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聖臨異餐譚 ~台所でしか無双できないチート転生者の旅に暴食脳筋、病的迷子体質、常時酩酊者を添えて~  作者: 深酒佞
断章2 ミュイユ

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1 近所の買い物さえ怪しい方向感覚

 ミュイユが帰ってこない。


 ある日の夕方の事。

 商店街での買い物を終えた帰路の途中、一緒に来ていたミュイユが「擁滓玉(グルーツィエ)買い足し忘れてた。戻って買ってくるから先帰っといて」と言い残して商店街に引き返し、一向に帰宅しないまま約二時間が経っていた。

 いくらあのミュイユでも、住み慣れた街で、自宅から徒歩十分程度の距離の、何度も訪れている商店街までの、特に複雑でもなんでもない道で迷子になることなど有り得ないだろう。そう思って一人で戻らせたのだが……考えが甘かったようだった。


 先に帰った俺が夕食の下ごしらえを済ませ、少しのんびりし、調理を開始し、調理を終え、あとは配膳するだけという段階になって尚ミュイユが帰ってこないことに疑問を持たなかったのは、ひとえに「いくらなんでも」という思考があったからに他ならない。


――いや流石に無いでしょ。この条件で迷子は。いくらなんでも。


 居間を見やると、恐らくは俺と同じ思考・結論に至っているのであろうアステルが、それはとても神妙な表情をして椅子に座っていた。

 ゼオですら、いつもの胡散臭い半笑いに若干陰りが見える。心なしか酒を飲む速度も少し遅いようだ。


 なんとも気まずい沈黙に耐えかねたように、グゥ~ッと誰かの腹が鳴った。もしかすると俺自身のものだったかもしれない。

 空気を読まない、あるいは猛烈に空気を読み切った腹の音に引き摺られたのか、アステルがおずおずと口を開く。


「……あの、フィーノ様……」


 うん、わかってる。あんまり考えたくないし言いたくないのもわかる。でもな、アステル。諦めざるを得ない場面って、どうやらあるみたいなんだよ。


「……。……アステル。ゼオ」

「……やっぱりそうかなぁ。だよねぇ。いや~、……いや~……えぇ~……」


 何かを観念したかのように杯の酒を一気に飲み干すゼオ、捩じ切れそうなくらい首を傾げて虚空を見上げるアステルに、俺は――なるべく出したくなかった号令を掛ける。


「……行こうか。迷子探しだ」


 大鍋から漂う芳ばしい香りを押し流すように、俺の声が空虚に響いた。




 かくして俺達は、日の暮れた街へミュイユ捜索に繰り出すことになった。

 ゼオには自宅周辺を見てもらい、俺とアステルは商店街へ向かう。そこから二手に分かれて、商店街内を探すことにした。


「ミュイユちゃ~~ん、どこですか~~! 晩ごはんできてますよ~~! 今日は私の好きな枯香猪(ワブファス)の煙塩漬けと野菜の煮込みですよ~~!」


 その情報伝える意味あるか?

 アステルの声が遠ざかっていくのを背中越しに聞きつつ、俺も行動を開始する。

 確かミュイユは最後、擁滓玉(グルーツィエ)を買いに戻ると言っていたはずだ。手始めにその店を当たろう。そう考えたところで、ふと疑問が浮かぶ。


 ……擁滓玉(グルーツィエ)ってどこで売ってるんだ?


 ミュイユがいつも咥えている、棒付き飴玉のような煙草。……煙草のような飴玉? 分類としては煙草だろうし、まさかお菓子として売ってはいないだろうが、煙草屋のようなものがどこかに存在しているのだろうか。

