第13話 希望を湛える盃は斉しく声を響かせて
その夜行われたもてなしの宴とやらは、厳かどころかちょっとした宴会の様相になっていた。
いや、共壇本棟の貴賓室を急遽改装して催されたそれは、開始時点ではまさに聖王を迎えるための宴といった体だったのだが。
俺の前にだけ並べられた凄まじい量の料理と酒。
自身らは何を口にするでもなく、取り囲むように並ぶ職員達。
とてもじゃないが食事を楽しめる雰囲気ではなかった。
あと明らかに量が多すぎた。
――ので、俺から水を向けた、というか助けを求めたのだった。
「いや、その……こうも見られてると食べにくいというか……皆さんは食べないんですか?」
「これらは全て聖王様のために用意したものだ。我らのことは気にせず召し上がってくれ」
ハストさんはそう言うが、この状況で気にするなとは無理も甚だしい。
「えっと、これだけの量を用意してくれたのは本当にありがたいんですけど……さすがにちょっとこの量は食べ切れないと思うので、できれば皆さんと分けて……」
「だっ……だが、聖王様の食事に手をつけるような行為はっ……! 我々の分は後ほど別に用意するので……」
なかなか頑なに拒否するハストさんに、うんうんと頷く職員の皆さん。
どうにも埒が明かなそうなので、ちょっと強硬手段っぽく出てみることにする。
「ということはやっぱり、みんなお腹空いてるんじゃないですか。その状況で俺だけなんて尚更食べられませんよ」
と、これまた無闇に多く用意されていた取り皿を人数分並べる。
そこに、これだけで満腹になりそうな大きさの肉の塊を切り分けて乗せ――、
「待っ……待っっ……!!」
酷く慌てたハストさんの裏返った声は、聞こえなかったことにして続ける。
別の皿には、豆と葉野菜の煮込み、肉と茸の串揚げ、鮮やかな果実と生野菜の和え物をそれぞれ取り分ける
なんだか複雑な意匠の瓶も栓を開け、これまた芸術品のような造りの盃に注ぐ。
複数ある酒の種類に合わせて使い分ける予定でいたのか、盃もやたらと数があったため、うまく全員分を用意することができた。
かくしてこの場にいる六人分の、肉の香草焼きの厚切りと副菜盛り合わせ、酒の盃が机に並んだ。
それらを前に、俺は改めて言う。
「それじゃあ皆さん、乾杯しましょう」
……返答は、すぐには返ってこなかった。
目に映るのは、呆然と口を開け「馬鹿な……」と漏らすハストさんと、大体同じような様相でこちらを見る職員さん達。
うん、ちょっと攻め過ぎたかもしれない。でもまぁこれも、俺が美味しく料理をいただくために必要なことだと思って受け入れて欲しい、かな。
「皆さん、お願いします。でないと俺、この料理いただけません」
「……っ! 聖王様、貴方という人は……!」
頭を抱えるハストさん。
しばし逡巡した様子だったが、観念したように顔を上げると、机の前まで進み盃を手に取る。
そして振り向いて言った。
「……業務命令だ。お前達も飲め。……いや、飲んでくれ。頼む」
その言葉に、顔を見合わせる職員達。
やがて、一人の男性が前に出て言う。
「すみません所長、その命令は聞けません」
「……。……そうか……だろうな。いや無理強いはしまい」
そう言いつつも落胆を繕いきれないハストさんを尻目に、しかし男性は料理を広げた机に歩み寄る。
「俺は、俺が、聖王様と飲みたいんです。指示を受けてではありません」
そう言って、盃を手に取った。
「キーティル……お前……」
「あ……私も」
キーティルと呼ばれた男性に続き、別の職員さんも歩み出ては盃を取る。
「聖王様、なんだか思ってたのと違うというか……親しみやすそうですし」
「せっかく用意したんだ、意地張って聖王様に食べてもらえなきゃ本末転倒ですからねぇ」
「というかやっぱり量多すぎるんじゃないかと思ってましたよ俺は」
「正直ただ飲みたい」
そして結局、この場にいる全員の手に盃が行き渡った。
「お前達……」
震えた声で、呆然と彼らを見つめるハストさん。
そのうち吹っ切れたように俺の方へ向くと、その手の盃を肩ほどまで掲げた。
「……大変失礼した、聖王様。僭越ながら我ら一同、謹んでご相伴にあずからせて頂く」
そこに並ぶ、五人分の盃。
うん、やっぱり俺はこの方がいいな。少し調子に乗りすぎたきらいはあるが。
「皆さん、ありがとうございます。それじゃあ……」
俺も自身の盃を手に持ち、彼らに近づけた。
微かに泡の立ち上る淡褐色の液体を湛え、六つの盃が向き合う。
「……我らが聖王様の帰還に」
「ロテュメアの未来に」
「統聖国の栄光に」
「えっと……今日の我らの出会いに……?」
それぞれが祝いを込めた言葉を盃に添え、
「――乾杯!」
涼やかに澄んだ鈴のような音が部屋を満たすように弾けた。




