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聖臨異餐譚 ~台所でしか無双できないチート転生者の旅に暴食脳筋、病的迷子体質、常時酩酊者を添えて~  作者: 深酒佞
聖臨異餐譚 序 -記憶の始点-

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第7話 荷車旅の終わりと都合の良い装置

 翼輿(ピナートカーフ)の夜行便というのは、空いた夜道を急行しながら、主に荷物の運搬を行うものということだった。

 枯蓄鳥(ピナッタ)と呼ばれる巨大な鳥――えらくずんぐりした、鳥っぽい生物?――に荷台を牽かせ、積んだ荷物を街から街へ運ぶ。人を乗せるのはおまけのようなもので、荷台の隅に据え付けられた簡易な座席に辛うじて座れる程度だ。


 つまり、乗り心地はあまり良くない。


 乗る前、でっかい鳥に荷車が繋がれているのを見た時は、まさか飛ぶのか!?と興奮したものだったが……もちろん陸走だった上に、舗装されているとはいえ結構な振動が道から伝わってくる。

 ぶっちゃけちょっと嫌になってきていた。


 特にすることも無いので積まれた荷物や保存食の容器を眺めては内容を想像したり、景色を眺めたり眺めなかったり意味もなく荷台に横になってみて気付いたら眠ってたり、様々な暇潰し手段を考えることが暇潰しのようになっていた。


 乗車券には途中の宿の利用権も含まれていたらしく、昼前に入って休んで陽の落ちる頃には出発するような忙しなさではあったものの、揺れない地面と寝床を堪能できるその時間がちょっとした癒やしだった。


 ヴェシュさんとの会話はうまくやり過ごせた、と思う。

 街に停まっている間は大抵別行動で宿にいるか、積荷についての仕事をしているようだったので、そもそもあまり話す機会が無かっただけでもあるが。


 なおロティによる授業の続きであるが、結局、


《あー……っと、どこまで話したんだったかしら? そうそう、九年前にグライネロア……魔王城カルパーシェ・ディエンスのあった、旧魔領(ヴォフディアーテ)の首都的な街ね。あそこと当時統聖国(リウネア)領だったリュケオンの軍がいざこざを起こした結果、旧魔領(ヴォフディアーテ)による大規模な叛乱が発生したの。なんだかとんでもない勢いで統聖国(リウネア)領へ侵攻を始めた旧魔領(ヴォフディアーテ)軍は、瞬く間に大陸北部を制圧。大陸の九割を掌握していた統聖国(リウネア)の領地はおよそ半分、セラン・ウェーラー以南まで後退することになったのだけれど……》


 と、なんだか妙に面倒臭そうな早口で説明したと思うと、


《まぁそんなわけでとにかく、ここはまだ旧魔領(ヴォフディアーテ)の勢力圏内なわけ。だからあたし達は速やかに大陸南部、統聖国(リウネア)へ逃げ込む必要があるわけよ》


