第11話 始まりへ向かう
抉界戟、覆心鞘の効果は絶大だった。
まさか本当に、見た瞬間全員が膝から崩れ落ちてひれ伏すとは思わなかった。いやちょっと期待はしてたけど。凄いな聖王の威光。
《聖標器。かつて聖王が扱った、超性能な超武具の総称よ。あなたの持つ抉界戟、覆心鞘もその一部。大半は大陸中に散逸、遺失してしまって行方知れずになっているのだけれど……その二つに限っては特殊で、所在がある程度はっきりしていたの。聖王が最初から最後まで使い続けた、という言い伝えによってね。
つまり、抉界戟はまず間違いなく聖王最後の地、グライネロア近辺に覆心鞘ごと眠っているとされてきた。あるいは、聖王本人が未だに抱えているか、ね。
もしあなたが聖王である証明をする必要が出てきたら、抉界戟を取り出して見せれば一発よ。そんなものをそんな持ち歩き方してるバ……特徴的な人は他にいないもの》
以前、ロティに聞いていた抉界戟についての説明だ。
わざわざそんな手段で証明しなければならない場面が発生するのか、仮に発生しても極力やりたくないものだと思っていたが……本当にその時が来るとは。というか本当にあれで証明になるとは。
俺を聖王そのもの、あるいはそれに非常に近しい存在だと認識してくれた彼ら、この施設の職員達は、感極まったように涙を流しながらの大騒ぎになっていた。
「聖王様が……! 現れた! 帰ってこられた……!!」
「やっぱり生きていたんだ! 無事だったんだ!」
「あれが、抉界戟……! 本物の……!」
「伝説の最後は我々の、統聖国の勝利だったのだ!!」
「魔族から私達を、統聖国を守るために甦ったのですね!」
うーん、自分の事ではないとはいえ、こうももてはやされると、なんどもこそばゆい。
国を守るなんて意識は正直全く無いんだけど、なんだか勢いだけでそうなっちゃいそうだ。
ちょっと楽しくなってきてしまったところで、狂騒の中、一人の職員が部屋を飛び出しながら大声で言った。
「俺、本棟のみんなに……いや、街中に伝えてきます! 聖王様が来たって!」
ん……? 喜んでもらえるのはいいけど、あまり大きく広めるのは……大丈夫なのか?
少し引っかかりを覚えたところに、ロティの神妙な声。
《アレ、止めた方がいいかもしれないわね。この時点で大規模な騒ぎを起こすのは、多分得策じゃない》
証明の時はあんなに囃し立てたのにここは慎重になるんだ……。
けどまぁ俺としても、騒動が広がるのはちょっと気が引ける。
駆け出した職員を引き止めるべく声を上げかけたところで、
「待てッ!!」
ずっと最前で膝立ちになっていた男性が、先に動いた。
とても今まで呆然としていたとは思えない勢いで立ち上がり、扉へ走ると廊下の職員へ制止の声をかける。
「戻って来い、外へはまだ知らせるな!」
ここからでは廊下の様子は見えないが、恐らく声は間に合ったのだろう。
男性に続き、少し遅れて職員も部屋へ戻ってきた。
男性は他の職員達にも「少し静かにしていろ」と声を掛けながら、俺の前へと帰ってくる。
そして片膝立ちになると、
「大変失礼しました、聖王様。見苦しく騒ぎ立ててしまい申し訳ございません」
とうやうやしく頭を下げて言った。
「え、いや、いいですよ別にそんな。というか俺の方こそ、皆さんの言う聖王本人じゃなくて同じ体なだけの別物なのに、なんか期待させてしまって申し訳ないと言いますか……」
「いえ、我々にとっては貴方は聖王そのもの。違うと申されましても、貴方の言われるところの『本人』との違いを確認する術は我々にはございません」
それはまぁ確かにそうか。二百年前の人物に直接会ったことのある人なんて今はいないだろうし。
「ただ……失礼ながら、聖王様。貴方の帰還は、国民には一時的に伏せさせていただきたく存じます」
と、彼は頭を下げたままそう提言してきた。
「あぁ、はい。それは構いません、というより俺としてもその方が多分ありがたいんですが……ちなみに何故でしょうか?」
「聖王の帰還という報せは、いたずらに広めるとこの国全体を、あるいは旧魔領さえも混乱に陥らせるでしょう。ただ拡散させるのではなく、然るべき機会を計った上で、大々的に公表すべきではないかと」
なるほど、そういうものか。俺としても自分が原因で大騒ぎになるのはなんか気が引けるし、彼の言う通りにしてもらうとしよう。
「じゃあ、それでお願いします。……ところで」
彼の意見に頷き、ついでにちょっと気になっていた事を訊かせてもらう。
「はい、どうなされましたか」
「その……話し方なんですけど、もう少しこう、普通になりませんか。最初みたいな感じに。あと名前も聞いておきたいんですけど……」
そう言うと、彼は心底困ったような表情になる。
「私などがそんな、恐れ多い。あのような失礼極まりない態度で接した事、むしろ咎められるべき醜態であるかと存じます。私の名についても、聖王様の耳に入れる価値はございません」
「いや……俺としてはあれくらいの話し方のほうが楽でいいんですけど……駄目ですか?」
あれはあれでちょっと圧が怖かったけど、今みたいなガチガチに堅い態度で来られるよりは助かる気がする。そう思って提案してみたのだが。
「聖王様からの頼みとあらば……そのようにさせて頂きます。いや……、……そうしよう」
観念したように、彼はその話し方を、くだけた調子に変えてくれた。ごめんね無理言って。
「あー……、僕、のことはハストと呼んで……くれ。それで、先程の話の続きなので……だが……」
どうにもぎこちない調子で話し始めるハスト氏。ごめんね無理言って。
「聖王の帰還という一大事件については、とてもこのロテュメアのみで処理しきれる範疇の内容では、……ない。情報公開の機会を伺うと話した件についてもな。……そこでだ」
一呼吸置くと、ハストさんは窓の外、何処かの方角を指し示しながらこう続けた。
「聖王様には、これからセラン・リウーネへ向かっていただきたい。この大陸南端、統聖国の中心である為聖庁が存在する街。――聖王の伝説の、始まりの地だ」
聖王の、始まりの地。
その言葉は、何故か俺の心を強く焚きつけるようで。
「……はい」
湧き出した使命感のようなものに駆られ、意識せず、深く頷いていた。
応じるようにハストさんも頷き返すと、更に続ける。




