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聖臨異餐譚 ~台所でしか無双できないチート転生者の旅に暴食脳筋、病的迷子体質、常時酩酊者を添えて~  作者: 深酒佞
聖臨異餐譚 序 -記憶の始点-

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第8話 リウネアへ

 リュケオン集積区。

 大量の倉庫らしきものと加工場が建ち並び、牧草のような野趣と磯の匂いが混在する不思議な区画。

 その中心部、倉庫群の中で一際大きく聳える、今はもう使われていない祭殿のような建物。


 その中に、俺は忍び込んでいた。


「……って、こんなコソコソと侵入する必要あったのか? もっとこう……」

《堂々と入れなかったのかって? 見ず知らずの外部の人間が急にやってきて統聖国(リウネア)統治時代の負の遺産を見学させろなんて、まず通らないわ。ましてあたし達は、立ち入ったままこの建物から姿を消すのだから。そんな不審にも程がある方法を取るくらいならこっそり忍び込む方がマシよ》


 そういうものだろうか。どうせいなくなるのなら、多少目立っても関係ないような気がしないでもないが……まぁ、結果うまく誰にも見つからず侵入はできたようだし、良しとしておこう。


 祭殿を思わせる意匠のこの建物は、荘厳そうな外見とは裏腹に、内部は四方を壁に囲まれただけのがらんどうだった。

 大きな家一軒分の敷地ほどはあるその空間の中央には、他よりわずかに窪んだ正方形の床がある。


 その四角くへこんだ床部分は、周囲の石造りの床と違い、真っ黒な中にちらちらと光を瞬かせている。

 まるで四角い穴に漆黒の星空を流し込んだようなその奇妙な床こそが、統聖国(リウネア)への転移装置とのことだった。


「綺麗さがなんか逆に怖いんだけど……この黒い地面でどうやって統聖国(リウネア)へ転移しろって言うんだ?」


 恐る恐る尋ねると、ロティが得意げに解説を始めた。


《この転移装置――命湍(ヒューメナツィア)は、例えるなら一本の太い管の形をしているの。いえ、形は無いんだけれどそう想像して。管の片方の端がこの黒い所。もう片方の端は、統聖国(リウネア)中部のロテュメアという街に存在するわ》


 ふむ。

 えらく導祇(ロテューメテイア)っぽい街の名前が気になるが、とりあえず置いておこう。


《そしてこの命湍(ヒューメナツィア)は、片側の端に乗った物の情報を可逆的に圧縮し管内を高速で転送、もう片側で元通り展開する性質を持つ》


 …………。……なんだって?


《つまり実質的に物体を瞬間転移させることができるというわけ。これを利用して、統聖国(リウネア)は遠隔地から作物等の税を効率的に徴収していたのね。ただ、この圧縮・展開の工程は生命体と非常に相性が悪い。生命体の情報は流動的すぎて圧縮時の負荷が大きく、情報の欠損が起きやすいという問題があったの。その結果どうなるかは察してちょうだい。だから非生物限定という体になっているのだけれど……わかった?》

「全然」

《……そう》


 用語の圧が凄い。言っている意味が全く頭に入ってこない。

 いやまぁなんとなく言わんとすることはわからないでもないのだが、そもそも物の情報って何だ。圧縮って何だ。根本的な部分の理解が及ばない。原理の説明が欲しい。


 うーん、と思案するよう唸るロティ。しばらくしてから、


《……つまりはこの黒い所に乗るとロテュメアって街に移動できるのよ》


 と、噛み砕きすぎて液状になったような説明に切り替えやがった。

 これはこれでなんか馬鹿にされたみたいな気分になるが、元の説明が全く意味わからなかったし、もうこれでいいや。若干自棄気味に自身を納得させる。


「いや……けど、生物を転送できないっていうなら俺はどうなんだ? 聞いた感じだと虚躯(フィジア)とか関係無く生命体の転送自体が危ないんだろう?」


 素朴だが重要な疑問について問いかけると、ロティは何やら得意げに鼻を鳴らし、


「そこはそれ、虚躯(フィジア)導祇(ロテューメテイア)という二重の無法の前では危険なんて無いも同然ということよ。元よりこの命湍(ヒューメナツィア)は、導祇(あたし)の力を利用して作られた物。多少強引に異物をねじ込むくらい造作も無いわ」


 などと見栄を切った。

 なんか随分大きく出たが……本当に大丈夫なんだろうな?


《なんでそんな不安そうな顔してるのよ。ほら、まずはその黒い床に立って》


 なんでと言われても。不安を拭えないまま、しぶしぶ言われた通りに黒く光る床に足を踏み入れる。

 柔らかい。非常に粘度の高い液体のような、それでいて沈んだ足を強く押し返す弾力のある、奇妙な感触。もっと固いものを想像していたため、思わずつんのめって転びそうになった。


《それじゃあ……あぁ、やっぱり寝てる方がいいわね。そのままそこに横になって……そう。じゃ、これからあなたの意識を一時的に凍結させるから》


 ……あ?


「いや待て、なんだ意識の凍結って!?」


 言われた通りに寝かせた体を思わず起こして突っ込む。


《生体を転送するための安全確保のためよ。通常ありえない方法だけど、虚躯(あなた)導祇(あたし)ならそれが可能。別にあなたからすればちょっと眠るだけみたいなものだから、気にせず……あら?》


 と、急に言葉を止めるロティ。


「……何?」

《誰か来るわ》


 そう声を落として言う。建物の入口、閉ざした扉の向こうから近づいてくる二人分の声。


「ここです。怪しい人影が忍び込んだような気がして……」

「む? 命湍(ヒューメナツィア)の倉ではないか。このような無意味な場所に侵入する賊などいるものか?」

「知りませんよ。入れるからとりあえず入ったんじゃないですか? ここ鍵も無いですし」


 男女二人のようだ。どうやら侵入を見られていたらしい。全然役に立たねぇなロティの索敵。

 この集積区で働いている人達だろうか。今からでも事情を説明すれば……いや、さすがにもう厳しいか。


《突入されたら面倒ね。急ぐわよ。早く寝て》


 急かすロティに頷き、俺は再度横になる。


《あなたは何も意識する必要は無いわ。そのまま昼寝でもするつもりで目を閉じておいて》


 声に従って目を閉じる。床の不思議な柔らかさが心地よく、本当にこのまま寝てしまいそうだ。

 ロティが命湍(ヒューメナツィア)とやらと俺の体に何かしら働きかけるのを感じる。全身が微かにむず痒い。


 表からは変わらず二人の話す声。まだ突入してくる様子は無さそうだ。

 今は他にできることも無いので、会話に耳を傾けてみる。


「この倉って、出入り口はこの扉だけですよね。ならこのまま鍵かけちゃえばよくないです?」

「錠など持っておらぬが。……ふむ、凍らせてしまうのも有りか。扉ごと」

「この気温でそんなことしたら中の人凍えません? というかそれ自在に解凍できるんですか?」

「一週間もすれば自然に溶けよう。本当にこの中に何者か潜んでいるのかは知らぬが」

「開けて確認するんですか? わたしは嫌ですよ。怖いし」

「私とて嫌だ。元はといえば貴様が――」


 そこまで聞いたところで、ぷつりと俺の意識は途切れた。

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