 明らかに雑に締めくくろうとしだした。


「い……いやいや、なんか急に適当になってないか?」


 二百年も前の歴史は饒舌に語っておいて、現状に繋がるような一番気になる部分を省かれるのはたまったもんじゃないんだけど。

 流石にもう少し詳細が欲しい、と要求したかったのだが、


《……ちょっと調べたいことができたの。近年の詳細はまたそのうち話すわ》

「……はい?」

《これからあたしは、あなたの内部の解析に力を割くから、しばらくの間会話は最低限になるわ。リュケオンに着いたら呼んで》


 などと言い残し、ロティはそのまま沈黙してしまった。

 何、解析って。

 ……というか九割支配してたところから半分って、統聖国(リウネア)いきなり逆転ボロ負けしてんじゃねぇか。何があった。


 まぁそんな流れで、俺はその後リュケオンに着くまでの数日、この世界に来て初めての、ロティ無しの一人の時間を過ごすことになったのだった。


 解放感と寂しさを同時に感じつつ、固い荷台に寝転がりながらどうにか元の世界の記憶を少しでも思い出せないか苦心してみるが敢え無く断念。

 今度乗る時があったら必ず本の一、二冊は用意しておこうと心に決め――ようとしたところで、ふと、コートの内ポケットに何やら紙束のようなものがあったことに気付く。


 取り出してみると、それは手書きの文書だった。手の平ほどの大きさの紙に細かく綴られた、数十枚分かそれ以上の、手紙のような束。

 気付かず下敷きにしていたためか、結構な皺が入っている。

 なんだろう、と広げて目を通してみると――。


「……小説?」


 としか判断できない内容のものだった。


 少なくとも、真っ当な文書の類ではない。風景や登場人物の心情の描写があり、会話がある。

 書かれている場所や人物が実在するのかそうでないのかは定かではないが、とにかく手書きの小説のような何かだ。


 これはまさかルゼルメイが俺の暇潰しのために用意したというのか? わざわざ手書きで? そんな馬鹿な。

 しかし、ならこれは一体何だというのか。

 詳細を確認する術は残念ながら今は無い。

 が、とにかく暇潰し手段に餓えていた俺にとって、この小説?はこの上無くありがたかった。

 もし読むとまずいものだったら今度会った時に謝ろう。機会があればだけど。

 心の中で感謝と言い訳を述べつつ、俺はその書を読みにかかる。


 もったいなさから少しずつ読み進めるようにし、それでもその日のうちには読破してしまい、仕方がないのでもう一度最初から読み直し、夜の間は明かりが無く読めないので記憶の中の細かな描写を考察し――、

 まさに穴が空くほど読み倒しているうちに、リュケオンは目前へと近づいていた。




「ありがとうございました、ヴェシュさん。お元気で」

「おう、達者でな。またルゼルメイに会いにきてやってくれよ、友達の嬢ちゃん」


 大きく手を振るヴェシュさんに頭を下げ、俺は翼輿(ピナートカーフ)を離れた。


 結局彼は、俺の素性どころか名前すら訊いてくることは無かった。

 興味が無い、というわけではないだろう。事情を察してくれたのか、ルゼルメイへの信頼の表れのようなものなのか。その辺りはわからないままだったが、とにかく俺としては助かったと言える。


