第28話 至る今、語る明日
「いや、そっから先は大体知ってるからいいや。その幾聖なんて大層な呼び名に見事に名前負けしてたアタシら三人を、フィーノが颯爽と拾ってったんだよね」
「あの時は大変でしたね~。依頼は何故か全然こなせなくて収入は無いし、みんな報奨金でいっぱい持ってたはずのお金は尽きるし」
「幾聖かぁ。そう呼ばれてもてはやされた頃が既にちょっと懐かしいね」
「今となっちゃ蔑称みたいなもんだからねアレ」
そう、その後シャディオン氏とロティの勧めで幾聖と呼ばれる三人組を仲間に迎え入れることを決めた俺は、ローナセラの属立共壇の隅っこでうらぶれている彼女らを見つけて目を疑ったのだった。
――ウダウル沿湾村からようやくローナセラへ帰還、外で夕食を済ませ自宅へ帰った後、何気なく俺は仲間達に俺の過去の話をしていた。
いや、トープドールの一件で色々思い出したことがあったからなのだが、何か手掛かりになる点でも無いかと思い、せっかくの機会なので最初から全部話してみたのだった。
まぁ俺の過去なんて大した量は無いしすぐ終わるだろうと軽い気持ちで話したはいいが、蓋を開ければ存外長い話になってしまい、みんなちょっとダレ気味だった。やっぱりもう少し端折った方が良かっただろうか。
「あぁ、つまりあの時の……カナン? あの彼もトープドール氏と同じ、甦った過去の人物かもしれないって事かな」
そう、そこだ。俺が特に引っかかっていたところ。
あの異様な強さに、節々から感じる聖王への執着……というか恨み、だろうか。あの時は深く考える余裕は無かったが、今思うとあれは俺に対してではなく、先代――本来の聖王に向けられたものだったのではないだろうか。数百年前だかの戦いに由来した。
「ん~……でも、カナンという名前に心当たりは無いですね……。トープドールさんと同格の戦士っていうなら、歴史に名前が残っててもおかしくないんですけど……」
首をひねるアステル。
「いや、思えば適当に名乗っただけかもしれないけど。……まぁ名前はともかく、今一番重要というか俺が心配なのは……」
あまり直視したくない想定に、一瞬言葉に詰まる。
机の杯に手を伸ばして僅かに残っていた酒を飲み干し、弾みをつけて言った。
「……あんな強さの存在が、まだ他にもいるかもしれないって事だ」
単独で、しかも木造りの剣で聖畜衆を壊滅させる程の戦闘能力を持ち、不意打ちの一度以外こちらからは一切触れる事もできなかったカナン。
換身符使用の影響で大幅な能力減衰を受けた状態かつ、相手一人に対し四人がかりという条件で辛うじて勝てたトープドール。
あれが、魔王の抱える戦力のごく一部でしかないとしたら。
そんな奴らにもし大挙して攻め込まれたら。
俺達に勝ち目はあるのだろうか?
仮定に仮定を層状に塗り重ねるような思考だが、その不安は拭えないでいた。
その絶望的な想像に、仲間達も顔を見合わせ沈黙する。
かと思ったら。
「いや、無いでしょそれは」
あっさりとミュイユに否定された。
「えっ……?」
あまりに楽観的な断言に、思わず訊き返す。
「そうだねぇ、確かにほぼ有り得ないと思うかな、僕も」
ミュイユの隣で頷くゼオ。
「そうなんですか?」
アステルは二人の意図がよくわかっていないようだ。首をひねりながらミュイユに問う。
「ん。だってさ、死人を甦らせたんだか喚び出したんだか何だかしたんだよねアレ」
頷く。
トープドール自身はそう言っていた。ロティによる裏付けも取れた事実だったと思うが。
「なら、そんなの確実に死祇とか界祇の力を行使してるんだよ」
あぁ、と合点がいったように手を叩くアステル。待って俺にはまだわからないんだけど。置いてかないで。
「死祇も界祇も、遥か昔から国をあげて制御方法を模索してるのに未だ確立されてない。色々条件を付けてやっとごく限定的に扱えるようになったのがこの数年とかなんだよね。魔王とやらがどんだけのものか知らないけど、野菜でも収穫するみたいにポンポン死人を生やすような真似できないと思うね」
僕みたいにねー、とゼオが付け加える。
なるほど、ゼオが生命を削って死祇を行使しているように、それらの制御には莫大な代償が伴う。
仮に何らかの方法で魔王が死祇や界祇の制御を可能にしたのだとしても、その実現に要求される代償は如何程のものか。
「しかもさ、一時的な行使じゃなくて蘇生させた人物の存在を維持し続けるんだよ。そんな大規模な運用、ゼオが何人いたって足りやしない」
ゼオ換算かよ。
……まぁしかし、言っていることは解った、と思う。
そもそも現実的ではないということだ。トープドールやカナンのような蘇生者の、更なる数の存在というものが。
「もしいたとしても、あと一人ってとこじゃないかなぁ。仮にもっといっぱいいるのなら、そもそも一斉にけしかければいい訳だし」
ゼオの言うことはもっともだ。わざわざ別々に寄越す理由が無い。
あの襲撃の時、もしカナン一人でなくトープドールも一緒に来ていたら、為す術なく蹂躙されて終わりだっただろう。
……ん? あと一人?
