第22話 付け焼き刃ではどうにもならない事もある
俺はカナンを見据えて、再度左右の抉界戟を構える。
「戦意は失っていないようですね。そうでなくては叩き甲斐が無い」
俺の様子を見てニヤリと笑うと、カナンも剣をこちらへ向けながらわずかに腰を落とし――、
「させないッ!」
動かれる前に、今度はこちらから前へ出る。
大きく横薙ぐ、右手の抉界戟での牽制攻撃。それと共に俺は前方へ強く踏み込む。
ただ正面からの接近を防ごうとする雑な牽制。流石にこんなものに飛び込んで引っ掛かるカナンではない。
しっかりと見切った間合いのギリギリ外側で踏み留まっていた。
だが俺としてはそのわずかな瞬間、彼を足止めできるだけでいい。
その隙を狙い、踏み込みの勢いを乗せながら逆の手の抉界戟を突き出す。
カキンと小気味良く鳴り響く音と同時、腕に伝わる衝撃。
放った突きの先に、カナンの姿は無かった。
抉界戟の先端を木剣で弾き軌道を逸らしながら、後方へ跳躍し攻撃を回避していたようだ。
当然といえば当然だが後退も速いらしい。今の一瞬で、かなりの距離を離されている。
そして取った距離を再び無にするようこちらへ飛び込んでくるカナン。
その超高速の接近が、今度は視認できた。
辛うじて、だが、踏み込む瞬間がわかればなんとか視えなくはないようだ。
こちらも後方へ飛び退きながら剣を避け――、
「う、ぐっ……!」
退がることで多少威力を殺すことはできても、やはりこの無数の剣撃を躱しきるのは難しい。
ある程度は捌けたようだが、やはり体の複数箇所に受けている打撃の跡。
これが真剣だったらと思うと恐ろしい、が……。
《浅いわね。退がりながら受ける分には致命打にはならない……?》
痛いもんは痛いけどな。
だが、方針は見えた。長さの差を活かし、カナンの接近を面で阻止しながら隙を見て一撃を捩じ込む。
こちらの隙を刺されそうならどうにか退いて受ける。この感じなら直撃を受けない限りまだある程度は耐えられそうだ。
つまりは武器を振り回せばいずれ当たるだろうという、戦略と呼ぶのも烏滸がましい何かだが……まぁ、試すだけ試してみるとしよう。
打ち込むだけ打ち込んで離脱を繰り返すカナンに、俺は再度抉界戟を振るい突進する。
相変わらず身軽に躱すカナン。追いきれない俺の隙に飛び込み剣を放つカナンに、退がって捌く俺。
「この、小賢しい……!」
「くっ……むぅ……!」
お互いに有効打の無いまま幾度と打ち合う。
一進一退の攻防――と呼ぶにはあまりに不毛な、泥仕合の様相となっていた。
いや、負傷の累積と時間制限の問題がある分、繰り返せば俺の方が不利ではあるのだが。
必殺の無法能力とかいっても当たらなきゃ無意味か。
埒が明かない、とどうやらカナンも思い始めたようだ。踏み込みに迷いが見える。
未だに他の攻撃手段を繰り出そうとしない辺り、本当に接近して剣で殴る以外の手札を持ち合わせていないようだ。脳筋の印象に間違いは無かったみたいだな……俺が言えたことでもないけど。
《フィーノ、このままじゃ……》
わかってる。このまま続けてもジリ貧になるだけだろうな、俺が。
さて、どうしたものか……。あぁ、そうだ。
「――『裁儀』」
剣戟の隙間、カナンとの距離が大きく離れた一瞬。
