第21話 不意打ちはお互い様だから
「更に何が飛び出てくるのかと思えば、ただ構えただけですか? 呆けているのならこちらから行きます……よ、っと」
武器を手にしたまま一向に行動しない俺に痺れを切らしたのか、カナンが廻輿の窓から跳んだ。
恐らくは、ちょっとした彼の油断。
俺が意図して作ったものでないにせよ、この好機を逃すわけにはいかない。
今聞いたばかりの、俺の能力を発動させる。
「――『敢臨』」
どうやら待機状態というものであったらしい虚躯を、戦闘状態に移行させる。
今までずっと寝ぼけていたのかと思う程に、全身に活力が漲るのを感じる。
この戦闘状態とやらはおよそ五分しか維持できないらしいが、ロティ曰く、
《近接でのやり合いでは五分なんて充分過ぎるほどに長いわ。むしろ及び腰になって変に時間をかける方が危険度が高い。あなたが退がるのは論外だけれど、向こうにも下手に守りを固められないように気をつけて。隙を見せ次第、一気呵成に叩き潰すのよ》
……との事だった。
たった五分の制限時間が長いという感覚はよくわからないが、とにかく時間を無駄にしないよう攻め続けろと言っていることはわかった。
続けて、俺の戦闘の要となる能力――『裁儀』を発動。
――解析値(基礎値/⇒修正値/)――
接式干渉力:60/⇒ 110/*加算補正
接式抵抗力:110/⇒ 180/*加算補正
術式干渉力:190/⇒ 80/・減算補正
術式抵抗力:180/⇒ 50/・減算補正
速力 :150/⇒ 250/*加算補正
精度 :130/⇒ 150/*加算補正
計 :820
―――――――――――――――――
自分の能力が、簡易にとはいえ数値で表現されるのはなんとも奇妙な気分だ。
頭の中に展開される数字を操作し、今必要と思われる部分に振り分ける。
カナンの異様な攻撃力を警戒し、物理的な接触への耐性と回避能力を大きく強化。
こちらの威力も確保するため、接触による攻撃力へ振る。というか元が低すぎる。非力かこの体。
六値の合計値が変更できないなんて面倒な制限に悩まされつつも、それなりの形に調整し――、
「……むっ!?」
今更過ちに気づいたようだがもう遅い。
地面を蹴り、二倍近くに増加させた速度で一気に距離を詰める。
――狙うのは、着地の瞬間。
廻輿の窓は目測よりかなり地上から高い位置にある。
あの高さから飛べば、接地の衝撃を逃がすのに嫌でも全身を駆使しなければならないことは身をもって実証済みだ。それはあのカナンとて同じだろう。
気の緩みか知らないが、不用意に飛んでしまった失策を悔いてもらおう。
着地の瞬間。
カナンは慌てて牽制するように剣を突き出すが、膝で衝撃を受け止めるその不自由な姿勢では大した意味は為さない。
むしろそのために重心がずれ、体勢を崩したことで余計に隙を大きくしたとも言える。
抉界戟で狙うのは、その脚。
突き出された剣の外から、駆け寄りざまに穂先で低く薙ぐ。
手元に感じる微かな抵抗。
慣れない武器に、というより武器というもの自体に慣れない故にうまく狙えたものか不安だったが、辛うじて先端がカナンの膝あたりを掠めていたようだ。
「ぐっ……!」
呻き声を背中に、俺は斬りつけた勢いのままカナンから距離を取る。
今のごく浅い一撃で、勝ちへの準備は整った。
裁儀・『解』。
必殺の一撃への前段階となる、他者の能力の解析。
既にそれが発動していた。
しかし、事前にちょろっとロティから話を聞いただけなのに随分うまく動けてるな、俺。
なんかこう、体に染み付いた経験みたいなのがあったりするんだろうか。
解析完了までの数秒、離れて様子を見る俺に、カナンの恨み言のような低い声。
「卑怯な……! それが『聖王』のする事ですか……!」
いや、そう言われても……。
そっちが勝手に隙を見せたんだし、俺がカナンに勝とうと思ったら多分こういう方法しか無さそうだし。
そもそも先に奇襲してきたのはそっちなんだから、痛み分けというか意趣返しみたいなもんと思って諦めてほしい。
膝をついたカナンと睨み合っているうちに、頭の中に展開される解析結果。
―――解析値―――
接式干渉力:317
接式抵抗力:122
術式干渉力:40
術式抵抗力:107
速力 :306
精度 :109
計 :1001
―――――――――
裁儀によって表される数値は、対象の基礎能力値ではなく、装備品の性能や術による強化要素など全てを合算した最終的な影響力だとロティは言っていた。
つまりカナンは、木製の模造刀を持ちながらこの攻撃力ということになる。
マトモな武器を扱えばどれほどの強さになるというのか、想像もつかない。
そしてそれに並ぶ高さを誇る速力。あれ程大きく盛った俺よりもなお速い。
驚くべき強さ、そして速さ……ではある、のだが。
……なんか、弱いな。思ったより。
単独でここまで攻めこんできた追手だ。もっと猛烈に強いのかと怯えていたのだが。
もちろん合計値で見れば俺より高くはあるのだが、そこまで飛び抜けているわけでもない。
まぁ、そもそもの数値の基準が不明なのだ。この200程の数値の差が、実際の戦闘においてどの程度の差として現れるのかは戦ってみないとわからないが……、
思ったよりなんとかなるんじゃないか、コレ?
