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聖臨異餐譚 ~台所でしか無双できないチート転生者の旅に暴食脳筋、病的迷子体質、常時酩酊者を添えて~  作者: 深酒佞
聖臨異餐譚 序 -記憶の始点-

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第6話 御者ヴェシュとルゼルメイと、

「嬢ちゃん、あの子と仲良くしてやってくれな」

 初老の御者は、そう言って甘い植物のような香りの煙を口元から立ち上らせた。

 煙は宿の照明で白く映し出され、夜の林に靄を描いて散った。




 リュケオンへの路の途中で立ち寄った小さな宿場町。

 荷物の上げ下ろしついでに一時休憩を取る運びになり、特にすることも無い俺は、降りた荷台にもたれかかるようにして、辺りに広がる林が夜風になびくのを眺めていた。


 何せ金が無い。

 食事については翼輿(ピナートカーフ)備え付けの保存食を自由に食べていいことになっていたので困らなかったが、それだけだった。

 足元の寒さがどうにかならないかと、宿に併設された商店で厚手の長靴下を買おうとしたところで、金という存在が絶無なことに気付き、泣く泣く諦め店を出てきたのが先程の事だった。


「ルゼルメイさんからちょっと借りておけばよかったな……」

《……わたしが言うのもなんだけど、服と靴に加えてそれはなかなか厚かましさが過ぎるんじゃない?》

「冗談だよ。……半分弱は」

《割と多いわね本気分》


 そうしてロティとの益体もない会話で暇つぶしをしているところに声を掛けてきたのが、翼輿(ピナートカーフ)の御者である初老の男性だった。

 男性は、煙の出る奇妙な飴玉を咥えながら、「嬢ちゃん、あの子の友達なんだってな」という謎の問いかけをしてきた。


 どの子……? 友達? 俺に?

 返答に詰まる俺に、御者の男性は不思議そうに首を傾げる。


「ルゼルメイのお嬢だよ。大切な友人と、そう券の裏に書いてあったが……違うのかい?」

「券、の裏……?」


 そう言うと御者は、抱えた小さな鞄から少し折れ曲がった紙を取り出して見せた。

 乗車時にこの御者に渡した、一枚目の乗車券だ。

 受け取った時には裏面など気にしなかったが……御者から渡された券には確かに、そのような文が書かれていた。



『ヴェシュさんへ。この券を持って来る人は、私の大切な友人です。なるだけ急いで、かつ安全に確実に、リュケオンまで送り届けてください。またその間、話す機会があっても、ルトレウスの事についてだけは極力触れないようにしていただけるとありがたいです。――ルゼルメイ』



 急いで書いたような、荒い字だ。俺に渡す直前、何かごそごそしていたようだったがあの時だろうか。

 確かにそこに書かれた、大切な友人という文字。何気に難度の高そうな要求。そして、


「……ルトレウス……?」


 人の名前だろうか? 触れないように、と書かれているが、これは……。


「あっ……いけねぇ、見せちゃ駄目なヤツだったそれ」


 と、ヴェシュというらしい御者が慌てて俺の手から券を奪い取った。

 もう思いっきり見ちゃったけど……良かったのかこれ?

 戸惑う俺に、ヴェシュ氏は気まずそうに少し目を逸らした後、


「すまねぇ、ルトレウス坊について書いてた事は忘れてくれ」


 と吹っ切れたように笑って言った。

 忘れて欲しいなら改めて名前を挙げるのはやめてもらいたかったな! 余計気になって覚えちゃうから!

 ……などとは直接言えるはずもなく、


「いえ、大丈夫です。ちらりとしか読んでませんから」


 とこちらも愛想笑いを返しながら適当に誤魔化して返答するしかなかった。


「そうかい、ならいいんだがよ。……いやぁ、すまねぇな。あの子の友達ってんで、つい舞い上がっちまったらしい」


 そう笑顔で言うヴェシュさんの声には、どこか過去を懐かしむような響きが感じられた。

 ルゼルメイとはどういった関係なのだろうか。聞いてみたいところだが……。


《あまり掘り下げない方がいいわね、この話題。下手に突っ込むと、こちらとルゼルメイの関係について訊かれた時に困るわ》


 そう、ロティにも指摘された通り。ルゼルメイに関して何か訊かれても、何せわずかに会話した程度の関係だ。答えようがない。

 というか何をもってルゼルメイは俺を友人として紹介したのか。助かりはするが解せない。


 ……とにかく、これ以上突っ込まれないよう話題を変えた方がいいだろう。


「ほら、ルゼルメイってあんなだろ? ちゃんとした友達ができるのか心配だったんでなぁ」


 どんなだ。ていうか話題変えられねぇ。


「あー、そうですねぇ……」


 適当な相槌で流す。なんとかこちらに質問が来ないように、来てもうまく流せるよう気をつけなければ。


「ちょっと前から、仲間というか……なんだ、部下みたいなのはぽつぽつ増えてるようだがよ。友達ってぇのとは少し違うな。あんたは会ったかい? あの……ガラの悪い好青年みてぇな奴」

「なんですって?」


 しまった。気をつけようとした矢先、妙な形容の付いた質問が飛んできて思わず素で訊き返してしまった。


「あぁ、まだなんだな。まぁもし今度会うことがあっても安心しな。あの兄ちゃん、見た目の印象と目つきと口は悪いが中身はすげぇ真面目ないい奴だからよ」


 笑うヴェシュさん。聞いた内容からいい奴要素が想像できない。

 なんかルゼルメイの事よりその人物の方が気になってきたんだけど。


「そっ……そうなんですね。覚えておきます……」

「おう、圧にビビらねぇで普通に接すりゃいいぜ」


 なんだよ圧って。

 まぁ会う機会は無さそうだが、一応胸の隅に刻んでおこう。


 ふう、と一息ついて煙を吐くヴェシュさん。煙は緩やかな夜風に運ばれ、東の空――俺達が来た方へ流れて消えた。

 それを見送って、ヴェシュさんはぽつりと呟くように言う。


「嬢ちゃん、あの子と仲良くしてやってくれな」


 これまでの強気な話しぶりとは違う、独り言のような声。


「……ヴェシュさん?」


 呼びかけるが、返事は無い。

 煙だけを風にたなびかせて、しばし沈黙した後。


「……嬢ちゃんがいい奴そうで良かったよ。さぁ、そろそろ出発だ。戻るぜ」


 ひとしきり色々と喋ったヴェシュさんは、急に話を切り上げると、翼輿(ピナートカーフ)の御者台へと乗り込んでいった。

 いい奴なんて判断される要素あったかなぁ、今の会話に……まぁいいや。


 結局ルゼルメイに関してはわからないままだったが、こちらが怪しまれることも無かったようなので良しとしておこうか。

 ルトレウスという人物については……ロティに訊けば何かわかるかもしれないが、忘れてくれと言われているしなぁ。

 重要な話なら放っておいても勝手に喋りそうなものだし、触れないでおくか。


 荷代に乗り込むと、俺はヴェシュさんに合図を送る。

 翼輿(ピナートカーフ)が再び夜道を駆け出す。

 足先はやはり寒かった。

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