俺は改竄能力を発動し直す。
――解析値(基礎値/⇒修正値/)――
接式干渉力:110/⇒ 80/・減算補正
接式抵抗力:180/⇒ 180/
術式干渉力:80/⇒ 70/・減算補正
術式抵抗力:50/⇒ 30/・減算補正
速力 :250/⇒ 320/*加算補正
精度 :150/⇒ 140/・減算補正
計 :820
―――――――――――――――――
思えば単純な解決策。速さで負けているのなら、相手より速くなればいい。
少しずつ他能力を削りながら、カナンを上回る程度まで速力を増強する。
これで少なくとも、お互いに追えない膠着状態からは抜け出せるはず。
というより、追う。今は確実に、カナンより俺の方が速いのだから。
「……む……?」
俺の意識の変化を感じ取ったのか、一瞬カナンの足が止まる。
その隙は逃さない。
俺は速度を増した突進で一気にカナンへの距離を詰め、
「まだ懲りませんかっ……!」
後方への跳躍で一撃目を回避するカナン。
しかしその行動は想定済み。続けて踏み込みながら第二撃の突きを繰り出す。
退がるカナンより速く、俺の刺突が彼を捉え――なかった。
「……え?」
抉界戟の穂先は虚しく空を切る。
カナンの速度に、相変わらず俺は追いつけていない。
どういうことだ……? 数値で上回っているなら絶対にその能力では負けない、そういう性質のものではなかったのか、この裁儀による解析というのは。
想定外の事態に戸惑い、一瞬思考が停止する。
このギリギリの遣り取りを繰り返す戦いにおいて、それは致命的な隙。
「何を呆けているのです」
カナンによる超速の剣撃。その直撃を貰う。
「ぐぅあっ……!!」
首が刎ねられたかと思う程の衝撃。
右首筋、左脇腹、左脚の三個所に、同時に鋭い痛みが刺さっていた。
――しかしこのまま悶えているわけにはいかない。今追撃されれば、二度と立ち上がることはできないだろう。
激痛をどうにか堪えながら、わずかでも相手の攻撃を受け流せるよう後退する。
容赦無く降り注ぐ乱撃を全身に受けつつ距離を取り――、
《わかったわ、何をされているのか》
何かに気付いたらしいロティ。
「何を……って?」
《……奴の異様な速度の要因と、あなたが速度で追いつけない理由よ》
そう答えるロティの声には、どこか困窮したような響き。
原因がわかったなら対策を立てられそうなものだが、何故そんなにも沈んだ様子で……?
《……奴がやっているのは、ごく瞬間的な速度強化。恐らくは一、二秒しか持続しない加速術を繰り返し何度も使用しているのよ。だからこその一撃離脱ね》
なんだそりゃ。なんでまたそんな面倒そうなというか非効率的そうな真似を……?
《そうする理由はわからない。ただ、増強した速力で追いつけないのには納得ね。最初に解析された数値は平常時のもの。加速中の数値は反映されていないわ》
つまり、300程度の速力ではあの高速移動に追いつくには足りない、ということか?
《恐らくは基礎値の三倍ほどに強化されている。数値にして900くらいは必要でしょうね。……迂闊だったわ、襲撃の時点で強化は展開済みだとばかり》
900って。俺の能力値全部足しても届かないんだけど。
しかし、じゃあ……どうすれば?
