナ。
「忘れちゃいけない点がひとつ。聖王本人、というか聖王の体――『虚躯』も、聖標器の一つである、ってこと」
「えぇっ、そうだったの?」
ユラエナの言葉に口を押さえて驚くフューフィル。
しばしそのまま固まっていたかと思うと、手を下ろして、
「……で、だったら何が問題なのかしら?」
と小首を傾げて言った。
思わず机に突っ伏すユラエナ。
「……フューフィルさぁ、時たまそうやって適当な反応ぶっ放すのやめてもらえないかな」
「ごめんなさい、驚いてはみたものの意味がよくわからなくて」
「どういうことだよ」
飄々ととぼけた返答をするフューフィルに困惑するユラエナ。
そこにギナディオが口を挟む。
「すまねぇ、儂にもようわからんかったんだが……聖王の体が聖標器だってのが、儂らの指針にどう影響すんだ?」
「あー……っと、お爺ちゃんにもわかるように説明するとね……」
「おう、頼む。儂が若いのは外面だけだからな」
豪快に、しかしどこか皮肉げに笑うギナディオに、ユラエナは体を起こして少し考え、言った。
「……あたし達が聖標器を集めきるためには――結局いつかは、聖王と戦う必要がある、ってこと」
誰かの息を呑む音。
沈黙を受けて、ユラエナは続ける。
「そりゃもちろん、聖王が黙ってあたし達に協力してくれるなら話は早いよ。戦う必要なんて無い。けど、カナヴェーヌやトープドールの話を聞くに、今の聖王は明確に自分の意思を持って行動してる。……空の虚躯じゃなくなってる」
「……そんな聖王に、我々に協力して一生地下で寝てろなどと言っても、到底聞き入れられるとは思えん。そういう事だな」
割り込むように喋りだしたのはシュプロイデンだった。ユラエナは黙って頷く。
「けど、あたし達にとって虚躯の入手――いや奪還か。……が最優先、最重要なのもまた事実なんだよね。なんせ元々こっちの手の中にあったモノなんだし」
「全く、どこかの短絡莫迦が回収に失敗していなければこんな無駄な苦労をする必要は無かったのだがな」
明らかに特定の誰かを揶揄するシュプロイデンの言い回しに、食って掛かったのはカナヴェーヌ。
「……あれは致し方ないというものでしょう。命湍での移動による過多な消耗は想定外。万全であればあの程度、造作もありませんでした」
「ほう、見逃したのではなかったのか? やはり無様に叩きのめされ尻尾を巻いて逃げ帰ってきたのが真相だったというわけか」
「……消耗した上でなお明確な力量差が見て取れたから慈悲を与えたと言っているのです」
「あ、あの……二人とも、もうそのくらいで……」
険悪な空気を放つ二人を見かねて、ルゼルメイがなだめるように声を掛けた。
「元はといえば、その……わたしが聖王様を逃がしたのが原因なんですから……」
自虐気味に言うルゼルメイの落ち込んだ口調に、シュプロイデンとカナヴェーヌは即座に諍いを止めた。一瞬顔を見合わせ、慌ててルゼルメイを気遣うように声を揃えて言う。
「あれは致し方ない状況でしょう。ルゼルメイ様が気に病む必要はありません。むしろ貴女に危害が及ばなくて良かったというものです」
「下手に歯向かって身を危険に晒すくらいなら、おとなしく逃がしてしまうのが懸命だ。魔王は何も間違っていない」
その二人の言葉に、ルゼルメイはどこか気まずそうに笑って礼を言った。
――危険どころか、自分から進んで脱出の手助けをした事を、ルゼルメイは話していなかった。結果、聖王がルゼルメイを脅して脱走したように解釈されてしまっているが、この誤解を解くべきか否か。答えを出せずにいた、というより目を背けてきた。
いっそこの場で話してしまうか、とも考えたが、決心には至らない。逡巡しているうちに――、
「はいはいその辺にしといてね。話、まだ終わってないから」
ユラエナの声で会議に引き戻される。
「でまぁ、虚躯をどうするかの話なんだけど……メル、どうかした?」
何か言いたげなルゼルメイにユラエナが尋ねる。ルゼルメイは首を振り、
「……ううん、大丈夫、なんでもない。続けて」
「そう? ならいいけど」
曖昧な笑顔で先を促すルゼルメイに少し首を捻りながら、ユラエナは会議の進行に戻った。




