9 魔族の包み焼きと海鮮内陸仕立て
「貴方の探す聖標器、その一つ……渇尽牙は、セラン・ウェーラーと呼ばれる街の東方、沖合の離島に打ち捨てられている」
トープドールは、地面に横たわりながらそう口にした。
換身符の立て続けの使用による反動で動けないそうだ。
換身符の反動、即ち使用者の体力だか何だかの大幅な減衰は、トープドール自身も知らなかったようだが、かなりの長時間残り続けるものだったらしい。
……つまり、一回目の使用の影響が、さっきの戦闘時にはまだがっつり残ってたということになるんだが……。どうやらあれでまだ全力ではなかったようだ。恐ろしい。
まぁとにかくそういうわけで、今はミアムがどこからか持ってきて広げた大きな布の上に寝たまま喋っている。
勝負は、俺達の勝ちで終わった。
俺が最後に放った一撃は、確かにトープドールへの致命打たり得るものだったようだ。
振り下ろした抉界戟がトープドールを捉えた次の瞬間、換身符の発動により俺は弾き飛ばされ、ミアムの裁定により勝利判定が下された。
そしてトープドールはそのまま倒れ、しばらく起き上がってこなかった。
当たりどころが悪くて本当に死んだんじゃないかと焦ったが、単に換身符の反動の影響であることがミアムの診断により判明し、しばしトープドールの復帰を待って今に至る。
「セラン・ウェーラーの東……?」
トープドールの情報から地図を思い浮かべてみる。
セラン・ウェーラーから東へ向かうと、巨大な内海に出る。この旧ウダウルも面している、今すぐそこに見えているこの海だ。
そしてその沖合には、確かに大きな島があったように思う。
だがしかし、何故そんなところに聖標器が……? っていうか打ち捨てられてるって何だ。
そう首を捻っていると、こちらの疑問を察したように笑ってトープドールは続けた。
「あの島……『戦祇の左手』は、幾度とないセラン・ウェーラーを巡る戦いにおける重要拠点だった。私の時もそうだったし、後の時代でもあの島を押さえることが常に重要視されてきたようだ」
そうなのか……? 軍事にも歴史にも疎いのでどうにも想像つかないが、実際にそこで戦っていたトープドールが言うのならまぁそうなのだろう。
「恐らくはかつての聖王が、セラン・ウェーラー攻めの際にでも島に持ち込んだのだろうな。そして、経緯はわからないがそのまま投棄された」
「あの……さっきから投棄とか打ち捨てられてるとかって言い方をしてますけど、そんなに雑に放置されてるんですか聖標器。安置とかじゃなく」
なんなら封印されてるとかそういう方向性だと思っていたのだが。
トープドールの奇妙な言い回しについて尋ねてみると、彼は首を振り、
「いや、少なくとも安置とは言わないだろうな。ある部屋の床に無造作に転がっていた」
「転がって」
なんにせよ厳かな雰囲気とは程遠い状態らしい。
トープドールは何かを思い起こすように首を海の方へ傾ける。
「あの島に存在する巨大要塞……私の時代にはあれ程大きくなかったはずだが……その中の、ある一室だ。探してみるといい」
「随分ふわっとしてるね~。もっと詳しく教えないの?」
ミアムがトープドールを寝かせた布の隅に座って口を挟む。
「その方が面白……いや、いかんせん巨大で迷路のような要塞だからな。詳細を伝えるにも限度がある」
そう嘯くと、トープドールは「それより」とミアムに促すように言った。
「用は済んだ。そろそろ帰るとしようか」
そうだね、と頷くミアム。
……って、まだ立ち上がれもしなさそうなのにどう帰るつもりなんだ? と首を傾げていると。
「じゃあ頼む」
「は~い」
ミアムが、寝かせていた布でトープドールを包みだした。
「…………へ?」
いや何やってんの? と呆然と成り行きを眺める俺。
しばし後。
「では聖王殿、その仲間諸君。また会おう」
と、袋状に結ばれた布から首だけ覗かせ、トープドールは別れの挨拶を口にした。
取っ手のように括られた上部の結び目を持ち、ミアムも「じゃあね~」と手を振る。
その様子はまるで大量の買い物帰りのよう。
買い物袋に入っているのは成人男性だが。
「なっ……何ですかこれ魔族の包み焼きですかこれっ」
「いや焼きはしないと思うけど。で何これ」
「何かの術かなぁ。焼いて治療とかする系の」
「いえ焼きはしないと思いますけどっ! ……焼いて治療って何ですか!?」
遠巻きに様子を伺っていたアステル達もその異様な光景に驚き寄ってきた。
「持って帰るんだよ。焼かないよ」
困り顔で答えるミアム。……持って帰る?
