第23話 未来との邂逅
「食っらえーぃなんか女の敵っぽい人ぉーっ!!」
甲高い声と共に、カナンの頭上めがけて何かが落下した。
轟音を上げながら震える地面。
「なっ……!?」
「何だっ……!?」
違う、大きな鈍器のようなものが振り下ろされたのだ。
俺の足元、咄嗟にカナンが飛び退いた後には、陥没した地面に突き刺さる大きな槌。
その柄を握る、少女の姿。
「あれ、避けられてます?」
槌の着弾点にへこんだ地面しか無いのを見て、少女は不思議そうに首を傾げる。軽く波打った肩程の金髪がふわふわと揺れた。
そりゃあんなに叫びながら殴りかかれば避けもするんじゃないだろうか。というか避けなかったらどうなってたんだ今の一撃。
傾げた首で辺りを見回し、地面に手と腰をついたままの俺と目が合うと少女は、
「大丈夫ですかっ? あのいかがわしい綺麗な人は私がやっつけちゃうので安心して見ていてくださいねっ」
そう言って笑った。
そのうち遠くへ退避していたカナンを見つけると、
「そこにいましたかいかがわしい綺麗な人! 事情は知りませんがなんだかとにかく女性を押し倒して武器で襲うなんて非道、私が許せませんっ!!」
許せないときたか。
何やら妙な誤解が発生している気もするが、ともかくこの突如乱入してきた少女、俺を助けに来てくれたものと見て間違いなさそうだ。
カナンはというと、なんだか慌てたような困ったような表情で、俺と少女を交互に見ていた。
かと思うと俺に向かって上ずった声で叫ぶ。
「すっ……『聖王』ッ! 増援はともかく私を婦女暴行犯のように言うのはやめさせなさい! お願いですから!」
俺に言われても。別に俺が呼んだ増援じゃないし、まぁ暴行に違いは無いし。
「何が違うって言うんですかっ! 聞いてましたよ、体だけが目当てで持ち帰りがどうのこうの言ってたのっ!」
少女に指摘され狼狽えるカナン。
「いえ、確かに言ったかもしれませんけども、それは……!」
「認めましたね言ったんですねっ! じゃあやっぱりいかがわしい暴行変態ということで早急に排除しますねっ!」
「変ッ……!?」
いやまぁ確かに、それらが本当に言葉通りの意味だとは思わないよなぁ、普通。
カナンが助けを求めるように俺を見るが、訂正しても特に俺にとって益は無さそうなので放っておくことにする。
「くっ……こうなれば、まとめて始末するしか……!」
混乱からか開き直りか、随分大雑把な結論に至ったらしいカナン。
遠間から木剣を構え、例の高速移動で踏み込もうと腰を落とし――、
「っ!?」
鈍い風切り音。
咄嗟に前方ではなく横へ跳んだカナンの傍を、巨大な鉄塊が車輪の如く回転しながら飛んでいった。
剣だ。身の丈ほどもあろうかという大剣がどこからともなく飛来したのだ。直撃すれば胴体くらいは寸断、というか粉砕されそうな勢いだ。
「なっ……何ですか今度はっ!?」
本当に何だ。
カナンと一緒に、剣の飛んできた方向を見やると、そこには。
「そいつがアステルの言ってた変な奴? 確かに変な格好してるね」
手の平で何かの欠片のようなものを玩びながらゆったりと歩いてくる少女の姿。
いや、幼女と呼ぶ方が正しいだろうか。その後ろについて歩く青年の、腰くらいの身長しかないように見える。
「でしょうー? しかも聞いてるとやっぱり発言が変態でっ」
「待ちなさい! ひとまずその、人を変だのどうだの言うのをやめていただきたいのですがっ!」
これまでに無く声を荒らげたカナンの抗議。戦っていた時よりずっと必死に見える。ていうか俺も変態とか言われた気がするんだけど。カナンに。
「あとそこの子供、あなたにだけは外見についてどうこう言われたくないのですがっ」
確かにこの少女、なんというか随分奇抜な髪をしていた。地毛は薄い赤のようだが、括って左右に垂らした髪がそれぞれ白と黒になっている。わざわざあのように染めたのだろうか?