 ミュイユ以外にも時々使用している人を見かけるから、市販されているのは間違い無いだろうが。どこで買っているのかこれまで特に気にしたことはなかった。


 まずは擁滓玉(グルーツィエ)屋探しからか。溜め息ひとつ吐き、俺は道行く人にミュイユと擁滓玉(グルーツィエ)の店について聞き込みを始めた。




 確かに広義では薬の一種なのかもしれないが、まさか薬屋で取り扱っていたとは思わなかった。

 商店街の一角にある国営連鎖薬局(メイデ・リターシア)。薬局という名の割になんだか交易雑貨屋も兼ねたような店で、そこで店主に口頭で注文すれば擁滓玉(グルーツィエ)を売ってもらえることが聞き込みの結果判明した。


 俺があまり利用したことのない店だから気付かなかったのかと思ったが、そもそも店内に陳列されていなかったとは。まぁ何か理由があるのだろう。

 とにかく今問題なのは、店員から得られたミュイユの情報だ。


「んー……と、なんか見たことない男の人と一緒に来てたす……。いあ……ゼオ氏じゃないすね。二十代……後半くらいすかね……、くたびれた旅人……? みたいな……? この街の住人じゃ無さそうな雰囲気っしたね……。少なくとも自分は知らない人す……」


 どうやら迷ったミュイユが街の住人に連れられてここに買い物にくるのは珍しくないらしい。今回もその口か、と思い普通に応対したものの、一緒にいた人物の様子が普段と違ったため少し気になっていたとの事だった。


「……と言うか、すね……ミュイユ氏が普通に擁滓玉(グルーツィエ)を買っていくのに、えらく驚いた様子だったす……。ミュイユ氏のこと、全く知らないような……。だから自分引っかかってたんすかね……」


 確かに、ミュイユの容姿・体格は全くもって年齢通りには見えない。知らない人には十歳くらいの少女にしか思えないだろう。そんなのが堂々と擁滓玉(グルーツィエ)を買っている様を見たら、驚くのも無理はないだろう。


 ――そう、ミュイユを知らない人間なら、だ。


 ミュイユは、というか俺達四人は、自慢ではないが、この街ではそれなりに有名な存在だ。若干不本意ながら。

 あまり外を出歩かないゼオならともかく、ミュイユの外見は結構な悪目立ち……いや特徴的で、それがしょっちゅう迷子になっては街の人にお世話になっているものだから、元々の知名度も相まって、道行く人々に強烈な印象を残す。

 ローナセラ中央商店街に出入りする者なら、ミュイユを知らない者はいないと言っても過言ではない程。そしてこのローナセラ中央商店街の利用率は街の人口の八割を超えると言われている。


 つまり、やや暴論気味ではあるが、今更ミュイユの行動に驚くような者は、街の外部の人間である可能性が高いということだ。

 そして国営連鎖薬局(メイデ・リターシア)の店主も見覚えが無いという人物。

 外部の見知らぬ人間だからどうだという訳ではないが、少し気掛かりな要素ではある。

 不穏な先行きを感じながら、俺は店主に礼を言い、薬屋を後にした。



 その後もいくつかの店で情報が得られたが、内容はおおよそ同じようなものだった。

 一旦、人もまばらな中央広場に出て思索する。


 今わかっているのは、『ミュイユが謎の男と一緒に商店街に来て、そのまま家に帰ってこない』ということ。

 これだけではなんとも言えないが、しかし、これではまるで……。


「ミュイユちゃんが誘拐されちゃいましたぁぁ~~!!」


 アステルが、合流するやいなや、あまり考えたくなかったその言葉を半泣きで叫んだ。


「フィーノ様ぁ~! ミュイユちゃんっ、なんか知らない人とっ、商店街っ、引っ張られてっ、工業区っ」


 取り乱して喋りがまとまっていないが、アステルもどうやら俺と同じような情報を聞いてきたようで……工業区?


