第26話 干し肉と野菜、燻製魚と漬け茸
「へぇ~、それでセラン・リウーネへ、ですか」
茸の油漬けを挟んだ干し野菜を頬張るアステル。
「それはまた、遠路はるばる大変だねぇ。あれ、遠路だっけ?」
干し肉をかじりつつ酒を呷るゼオ。
「大陸の北の端から南の端へだからね。そりゃ遠いよ」
魚の燻製と干し野菜に果実で何やら一品を作り出しているミュイユ。
心地よく揺れる廻輿の中で急遽執り行われた、食事会のような何か。
そこで俺は、これまでの経緯を掻い摘んで、彼ら三人に話していた。
もちろん助けてもらった事への礼として、食事を振る舞いながらだ。
……貰い物を分けただけと言われればそうなんだけど、どうせ一人じゃ食べきれない程の量だったし、下手に余らせるより彼らに喜んでもらえて良かったと考えることにする。
なお聖王という語はそれとなく避けて、あくまで俺は変なのに追われてただけの一般人という体で説明した。あまり正確に話しても多分ややこしいだけだし。
聖畜衆達は気絶していただけで、全員確かに無事だった。
無傷とまではいかないが、みんな打撲程度で済んでいたようだった。
カナンの力加減の賜物だろうか。特に感謝しようとは思わないが。
「……面目ないっす。不甲斐ないっす。情けなさに涙が出るっす」
聖畜衆の人はそんな感じでしょんぼりしていた。
あの鉄面皮が崩れているのを初めて見られて、彼らには悪いがちょっと嬉しかった。
「けど、アタシらに道中の護衛ねぇ……。いや、こっちから言うのもなんだけど、考え直した方がいいんじゃないかな」
即席魚料理をつつきつつのミュイユの返答は、存外に渋いものだった。
「えっ……どうしてですか?」
聖畜衆の方々には本当に申し訳ないが、カナン級の敵が相手では彼らでは力不足であるらしいことがわかった。いや当然俺も人の事を言える立場ではないが。
この先また同格の追手が来る可能性を考えれば、是非ともミュイユ達に同行してもらいたいところだと、そう思っての提案だったのだが……。
「いやね、アタシらがなんであんな所を歩いてたと思う?」
なんでって……そういえばなんでだろうか。単に偶然通りかかったものだと思っていたが、そもそも何故あの何も無い場所へ徒歩で来たのか。
首を傾げていると、ミュイユがぽつりと言う。
「……路銀が尽きてさ」
「へっ?」
ひどく想定外に現実的な、かつ現実離れした解答に思わず裏返って漏れ出る声。
「アタシらローナセラの共壇からの依頼であの宿場町まで行ったんだけどさ。報酬を当てにして飲み食いしすぎて、しかも依頼失敗して報酬無しで、食費も帰りの廻輿代も無くなったんだよね」
なんだか遠い目をして語るミュイユ。なんというかそれは、その……ご愁傷様です?
「え……ということはまさか、歩いてローナセラまで帰ろうとして……?」
「うん。いや、いけるかなーと最初は思ってたんだけど、まぁ無謀だったね」
そりゃそうだ。廻輿でも二日はかかる道のりのはずだし。
「まぁそういうアレな集団なわけだよアタシら。ちょっと戦えるからって、頼りにはしない方がいいと思うけど」
そう言って魚を口に運ぶミュイユ。
……なんだろう、同行を断る理由としては弱いというか、取って付けたようなというか。何か他に本当の理由があるような、そんな雰囲気をどことなく感じるのだが……気のせいだろうか。
「そうですね~、私もまだちょっと、セラン・リウーネには戻りたくないと言いますか……」
アステルも同じくあまり乗り気では無さそうだ。
「僕は割とどっちでもいいかなぁ。セラン・リウーネって確かシュニーガーが近いよね。こっちとはまた趣きの違う海鮮料理が有名で」
「……だからそういうのでお金無くなるんだって」
ゼオは反対派ではないようだが、そもそも酔っぱらいの言うことなのであまり参考にしない方がいい気がする。
「ま、そんな感じだね。ごめんだけど、護衛が欲しいならローナセラででも誰か雇う方がいいんじゃないかな。ローナセラまでは護るからさ」
まぁ無理に誘うものでもないだろう。いや俺としては無理にでも誘いたいのだが、断られるなら仕方が無い。
《ローナセラを過ぎて南下すれば統聖国の南域、為聖庁の直接管理区域に入るわ。流石に奴らもそこまでは追ってこれないはず。もうこれ以上、あんな襲撃は起こらないと思うけれど……》
