第5話 ロティの長い授業
「……結局、あのルゼルメイって人は何者だったんだ?」
夜道を往く翼輿の荷台に揺られながら、呟くようにロティに問いかける。
あそこは敵地のど真ん中だったんじゃないのか? 何故俺を助けてくれた? 魔族とは?
そもそもここは何処なのか? 俺はどうすればいいのか? 何故逃げる必要があったのか?
未だ何もわからないままだ。
リュケオンという街までは数日かかるという。今のうちに聞けることは全てロティに聞いておきたかった。
《そうね……どこから説明したものかしら》
しばし考え込むように沈黙したロティが、やがてぽつぽつと話しだす。
《この世界――この大陸には、祇心という、自然や概念の象徴、化身たるモノが数多存在する……というところから知らないのよね?》
頷く。
祇心という言葉は確かロティが最初に名乗った時に聞いた気がするが、その意味は知らないままだった。
《例えば物が燃える、発火するという現象は炎の祇心――炎祇の存在に依るもの。水という存在、雨や海の恵みは水祇の、朝の光は光祇、夜の闇は闇祇の存在により得られるもの、となっているの。……何か言いたげね。でも、そうなっている。この地は、そう出来ている》
なんだそれは、と思う。
俺の記憶によれば――いや、無いけどね記憶。……その、うすらぼんやりと残った常識とかそういう部分によれば、自然現象はそんな超常存在が起こすものではなかった、はずだ。
《あなたが首を傾げるのもわかるわ。でも、そこは置いておいて。そういうものだと認識して》
まぁ、この前提部分に突っ込んでも詮無い事だろう。
頷き、先を促す。
《よろしい。――で、この大陸各地には、祇心の力が色濃く顕現する箇所――界恵枝と呼ばれる、巨大な樹のようなものが点在するの。その周囲では、祇心の力による恩恵が強く得られる。炎祇の力を持つ界恵枝なら炎、熱の恩恵が。水祇の界恵枝なら水の流れ、美味しい飲み水や海産物なども含まれたりするわね》
なるほど、超常存在の力を効率よく手に入れられる地点があるわけだ。
《この地の人々は、主にこの界恵枝に寄り添うように生きてきた。界恵枝を中心に集まり、町を作り、恩恵にあずかって暮らしてきた》
それはそうだろう。良質な資源の湧く箇所に人が集まるのはごく自然な流れと思える。
《そして、奪いあった》
ん? なんか雲行きが急に怪しくなったぞ?
《界恵枝にも、祇心の数だけ種類があり、得られる恵みが異なる。闇祇の界恵枝に集まった者達が光祇や炎祇の力を求めるのは自然な流れだと思わない?》
それは――確かにそうかもしれない。寒い地に生まれた者は暖かい地を欲しがるということだろうか。
《それぞれの界恵枝を中心にやがて国となった人々は、更なる恩恵、発展を求めてお互いの国を、界恵枝を奪いあった。何十年も、何百年もね》
淡々と語るロティの感情は読めない。どこか憂いのようなものを感じるのは気のせいだろうか?
《まぁあたしは歴史の授業がしたいわけじゃないわ。細かい話は適当に省くとして……そうやって国々の争うこの地に突如として現れたのが、聖王という人物よ》
そう繋がるのか。しかし本当に突如出てきたな聖王。
《何処から来たのかは未だ明らかにされていないわ。およそ三百年前、聖王は、大陸最南端の国リウネアに現れ、そこを拠点として各国の争いを平定していった。北へ北へと勢力を広げ、百年ほどかけて大陸ほぼ全土を統一するに至ったわ》
そのために使ったのが、この体――虚躯というのだったか。何度見ても、人工物にも百年酷使したようにも見えないが。
《最後まで残ったのが、大陸北東の端に位置するロアーラという国。今は旧魔領と呼ばれることが多いわね。……魔族の住む地、わたし達が今いる此処よ》
「待って。その魔族っていうのは結局何なんだ?」
割り込むように訊く。聖王とやらと百年戦ったんだか、なんだったか。ロティがちらりと言っていた気がする。
《えっと、そうね……。祇心には、自然現象だけでなく、行為や概念を司るようなものも存在するの。戦だの愛だの。虚祇なんてのもいるわ。虚という名前の語源、源流ね》
あぁ、一応謂れはあったのか。で、なんの話これ?