正面から力でゴリ押せば結構いけそうとか、そんな気分になってきた。
さて、どう戦ったものか。時間制限のこともある。できるならこのまま畳み掛けたいところだが……。
思案しているうちにカナンが立ち上がる。
「何を躊躇しているのです? 来ないのならばこちらから反撃に出ますが」
軽く足をかばうようにしながら、ゆらりと剣を構えるカナン。
俺も抉界戟を構え直し、カナンと向き合う。
得物の長さではこちらの方が上、辺りには廻輿以外にはまばらに生えた木くらいしか障害物も無い。正面きって殴り合う分にはこちらが有利な状況のはず、だが――。
《戦力が拮抗しているなら確かにこちらが有利。けれど、奴にはあの、聖畜衆を沈めた得体の知れない打撃があるわ。注意を怠らないで》
ロティの忠告に頷き、正面にカナンを見据える。
わずかな間、互いに隙を探るよう睨み合い――、
《前っ!!》
ロティが叫ぶと同時、あるいはそれよりも早く――俺は全身に無数の衝撃を受けていた。
揺らめく視界の中、倒れかけた体をどうにか踏み留まらせた時、初めて、自分が今カナンによる攻撃を受けたことに気付いた。
俺の前から飛び退くカナンの姿が辛うじて目に入る。
……全く、視認できなかった。
俺はカナンから一切目を離さなかった。凝視していたはずなのに。
気付いた時には、既に至近距離にいたカナンが俺を打ち据えた後だった。
いつ動いたのか全くわからない、不可視の接近、不可視の乱打。
耐久に多めに振ったためか、今の攻撃だけで倒されることはなかったようだが……速力300というのはこれ程までに速いのか?
《おかしいわ、いくらなんでも速過ぎる。聖畜衆を秒殺したことといい、走行中の廻輿を襲撃できたことといい……何か、からくりがあると見た方が良さそうね》
ロティによる分析。どうやらロティにも、何が起こったか解っていないようだった。
それはそうと秒殺って。もうちょっと言い方。
「ふむ……意外ですね」
再び距離を取ったカナンが、不可解そうに首を傾げる。
「今ので倒れもしないとは……こちらの想定以上に硬いと見える。あるいは、何か……」
何か思案しているようだったが、そのうち彼の中で答えが出たのか、
「まぁいいでしょう。叩いて壊れないのならば壊れるまで叩けばいいだけの話」
物騒な事を口走りながら再度剣を構えた。
……この男、繊細そうな外見の割に思考は雑というか、脳筋というか。少し意外な面が垣間見えたかもしれない。
まぁ、なんだかわからない搦め手を使われるくらいなら、いっそ正面から殴り掛かられる方が俺としてもよほど分かりやすくていい。
速度になら向こうに分があるのだろうが、こちらはあと一撃入れれば勝ちみたいなものだ。
この条件を知っているのが俺だけという非対称感については、数値にして200程の戦力差の穴埋めということで許してもらおう。
さぁ、殴り合いといこうか。