ロティもこう言うことだし、諦めるとしよう。
「……わかりました。じゃあローナセラまでだけ、よろしくお願いします」
頭を下げる俺に、ミュイユは「任せて」と短く答え、食事に戻った。
……ところでなんでこの一番小さな子が一番仕切ってるんだろう、とも今更ふと思ったが、まぁ、うん、触れないでおこう。
「あ、話はまとまったのかな?」
隣に座っていたのにこちらの会話は全く耳に入っていなかったらしい。ゼオが新しい肉に手を伸ばしながら尋ねてくる。
「ん、ローナセラまでは手伝う。廻輿代みたいなもんだね」
「なるほどわかりました! ところでこのごはんなんだか物凄く美味しくありませんっ?」
ミュイユの返答にゼオが何か言うより早く、やけに目を輝かせたアステルが割り込む。
「あー、だよね。僕も思ってた。素材の質っていうのかな、保存食にしてはなんだか異様に上等なものを使ってるみたいな」
「これとかアタシの知ってる干し肉と違いすぎて腰抜けそうなんだけど。固いんじゃなくて凝縮されてる感じ。安肉普通に焼いたものより柔らかみある」
「ですよねですよねっ! この焚砕麦みたいなのもすごくサクサクして中に色々入ってて! 甘いのも辛いのもなんでも合いそうです!」
「でもなんか市販品には見えないね。まさか手作り?」
「あー……まぁ、みたいなものですね。俺のじゃないけど」
そのまま流れるように食事談義に移ってしまった三人に苦笑し、何気なく視線を外したところで、聖畜衆の一人がこちらを見ているのに気付いた。
食卓――という程でもない、食料を広げた簡易机――の様子が気になるようだったが、俺と目が合うとすぐに顔を逸らした。……なるほど。
今度こそはといった気分で、俺は食料をいくつか抱え、聖畜衆の人達が控えている座席へ向かう。
「あの、良ければ皆さんもいかがですか? 本当にいっぱいあるので」
そう言って差し出すが、相変わらず、
「……大丈夫っす」
と拒否される。
しかしさっきの会話が聞こえていたのだろう、料理自体は気になって仕方無い様子がちらほら見て取れる。
「そう言わずにどうぞ、というかお願いします。俺達だけで食べてるとなんか気まずいんですよ」
ちょっと手法を変えて強引に押してみるが、聖畜衆の人は頑なに首を横に振る。
「……職務も全うできない自分らに、そんな物いただく権利は無いっす」
職務? ……あぁ、カナンに襲われた時の事を言っているのだろうか。
「あんなの完全に想定外の事故みたいなものだし、別に皆さんが気にすること無いと思いますよ」
「……しかし……」
「むしろ、結果的に全員無事だった事の方が重要と言いますか、これはそのお祝いみたいなものと思ってもらえれば」
少しゴリ押しが過ぎたかもしれないが、彼の気持ちを揺らすことはできたようだ。
時折料理へと飛ぶ視線が隠しきれていない。
そこに、
「おいしいですよ?」
ぽつりと飛び込んでくるアステルの声。
この一言で、彼の自制は決壊したようだった。
「……じゃあ……少し……いただくっす」
そう小声で言い、俺の差し出した干し肉に手を伸ばす。
そしてゆっくりと口に運び――、
「……半端なく美味いっす」
彼の綻んだ顔に、つられて俺も笑顔になる。
「あ、あの……オレも貰っていいすか……?」
「できれば自分も……」
それを皮切りに、他の聖畜衆からも続々と上がる手。
「それはもう、もちろん。みんなで食べましょう!」
全員に配って回ったことにより、突発的に食事会のようになる車内。
襲撃以降ずっと滞留していた重い空気は消え去り、車内は和やかな雰囲気と美味しい匂いに満たされていた。
作ってもらった保存食、俺自身があまり口にしないまま随分と配ってしまったが、これだけの笑顔が得られたのだ。ハストさん達も許してくれるだろう。
そんな事を考えながら団欒の様子を眺めていたところに、車輪が大きな石でも踏んだのだろうか、ガタンと大きく伝わる揺れ。
「…………あ」
危ない。一人、表で廻輿を牽いてる聖畜衆がいるんだった。
次の交代の時、彼の分を忘れずに差し入れないと。
車両の前方、車内と牽引者を隔てる壁を見ながら、心に刻み込む。
ローナセラまであと一日。無事に辿り着けることを、誰にともなく祈った。




