第20話 聖王のめざめ
「…………えっ?」
なんだ、今のは。
俺がここまでの旅路で見てきたものではない。
知らない世界の、いや――知っているはずの世界の、記憶。
ごく断片的だったが、俺の中の何かが告げている。
これは紛れもない、俺の記憶だと。
「ロティ、今のは……」
《あっ……危なー……。いやー……本当に、消滅するところだったわ……》
俺は一体何を見させられたのか。問い質そうとしたが、何故か異様に消耗したロティの様子に一旦思い留まる。
「ロティ……?」
急に飛び出てきた名前に追手の人が首を傾げているが、今はそれどころではないので放っておく。
《み……見えた……、かしら……?》
息も絶え絶えといった雰囲気。やはりアレは、ロティの仕業ということ、なのだろうか?
すみませんなんでもないですちょっと待っててください、と追手の男に言い繕いながら、ロティが落ち着くのを待つ。
《その様子だと、成功したみたいね……。思った通り、あなたの記憶は――あなたの内部からあたしを引き剥がせば復活する》
……なんだって?
《前に言ったでしょう、あなたの記憶は消えたのではなくて読み出しができないだけ。阻害しているものをどうにかできれば戻るって。解決策としては単純にして明快。あたしが消えればいい》
言っていることはわかる。けど、何を言っている? ロティは今何をした?
《もちろんあたしだって消えたくはない。導祇の存在を世界から消失させるわけにはいかない。だから、ちょっとこう……使い果たす寸前、限界ギリギリまで力を無駄に放出してみたの。今頃、大陸全土の迷える人々全員が一斉に、天啓のような閃きを得てるんじゃないかしら》
な、なるほど……ロティの力を解放するとそんな感じになるのか。存外ショボ……いや、それはともかく。
《つまりは、あなたからあたしを分離すればいいという、思えば至極当然な結論になる訳ね。その方法も、ある程度の見当はついているわ。ただし……》
息を整えるよう少し間を置いて、ロティは続ける。
《旧魔領に行けば、あなたはあの地下に戻され出てこられない。仮に出歩けたとしてもグライネロア内が限界でしょうね。そうなれば、記憶を戻す機会は永久に失われるわ。……まぁその場合、記憶があっても無くても同じでしょうけど》
少なくとも、俺が自由に行動できない限り、記憶は取り戻せないということか。……あるいはロティが自死でも選ばない限りは。
《それが嫌なら抗いなさい。……安心して。あなたの中には既に、戦うための力がある。あたしが見つけてある。こんな程度の敵を恐れるまでもない、唯一無二の無法能力をね。何のためにあたしがあなたの内部を解析したと思ってるの》
戦う、能力。
あぁなんだ、それなら何も悩むことは無かったんじゃないか。
俺だってこのまま自由でいたい。
記憶の先が見たい。
俺が今この世界にいる理由が知りたい。
「あの……そろそろ良いでしょうか? 随分悩んでおられるようですが、私にもそれほど時間的余裕はありませんので」
追手の男が痺れを切らしたように答えを促してくる。
俺は――、
「すみません、お待たせしてしまって。えっと……追手さん」
「……私のことならカナンとでもお呼びくだされば」
「……カナンさん。申し訳無いですけど、俺は帰りません。……帰りたくありません」
はっきりと、拒否を突き付けた。
微かに面食らった素振りを見せる、カナンと名乗った男。
「……そうですか」
俺の返答を聞き、俯きがちに、何か思案するようにしばし沈黙していたカナン。
このまま大人しく引き下がってくれれば話は早いのだが……。
そう思っていると、不意に顔を上げ――、
「――その言葉を待っていました」
……え?
《フィーノ、避けてッ!!》
ロティの叫びに、反射的に身を逸らす。
これまで俺とカナンの間を辛うじて仕切っていた個室の薄い扉。
それが轟音と共に盛大にひしゃげ、俺に襲いかかってきていた。
寸前に避けたことで直撃は免れたが、かすめていたらしい左腕が鈍く痛む。
背後の壁に叩きつけられる、変形した扉。
……何が起こった?
前方を見ると、剣をゆらりとぶら下げたカナンの姿。
その顔には、変わらず笑顔が浮かんでいた。
先程までとは違う、戦意――あるいは加虐性に満ちたような笑顔が。
「素直に従われたらどうしたものかと心配しておりましたが……いえ、えぇ、断られたのでは仕方がありませんねぇ。実力行使とさせていただきますね仕方がないので」
言葉とは裏腹にひどく愉しげな調子で剣を構え、破壊された扉の跡から個室へ踏み込んでくるカナン。
突如の豹変に戸惑うも、このまま狭い室内で相対しては危険だと判断し、
《フィーノっ! 窓っ!》
「わかってるっ!」
ロティに言われるまでもなく、個室側面の窓を突き破って外へ飛び出す。
思っていたより高さがあり着地で足を痛めかけたが、どうにか堪えて廻輿から距離を取る。
振り返ると、カナンは相変わらずの笑顔で砕けた窓枠からこちらを見下ろしていた。
「逃げるのなら、追わざるを得ませんね。その際思わず力が必要以上に籠もってしまうこともあるかもしれませんが、致し方無いというものでしょう」
そう言って窓枠に足を掛ける。
無論、逃げるつもりは無い。
応戦する。
俺は外套の留め具を外し、胸元を開け――、
「なっ……ななな何をしているのですふざけているのですかこんな状況でっ!?」
――なんだかえらく慌てたカナンの声が聞こえるが気にしない。
覆心鞘を展開。胸を突き破るように姿を表すのは、一対の抉界戟。
両の手にそれらを構え、カナンに向き合う。
「……ほう」
ひとまず落ち着いたようで、俺の手元を興味深げに眺めるカナン。
「なるほど、得物を隠し持っていましたか。いいでしょう、丸腰の相手を痛めつけても面白くもない。それで存分に抵抗してみせなさい」
この厳つい得物を見て、カナンは躊躇するどころか余計に愉しそうに笑った。
……かと思うと、溜め息をついて一言。
「……それはそうと、隠し場所はもう少し選んだ方が良いかと。変態かと思いました」
うっさいな俺もそう思うよ。
――さておき、格好つけて構えてみたまではいいが、ここからどうするのか。
《なるだけ簡易に説明するわ。あなたに秘められているのは、一定の法則に従って対象の能力を自在に改竄する力。聖王由来ではない、あなた独自の能力よ。だから詳細な挙動までは実際に使ってみないとわからないけれど――》
そう言って、ロティは俺の『能力』について早口で説明を始めた。
裁儀と名付けられた、無法能力。その効力と扱い方について。