《その中でも最大級の力を持つのが、界祇――時間、空間といった『世界』そのものに影響する、とんでもない奴よ》
なんだそりゃ。影響力の規模も凄そうだが、そんなものにまで祇心とやらが関わってるのかという驚きの方が大きい。
《基本的に界祇は世界を維持する機構みたいなもので、特定の誰かに恩恵を与えることは無いの。ただし魔族と呼ばれる一部の種族だけは、その力の行使の仕方を伝統的に知っていた。界祇を祀る界恵枝から、その力を引き出す手段を持っていた》
「……時間や空間を操る力を?」
《そう。……と言っても、それはあまりに便利であまりに危険な力。伝えられ、知ってはいたものの、実際に使用したことはなかったそうよ。むしろ、その手段を外部に漏らさないよう、魔族の内だけに封印していた、というのが正しいかしら》
まぁ確かに、そんな力が誰でも自由に使えたら大変なことにしかならないだろう。広めないのが道理だ。かといって失伝させるわけにもいかない。だから仲間内にだけ昔から伝えてきた、といったところか。
《……ただしある時、一部の魔族がその力を悪用しようとした。具体的な内容は不明だけれど、どうやら武力として、侵略戦争に使おうとしたらしいわ》
圧倒的で強大な力を持っていれば、振りかざしたくなることもあるかもしれない。いずれ起こり得た、ある種仕方無いこととも言える、のだろうか。
《ちょうどその時期に現れたのが聖王ね。聖王は暴走する魔族を止めるために何者かが遣わせた存在などとも言われている。北部で暴れる魔族と南から大陸を平定する聖王がぶつかって、ここから大陸全土を巻き込む百年の戦争になるわけだけど……何の話だったかしら? ……あぁそう、つまり魔族というのはそういう感じなわけよ》
急に雑な感じになったなおい。
まぁなんとか、強大な力で暴れようとして聖王に止められた存在らしいことはわかった、気がする。
「で、その戦争の結果は? 聖王側が勝ったんじゃないのか?」
《そうね……戦争の勝敗で言うなら、聖王側――南部大連合、統聖国の勝利ということになるわ。ただし、個人としては……聖王は、魔族の統率者――魔王と相討ちになった》
「相討ち……」
《その表現も正しいのかどうか。聖王は戦争の最後、魔王と共に何処かへ消えたの》
「消えた? って、まさか言葉通りいなくなったって事か……?」
《そう、ある日を境に忽然と姿を消したのよ。二人揃って。戦争の末期も末期、戦況としては統聖国が魔族軍を追い詰め、旧魔領陥落寸前といったところだったから両軍とも大混乱よ》
それは……そうだろうな。決着を目前に双方の指揮官が失踪って、どういう状況だ。
《密かに行われた一騎討ちでお互いの全身を消し飛ばすに至ったなんて噂話もあったけど実際のところは不明。一体二人に何があったのか、何処へ消えたのかは依然として判っていない……はずだった》
「だった?」
《今になってこうして、とんでもない所から聖王の体が見つかった。歴史的な発見……いえ、事件かもしれないわね》
あぁ、この体のことか。言われてみると確かに、失踪した聖王の体が、魔王城の地下から出てきたって、どういうことなんだろう?
《体の所在の意味は全くわからないけれど、こう順に考えてみると、あなたがこの世界へ送られた理由について一応の筋が通る推測はできるわね。即ち――》
「――魔族を止めるために……?」
《先代と同じようにね。争いを鎮めるために聖王が遣わされたなんていうのも、あながち与太話ではなかったのかもしれないわ》
……なんてこった。そんな重責聞いていない。というか記憶の無い身でどうしろと。
思わず頭を抱える。
――と、抱えた頭にふと浮かぶ疑問。
「……あれ、じゃあ今も魔族との戦争は続いている……? リウネア?とやらが勝ったんじゃなかったのか?」
《あぁ、そういえば結末と現状について話していなかったわね。えっと……》
少し考えをまとめる風に間を置くと、ロティは再び話し始めた。
《戦争そのものは、両国間の停戦協定によって終結したわ。お互いの、これ以上正常な戦闘が続けられないとの判断からね。停戦とは言ったものの失踪した二人が帰ってくることは無く、戦争は再開されなかった。そのまま旧魔領は実質的な統聖国の属国となり、およそ二百年が経過したわ。そして九年前――》
「独り言の多い嬢ちゃん、ここいらで一旦休憩だ」
と、調子良さげなロティの語りに棹さすように、しゃがれた声が飛び込んできた。
御者が、翼輿を減速させながらこちらへ声を掛けたようだった。
《ですって。授業の続きはまた今度にしましょう》
「やっぱり歴史の授業じゃないか……」
まぁ、ちょうどロティの長い話に頭が疲れて痛くなってきたところだった。
ありがたく休憩させてもらうとしよう。