 リュケオンには無事昼前に着いた。

 街全体を覆うような、巨大で堅牢そうな防壁が印象的な街だ。

 元々統聖国(リウネア)の最前線、敵地旧魔領(ヴォフディアーテ)の目の前だったということから、名残としてずっと残っているらしい。

 老朽化のため実際の防壁としての性能は既に大半が失われており、旧魔領(ヴォフディアーテ)軍の叛乱の際には特に役立たなかったそうだが。


 防壁に取り付けられた、壁の規模に対して随分と小さい門から街に入る。

 広がっていたのは、存外普通な町並み。

 壁の印象が強烈だったので内部もなんだか剣呑そうな想像をしていたのだが、立ち並ぶ家屋や店も行き交う人々も、至って平和そうな、ごく一般的な街だった。

 ……夜のグライネロアと道中の宿場町しか見てない俺が一般的な街の基準を知っているのかと言われると困るが、まぁ一般的そうな街だ。


 入口の門から少し奥へ歩いたところにある、何やら記念碑のようなものが建つ大きな広場。

 そこで一旦足を止め、俺はロティに声を掛けた。


「……で、リュケオンには着いたけど……これからどうすればいいんだ? 統聖国(リウネア)まで、ずっと乗り継いでいくのか?」


 まだ解析とやらをしているのか、ややあってからのロティの返事。


《……いえ、その方法だと時間がかかり過ぎるし、恐らくセラン・ウェーラーで足止めを食うか最悪抜けられないわ。そもそもお金も無いし。それより――》


 そういえばルゼルメイに貰った券があったから辛うじてここまで来れたんだったか。

 しかし、ならここからどうしろというのか。


《このリュケオンには、大陸南部、統聖国(リウネア)領のある街への直通の転移装置が存在するの。それを使うわ》

「……直通の、転移装置。」


 なんだそりゃ。随分都合のいいモノがあったもんだな。助かるけど。


《そう、アレを使えば確かに向こうへ直行できるけれど……あの子、それを知ってリュケオンへ来させたのかしら……? だとすると何故……?》


 何やらブツブツ言ってるロティ。独り言なんだろうが、全部俺に直通で聞こえてるのでやめて欲しい。


「えっと……ロティ? つまり俺はこれからどうすれば……」

《えっ、あぁごめんなさいフィーノ》


 おずおずと尋ねる俺の声で我に返ったらしいロティ。わざとらしい咳払いをひとつしてから、話し始めた。祇心(エシェ)に咳払いって必要なのか?


《あなたが目指すべきなのは、この街の南西部。集積区と呼ばれる、農作物や水産物を一時保管、加工する区域よ。転移装置はそこにある》


 作物の保管……? なんでそんなとこに装置が……。


「……いや、ロティ、まさかそれって……」

《そうね、それは元々収穫物を税として南部に送るためのもの。人を、というか生き物を転送させるものではないわ》

「何使わせっっ……ようとしてるんだよ……!」


 思わず声を荒らげそうになり咄嗟に抑える。周囲の様子を見て、俺が注目を集めてないことを確かめると、少し歩いて広場の隅の長椅子に腰掛けた。

 しかし、いや、生物用じゃないって言っちゃってんじゃねぇか。どういう仕組みのものか知らないが、既に不安すぎる。


《大丈夫、あなたのその虚躯(フィジア)は生き物とは認識されない……はず。分類としては装備品、道具みたいなものだから弾かれることは無い……と思うわ。……多分、理屈の上では》


 曖昧すぎて大丈夫感全く無いんだが本当に大丈夫か?

 この体が生物判定じゃないってのも正直信じ難いんだけど。


《何よその顔。統聖国(リウネア)へ行くならこの方法が最も早くて安全なんだから、やるしかないでしょう?》

「安全……か……?」

《安全よ。少なくとも、追手に怯えながらゆっくりセラン・ウェーラー方面へ大回りするよりはね》


 追手。そういえば確かに、ルゼルメイがそんな事を言ってた気がする。

 捕まるとどうなるのかは知らないが、少なくとも連れ戻されてここまでの旅路を台無しにされるくらいなら、危険を承知で転移装置を使う方がいいということか。


「ちなみにだけど、その転移装置とやら、追手には使われないのか?」

《それは本当に大丈夫よ。虚躯(フィジア)を持つあなただけが使える特例中の特例みたいな手段だから。魔族(ディアティーアン)といえど生き物には変わりない。装置に弾かれるか、仮に使えたとしても無事に向こうへ辿り着くことはできないわ》


 ……つまり俺も失敗すると無事では済まないってことな気がするんだが。

 溜め息一つ。


「まぁいいや、仕方無い。その装置の場所へ行こう」

《不満そうね。統聖国(リウネア)の技術の粋がそんなに信用ならない?》

「不安なんだよ。信用できる要素無かっただろ今の説明に」


 ぼやきながら、俺はロティの案内に従い広場を出て、リュケオン市街へ向かおうとした。

 そこでふと目に入る、看板に書かれた広場の名前。


 ――『ルトレウス慰霊公園』。

 どこかで聞いた名だと思って記憶を辿る。……そうだ、ルゼルメイの手紙にあった名前。俺に伝えないようにとヴェシュさんに念押ししていた名前だ。伝わっちゃったけど。


「ロティ、この……」


 と、ロティに尋ねようとして、思い留まる。

 ルゼルメイが敢えて俺に伏せようとした人物だ。興味本位で勝手に掘り下げるのは、こう……なんだか良くない気がする。

 重要な情報ならそのうち耳に入ることもあるだろう。それまでは触れないでいた方がいいかもしれない。


《何よ?》

「いや……なんでもない。行こう」


 首を振り、俺は公園を後にした。

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