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聖臨異餐譚 ~台所でしか無双できないチート転生者の旅に暴食脳筋、病的迷子体質、常時酩酊者を添えて~  作者: 深酒佞
聖臨異餐譚 序 -記憶の始点-

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第25話 影は歩み去る

「……え?」


 なんだって? 振り返って詳しく訊き返せる状況ではないが……足を止める?


 前には今にも飛びかかってきそうなカナンの姿。

 ゼオが俺から離れるよう一歩下がる音が聞こえ――、


随祈(エデア)、『呪界・怨心首(グネーデオ・ファウフ)』」


 その声と同時に、得体の知れない不可視の何かが、辺り一帯に展開された。

 なんだこれは、と周囲を見渡そうとするも、何故か急激に全身の力が抜ける。


「彼の高速移動、どうやら瞬間的な加速術を繰り返し使ってるみたいだね。戦祇(エープウェール)と、風祇(フェウェン)あたりの応用かな。まぁ何でもいいんだけど、術が厄介なら術を使えなくすればいい。この空間内では誰も一切の術効果が発生しなくなるから安心して……あれ、どうしたの?」


 うん、説明してくれたのはありがたいんだけど、今はちょっとそれどころではない。

 ゼオが何か発動してから、体に全く力が入らない。

 立っていることもできず、膝から崩れ落ちる。そのまま地面に突っ伏して倒れた。

 抉界戟(ゼプシュラー)を握っていることもできず、既に取り落としている。


 え……何これ。術が使えない空間って言ってたけど、まさか虚躯(フィジア)にも影響するのか?


「いえ……なんか……動けません……」


 どうにか首から上だけは動かなくもないようで、端的に状況を伝えることだけはできたが……。


「えー、なんか死祇(フヌ)が変な風に作用でもしたのかな。ごめんね、あとは僕達でなんとかするから」


 気遣ってくれたようだが、勇ましく飛び出した直後にこの有様とは……なんというか実に情けない。

 まぁ動けない以上どうしようもない。仕方無いがあとは言葉に甘えて、彼らに任せるとしよう――、


「いやそれ、アタシ達の術も全部使えなくなるんだけど」

「さすがに生身で叩かれるのはちょっと痛くて死にそうですね~……」


 と思った矢先、ミュイユとアステルからの非難の声があがる。


「あー……そうだったっけ。ごめんね忘れてた」


 あっけらかんと笑うゼオ。理知的な振る舞いに忘れそうになるが、この男、そういえば既に酔っているのだった。


 ――しかし確かに、範囲内で一切の術効果が発生しないという効果に、都合よく敵味方の区別など無いのだろう。

 そして、アステルとミュイユの戦闘能力はかなり術に依存したもののようだ。

 ……つまり、今この場でカナンと戦う力を残しているのは、この酔っぱらい一人ということになる。

 いや、彼の言い分からすると、ゼオ自身の術すら使えなくなるように思うのだが。


 なんだこの状況。大丈夫か色々と。


「うーん、仕方無いか」


 そう呟き、前に出るゼオ。

 地面に寝そべったこの体勢だと、その脚がふらついているのがよく見えた。


「そんなわけで、あとは僕が相手になるけど……どうする?」


 その問いかけは、恐らくはカナンに向けられたもの。

 ちゃらりと金属の擦れるような音は、あの黒い針だろう。


 加速術を封じられたはずのカナンによる答えは、


「……もう結構です。貴方達の悪ふざけに付き合うのにも疲れました」


 回りくどい言い回しだが、降参とも取れる言葉だった。やはり彼にも術が生命線だったらしい。


「ふざけたつもりは全く無かったんだけどなぁ」

「ならば尚のこと悪質でしょう。最低限の連携も取れない者相手には戦術も何もあったものではない」


 カナンにも駄目出しされてる。そう言うカナン自身も、戦術がどうとか言う割に走って殴って戻ることしかしてなかった気もするが、まぁ黙っておこう。


「えっと……つまり、諦めて帰るってことでいいのかな?」

「これ以上付き合いきれない、と言っただけです。貴方達に集団戦の基礎というものが身につくまでは見逃してあげましょう」


 意地でも負けは認めないようだが、何にせよこれ以上戦うつもりも無さそうだ。

 踵を返し、立ち去る足音が聞こえる。


 ……と思ったら少し歩いて立ち止まり、


「……あくまで見逃して差し上げるのですからね。誤解無きよう」


 その念押しはむしろ疑わしくなるだけだと思うけど。


「うん、ありがとう。じゃあねー」

「…………」


 意図が通じているのかいないのか、軽妙な言葉で見送るゼオに、カナンは特に何を返すでもなく無言で去っていった。


「……普通に歩いて帰るんだ。いや別にどうでもいいけどさ」

「街まで結構ありますけど、距離」


 そんなやり取りを背中で聞きながら、俺はゼオに、


「あの……そろそろ、術……解いてもらって、いいですか……?」


 そう懇願する。

 剥き出し吹きさらしの地面の冷たさはなかなかに体に堪えることを知った。

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