「アステル、落ち着いて。まだ、その……攫われたと決まったわけじゃない。それより、工業区というのは、あの北東側の?」

「はいぃ……ミュイユちゃん、知らない人に手を引かれて工業区方面に出ていったって酒屋のモリモリヒゲさんが……」


 マスキンさんか。なら確かな情報なのだろう。

 工業区方面か……。俺はこの街の地図を思い描く。


 このローナセラは、東・北西・南西の三方向から来る街道の合流地点を中心に円形に広がった街だ。

 大陸南部の物流・交易の中心地となったこの交差点は自然に巨大な商店街へと発展し、街道沿いに三方向へ大きく伸びている。

 そして、円形の街を商店街と街道で分割した三区画のうち北東側のものが、工業区と呼ばれる、いわば職人街のようなものになっている。

 俺達の家は西の区画である商業区の南側。ミュイユと謎の男は明らかに逆方向に向かっている。


 どういった状況なのかは分からないが、大雑把でも居場所がわかったのだ。連れ戻しに向かうべきだろう。

 意を決し、傍らで焦燥するアステルに呼びかける。


「アステル、俺はミュイユ(姐さん)を探しに向かう。アステルは一旦戻ってゼオを呼んできてくれないか」

「ふぁいっ!? わかっ、わかりました! でっでもフィーノ様、ゼオさんを呼ぶって一体どこへ……!? この広場じゃないですよね?」

「《《俺の所へ》》だよ。大丈夫、ゼオなら俺の居場所をなんとなく辿れるはずだから」

「なんとなく……? い、いえ、わかりました行ってきますっ!」


 イマイチ釈然としない様子のアステルが家の方向へ商店街を駆けていくのを見届け、俺も工業区へと歩を進めた。




 一般的にはどうなのか知らないが――この街の職人達は、朝は早かったり遅かったりとまばらだが、夕方頃には示し合わせたように一斉に仕事を切り上げて、帰宅したり飲みに行ったりする。工業区は夕方を過ぎると極端に人通りが少なくなるのだ。

 つまり、俺が全力気味に走っても、人との接触をほぼ気にしなくていいということ。

 工業区に進入した俺は、()()()()()()()()()、閑散とした市街へ走りだそうとし――おっと、その前に。


「『乱禍(ルクツァイル)』――導祇(ロテューメテイア)。ロティ、出番だよ」


 俺の呼びかけに、どこからともなく不機嫌そうな声が返ってくる。


《あなたね、その強引な呼び出し方やめてって前にも言ったじゃない。結構負荷大きいのよそれ》

「緊急事態なんだよ。というか、こうでもしないとロティとどう連絡取るのかわからないしね」

《知ってるでしょ、忙しいのよこっちは。あなた達とは観てる規模が全然違うんだから》

「そのために俺から色々食ってるんじゃないか。いいからちょっと手伝って欲しい」

《なんなのよ。頼み事にしてはでっかくないかしら、態度》


 ロティの声は俺にしか聞こえない。この脳内存在のようなモノと会話してる姿は極力他人には見られたくないからな……こういう周囲に人の少ない環境でないと、こう、恥ずかしい。

 しぶしぶ、といった様子のロティに俺はいきさつを説明し、協力を仰ぐ。


《なによ、あの子ついに誘拐とかされちゃったの? それでその居場所の特定にあたしの力を使えって?》

「そう。ロティなら多分できるんじゃないか?」

《あのねぇ、あたしの力はもっと大規模で盛大で偉大なものなのよ? そんな迷子捜しみたいな微細な矮小な事柄に気軽に使えるようなものじゃないし、使ったとしてもできるとは――――できたわ》


 できるんかい。っていうかやるんかい。早いな、着手も結果が出るのも。


《やってみるものね……。大雑把にだけれど、居場所が特定できたみたい。あなた達みたいな色々規格外な存在が対象だからやりやすかっただけかもしれないけれど、なんだか今更自分の可能性を感じたわ》


 自分でも意外なようだった。いやまぁ助かるからいいけど。


《まぁ本当に大雑把にだから、あなたの位置からおおよそどの方角か、くらいにしかわからない。あなた自身が実際に歩きながら方向を補正する必要はあるわね》

「充分。ありがとうロティ、そして誘導よろしく」


 ロティに簡素な礼を述べ、俺は陽の落ちた工業区へ駆け出す。

 ミュイユ、今行くからな。

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