「……そういえば、あのミアムって人は……?」
忘れていた。トープドールの戦いで、審判?をしていた女性。
彼女は、違うのだろうか?
「ん~……どうなんでしょう。あの人ずっとそばで見てただけなので、なにも手掛かり無いんですよね」
難しい顔で答えるアステルに、重ねて訊く。
「名前は? 戦時中の人物に、ミアムって人はいないか?」
「近い名前の人はいるにはいるかもですけど、それだけで絞るのは難しいですね……私も歴史を網羅してるわけではないですし……」
それはそうか。極端に変わった名前でもないし、そもそも著名な人物とも限らない。
仕方無いが、彼女については置いておくとしよう。
「まぁつまりは、カナンとトープドールの二人……念のため、まだ見ぬあと一人くらいかな。その辺にだけ注意していれば当面は大丈夫なんじゃないかなぁ」
気楽そうにそう言い、ゼオは手にした杯を傾けた。
「そうですね。それに……」
アステルが、笑顔で言い放った。
「来たら来ただけ、また倒せばいいんですよっ」
それはあまりに雑な結論。またも何も、トープドールには条件付きで僅差、カナンとも辛うじて見逃された程度の痛み分けなのだが。
――けれど、その雑さに少し気が楽になったかもしれない。
確かに、まだ負けてはいないのだから。
「……そうだな、たかだか昔の人の一人や二人、追い返せばいい」
口に出してみれば、あまりに短絡。それが難しいという前提だったのに全部無視だ。
だが今はその下らなさに救われた気がした。
「でしょうっ? そのためにもフィーノ様は……」
「うん。……聖標器を手に入れなければならない」
結局はそこに立ち返る。
戦力増強のため。
俺の記憶のため。
まずは、トープドールに聞いた渇尽牙とやらについて、情報を得なければ。
空になった杯に少しだけ酒を注ぎ足し、一気に呷る。
「みんな、ありがとう。……明日からもよろしく」
そう言って席を立つ俺に、優しく掛けられるみんなの声。
「え、明日? 一日くらい休みたいんだけど」
「一日と言わず三日くらい休みません? 特に意味も無くみんなでお弁当持って居住区の大公園とか行ったりしません?」
「無意味に出かけるなら僕は工業区の方がいいかなぁ。あの辺りは職人さん御用達の安くて美味しいお店が多くてね」
「お弁当どこ行ったの」
「いや、まずその弁当誰が作るんだよ……」
俺なんだろうけど。優しい要素無かった。
でもまぁ、少しくらいはそんな休日があってもいいかもしれない。
有り合わせの食材と、足りない分は商店街の朝市で買い足してもいいだろう。
弁当を抱えて散策か。居住区も工業区も普段そうそう立ち寄らないし、ちょっとした探検気分だ。
想像してなんだか楽しくなっている自分に苦笑する。一番息抜きが必要だったのは俺かもしれなかった。
居間を離れ、自室に戻る。
寝台に横になりながら弁当の献立を考えていると、何一つ決まらないうちに眠りに落ちていた。




