第12話 所長ハスト氏の歓待
「話は僕が事前に通しておこう。聖王様は、セラン・リウーネで『代王』シャディオン様と話し合ってもらうべきだと、僕は考える。向こうに丸投げするようで気が引けるところはあるが、このような地方都市ではできることに限界があるのでな」
自嘲する風に笑うと、「とはいえ」と一旦自身の後方に目をやった。
「すぐにとは言わない。せめて今日一日だけでいい、聖王の帰還を、貴方に逢えたことを、この聖立共壇職員たちで祝わせて欲しい」
ハストさんの後ろには、沈黙したまま、潤んだ目でこちらを見つめる五人の職員達。
統聖国に到達した今、そこまで急ぐこともないだろう。というかちょっとゆっくりしたい。ここまであまり気の休まる状況は無かったし。
ロティが口を挟んでくる様子も無いし、少しくらい羽根を伸ばしても構わないだろう。
「それじゃあ……お願いします」
そう頭を下げると、ハストさん含む全員の顔が輝いた。
「そうか、ありがとう。では、ささやかだがもてなしの宴を用意させてもらうとしよう!」
落ち着いた風に話すハストさんだったが、その声と表情からは歓喜の色が滲み出しているのが見えた。
興奮を抑えきれない調子で、職員達に号令を掛ける。
「お前達の今日の業務内容は全て変更だ! 今から街へ出て最高級の料理と酒を手配しろ! 仕事の後処理は全て僕がやるっ!!」
ざわつく職員達。そして俺。……え、最高級? ささやかって言わなかった?
「えっ……いいんですか!? いいんですねっ!?」
「構わん、行け! どうせ今日は仕事など手につかんだろう。僕もだろうがな!」
「わかりましたっ! じゃあちょっと商店街まで……いや、牧農区まで走ってきます!」
「あ、なら俺は水産区に! セラン・ユプセンからの貨物が届く時期のはずなんです」
「代金は共壇の経費を好きに使え! それとわかっているだろうが、聖王のことは絶ッ対に、外部にも他の職員にも漏らすんじゃないぞ!」
「心得てます! それでは失礼しますっ!」
「聖王様、必ず最高のお食事を用意しますからね!」
「お前っ、なに気易く聖王様に……俺もっ絶対満足させますっ!!」
「何してる早く行け!」
追い立てられがやがやと駆け出していく職員達を見送り、部屋には俺とハストさんだけが残った。
ひとつ息をつくと、ハストさんは眼鏡をかけ直し、こちらを見て苦笑した。
「騒々しくしてしまってすまない。本来ならばもっと厳かに歓迎すべきなのだろうが……」
「い、いえ俺は別に構いませんが……その、最高級の料理とか酒って……」
「それくらいはさせてもらいたい。可能なら街全体を挙げての歓待といきたいところなのだ。……あぁ、聖王様は酒は飲まないのだろうか?」
「酒……は、大丈夫だと思います。それより……」
グライネロアからリュケオンへの旅路で、ヴェシュさんに何度か頂いて飲んだ。特に飲めないということは無いはずだが。
「その、一応さっきも言ったと思うんですけど、俺は聖王と同じ体を持ってるだけの別人にすぎないんですよ。俺自身はこうして歓迎されるべき存在じゃないというか……」
「無論、理解している。いや、正確には理解の及ばないところも多いが、とにかくわかった上でやっていることだ。それに対する回答も変わらない」
そう言ってハストさんは笑う。
「フィーノ、というのだったか。貴方には失礼かもしれないが、我々にとっては歴史上の聖王との違いはわからないのでな。それに何より、行方のわからなくなっていた聖王の体が帰ってきたこと、それ自体が喜ばしい大事件と言える」
なるほど……そういうものだろうか。
「それでも気後れするというのなら……フィーノ氏、貴方が聖王の体を見つけて統聖国に持ち帰ったことが歓迎されていると、そう捉えればいいのではないかな」
確かに、それなら幾分気は楽かもしれない。俺はあくまで聖王の体を拾って届けただけ、それが偶然にも超重要なモノだったと。
「じゃあ……そう考えることにします。ありがとうございます」
「いや、構わないさ。貴方の力になれたのなら幸いだ。……それより僕からもひとつ、確認しておきたいことがあるのだが……」
感謝を述べる俺に、どこか気まずそうに声を潜めるハストさん。
「えっと、なんでしょう?」
「その……本当に、このような話し方でよろしいのでしょうか? 国王に対して馴れ馴れしく接しているようで、どうにも畏れ多さが拭えないのですが……」
泳いだ目で、そんな事を尋ねてくる。口調が元に戻っていた。
「い、いやもうほんと気にしないで、そのままでいてください! 俺は体を持ってきただけの一般人なんで!」
「そ、そうか、そうだな……それならいいのだが……」
どうやらハストさん自身も心の整理ができていないようだった。
なんだか気まずくなってしまった空気を打ち払うよう、ハストさんが無理に明るく取り繕ったような声を上げた。
「そ、そうだ聖王様、本棟へ案内しよう。こんな埃っぽい場所ではなく、本棟の貴賓室を使ってくれ。念の為、顔だけは隠しておくようにな」
「あ、えっと、じゃあそれで、お願いします。あー……顔だけ隠しておけば大丈夫ですか」
「何も知らない者達には聖王の帰還など完全な想像外、容姿さえ見られなければバレることは無いさ。多分な」
どうにも打ち払いきれていない気まずさに纏わり付かれながら、俺はハストさんに続いて命湍の部屋を後にしたのだった。