《速度で張り合うのは現実的じゃない。何か、別の手段が要るわね》
別のと言われても……あぁ、そうか、ならば。
閃きというよりは消去法的思い付き。
追えないというのなら、いっそ。
――解析値(基礎値/⇒修正値/)――
接式干渉力:80/⇒ 120/*加算補正
接式抵抗力:180/⇒ 380/*加算補正
術式干渉力:70/⇒ 70/
術式抵抗力:30/⇒30/
速力 :320/⇒ 20/・減算補正
精度 :140/⇒ 200/*加算補正
計 :820
―――――――――――――――――
速さなど捨ててしまえ。
削った速力を耐久に割り振る。
そして、攻めあぐねている風を装いながら、カナンの追撃を誘い――、
「恐れをなしましたか。では、仕留めるとしましょう」
勝ちを確信したのか、薄らと笑ってとどめを刺しにこちらへ跳躍するカナン。
その痛烈な剣撃を、もう避けない。
一歩も退かず全てを受ける。
「……っ!?」
カナンの顔色が変わる。
大幅に上昇させた物理耐久により、全身を打ち据える剣を強引に耐えながら前へ。やっぱりちょっと痛い。相手の攻撃力を多少上回っている程度では、衝撃は完全には殺しきれないようだ。
異変に気付いて退がるよりも早く、俺はカナンの目前に迫る。
「取った……!」
至近距離から放つ刺突。
驚愕するカナンの肩口めがけてそれは伸び――、
「くっ……このッ!!」
前傾した姿勢から強引に身を捩るカナン。
穂先は服だけを浅く割き、紙一重で避けられる。
そして回避の勢いのまま、カナンは伸びた抉界戟の柄を狙って剣を振った。
カァンと軽い音を響かせ、弾き飛ばされる左手の抉界戟。
「しまっ……!」
同時に右腕へ伝わる鋭い衝撃。
どうやら剣撃は両腕の武器を同時に狙って放たれていたらしい。予想外の一撃に思わず右手の抉界戟も取り落とし――、
気づけば、相手に一発も加えられなかったばかりか、この一瞬のうちに両の武器を失っていた。
なんてことだ、と絶望に頭を抱える暇も無く――カナンの剣が俺の全身を打ち据えた。
《フィーノっ!!》
ロティの悲鳴。
堪えきれず地面に倒れ込んだ俺の眼前には、カナンが突き出した剣の切っ先。
「何やら色々と無様な抵抗を見せて頂けたようですが……これまでです。お疲れ様でした」
その口元には勝ち誇ったような笑み。
今からでも裁儀で速度を増し、なんとか離脱を……いや、無理だろうな。カナンの剣の方が確実に速い。
《諦めないでっ! 抉界戟はあくまで裁儀の射程を伸ばすためのもの、相手に直接触れることでも裁儀は発動できるわ。なんとか奴に手を……》
そう言われても、この姿勢からカナンに触れる方法が思いつかない。
目の前に垂れた剣先を掴もうとしてみたが、もちろん伸ばした手を打たれた。
駄目だ、もうできることが無い。
ルゼルメイ、ヴェシュさん、ごめん。思ったより早い帰還になりそうだ。
せめてこれ以上抗わなければ、もう剣を受けずに済むかな。耐久力が上がっていても痛いものは痛いし。
……と俺を見下ろすカナンの顔を伺うと。
「……こうして再び貴方を殺せる日が来るとは、思ってもみませんでした」
「殺っ!?」
物騒な笑みで物騒な事を口走るカナンに思わず後じさる。
「おっと、逃げないでくださいよ」
周囲の地面に叩きつけられる無数の剣の跡。
待て待て、負けても連れ戻されるだけで命までは取られないものだと思ってたんだけど!?
……いや、それよりカナンは今なんて言った?
再び?
俺はこれまで彼に会ったことも、殺されたことも無いはずだが……なんの話だ?
見上げると、カナンは首を振って言う。
「……失敬、殺しはしません。私はその虚躯を無事に持ち帰らなければならないのですから」
そうか、そうだよな。なら安心だ。
「無論、壊れない程度に痛めつける分には私の自由ですが」
いや駄目だ、まだ殴る気満々だこいつ。
しかしなんかこう、節々から妙に強い敵意……いや殺意を感じるのは一体何なのだろうか。
このままでは本当に、死ぬ寸前まで殴打されそうだ。
戦うのは無理としても、どうにか逃げる方法を考えないと……。
誰かに助けを求めるか? いや、この早朝の郊外、都合良く通りかかる人なんていないだろう。
現に廻輿を下りてから今まで、誰の姿も見ていない。
仮に何者かが救援に来たとて、聖畜衆複数人を一人で倒してしまうような化物相手に何ができると言うのか。
考えれば考える程、思考が「どうしようもない」という諦観に満たされる。
「我々に必要なのはその虚躯だけ。貴方の意識は邪魔でしかない。適度に鳴いてもらった後は、気絶でもしておいてもらった方が持ち帰りやすそうというもの。……準備はよろしいでしょうか?」
どこか狂気を孕んだ眼でカナンが剣を振り上げ――、