「ちゃんと意味とか意図とかあるんだよ。あんたみたいな漆黒の黒ずくめよりはいいと思うけど。影じゃん」
カナンの指摘に淡々と言い返すと、少女は口から飴玉のようなものを取り出し白い息を吐いた。擁滓玉というのだったか、確かヴェシュさんが使っていたものと同じだ。
……子供には売ってないって聞いた気がするけど、南部では違うのだろうか。
「意味の問題ではなくっ……いえ、このような不毛なやりとりをしている暇は無いのでした」
と、かぶりを振ってどうにか落ち着きを取り戻したらしいカナン。
木剣を構え直し、槌の少女へと突きつけて言う。
「あなた達が何者かは知りませんが、『聖王』に与するというのならばまとめて始末する……の……み?」
「そりゃ困るねぇ。僕も事情はさっぱりわからないけど、始末とか怖いからその武器没収するね」
カナンの言葉に割り込む、長い外套を纏った背の高い青年。彼が喋りだすと同時、カナンの携えた剣が、風化するように細かく砕けて消えた。
「……は?」
空になった手を呆然と見下ろすカナンの前で、青年は外套の中から何やら瓶を取り出して呷った。……酒じゃないかアレ? 早朝の屋外なんだけど。
「な……何をしたのです……?」
「お酒飲んだよ。これ、イトゥスで作ってる褐酒でね。こっちじゃあまり見ない穀物が配合されてて独特なキレと甘味が」
「そちらではなく! ……いえ、もういいです」
肩を落とし溜め息をつくカナン。なんだか疲れている。
「ゼオ、またそんなん買ったんだ。だからお金無くなるんだよ。ただでさえ底をつきかけてるのに」
「ミュイユ君の擁滓玉も大概だと思うなぁ」
「これは生活必需品だから。食料買うようなもんだね」
「僕のもだよ。無いと死んじゃう。そういえばお腹空いたねぇ、結局朝食食べてないし」
「あの女の人を助けてお礼をせびりましょうかっ! 黒い変なのは大したことなさそうですしっ」
「そだね、食べ物くらい持ってるでしょ多分」
ミュイユ、ゼオという二人の会話にアステルと呼ばれた少女も加わり、カナンに背を向けて歓談、というか企みを話し始める。声量のせいで丸聞こえだが。多分カナンにも。
まぁ確かに食べ物なら持ってるけどさ。大量の保存食。
カナンの方を見ると、少しイラッとした様子で彼女ら三人から距離を取った後、ごそごそと自身の服の中を探りはじめた。
そのうち取り出したのは、短い剣。
しまった、まだ予備を隠し持っていたのか。
「皆さん、危ない……!」
慌てて注意を呼びかけるが、三人に届いた様子は無い。
変わらず盛り上がっていたかと思うと、ふとアステルがカナンの方を振り向き、
「よーしじゃあちゃちゃっとあれをやっつけちゃいま痛ァーーー!!」
痺れを切らし襲いかかったカナンの剣がその顔面に直撃した。
顔を押さえて悶えるアステル。
恐らくは背中辺りを狙ったのだろう、想定外の出来事にカナン自身も少し戸惑った風だ。
どうやらこの予備の短剣も真剣ではないようだが、あのカナンの攻撃をモロに顔で受けて痛いで済むものなのか?
心配してアステルの様子を見ていると、すぐに立ち直ったようで、涙目のまま手にした槌でカナンを指す。
「女の子を背後から襲うなんて、やっぱり危険なヤバい奴ですねこの黒いのっ! 成敗しますしましょう!」
「そちらが勝手に背を向けて話し始めたのでは……」
その言い分に呆れつつも、全く攻撃の効いた様子の無いアステルに困惑するカナン。
アステルは槌を振り上げると、
「問答無用っ! 苦情はローナセラ共壇の相談窓口へどうぞ!」
カナンへ飛びかかった。
「くっ……!」
大振りに叩きつける一撃。
無論カナンにはあっさりと避けられるが、地面を抉るその威力。かするだけでも致命傷となりかねない。
迂闊に反撃もできず、ただ隙を伺うよう身構えるカナン。
退がったカナンに更に詰め寄りデタラメに振り回す槌が、辺りに異様な風切り音を撒き散らしていた。