「えっと……すみません、どういうことですか?」
「言葉通りだよ。持って帰るの」
「ミアム、それでは私がまるで荷物みたいではないか」
「みたいというか荷物だね〜、今のトープドール君は」
俺の問いかけに益体ないやり取りで返し、ミアムは包みを持つ手に力を込めると、
「――『統べる戒め、断つは我が身を焦がす虚。空へ解き放ち踏み均す』」
ふわりと。
包まれたトープドールごと、ミアムの全身が浮き上がった。
「……えぇっ!?」
ミアムの周囲だけ重力が消失したかのような、空中浮揚。
彼女らの方に向かって吹き込むような風は感じるが、とても人ひとり持ち上げられるような強さではない。
そんな術もあるのか、と驚き感心しながら、既に俺達の頭上を遥かに越えた高さまで浮き上がったミアム達を見上げていると。
《人体を自在に飛行させる術……? そんなものが発見、開発されてたっていうの……?》
ロティの心底意外そうな声が聞こえた。
「ロティも知らないような術なのか。……っていうかロティ結構知らない事あるよな」
《うるさいわね。北の方は基本的に私の勢力圏外なのよ。魔族の動向なんて視えるわけないでしょう》
そういうものなのか。まぁ確かにそこまで万能なら、向こうに先を越されることも一切なくなってるはずだしな。聖標器探しとか。
「じゃ改めて、またね~。今度会う時はきっと、本物の殺し合いになるけど」
「楽しみにしているぞ」
そう上空から言い残すと、風に運ばれるよう、二人は北西の空へふよふよと飛び去って行った。陽光に輝く髪をなびかせながら袋詰めで運ばれるトープドールの姿はなかなかに不気味だった。
あとに残ったのは、無人の街と俺達四人。潮風が変わらず肌を撫で続ける。
さて俺達も帰るか、と仲間に声を掛けようとしたところで、
「……ん?」
と、何か小さな引っ掛かりを覚えて再度空を見やる。
結構な速度で飛んでいるのか、ミアムの姿はもう既に豆粒ほどにしか見えなくなっていた。
空に浮く小さな人影。そんな様子を俺は最近どこかで……あぁ、魔族三人組の時だったか、見ていたように思う。
あれはミアムだったのだろうか。三人組はあの時ミアムに捕獲され、そのままローナペゼへ連行されたということか。
……今となってはどうでもいいことだが。
「フィーノ様?」
虚空を二度見する俺に不思議そうに声を掛けてくるアステル。
「……あ、いやなんでもないよ。俺達も帰ろうか」
適当にごまかし、俺は導輿へと向かう。
「聖標器回収に行くんじゃないの? セラン・ウェーラー沖ならここから近いんじゃない?」
「いや、問題の島について色々調べたり準備しないといけないしね。一旦はローナセラに帰ろう」
彼らがどのようにして侵入したのかは不明だが……要塞の立ち入りに許可が必要だったりしたら面倒だし、探索にどの程度時間がかかるかもわからない。これ以上旅の日程を引き伸ばすには用意が足りないという点もある。
あと単純に、ちょっと疲れた。帰って休みたい。
「まずはウダウル沿湾村まで戻ろう。ゆっくり夕飯にしたい」
ウダウル沿湾村は陸路と海路の流通が交差する地。魚介が有名だが、実はそれ以外にも様々な美味が集まるらしいのだ。
今から戻ればちょうどいい時間になっているだろう。宿を取って、色々と見て回りたい。
「そういえば昨日も今朝も、あんまり食事にこだわってられる雰囲気じゃなかったからねぇ」
なにせあの訳のわからない手紙に決闘だ何だと呼び出されて来たところだ。とても観光気分ではいられなかった。宿の海鮮料理は大変美味しくいただいたが。
「そういえば今朝の、なんかプリッとしたものと野菜のアレ、おいしかったですねぇ」
「軽く干した貝と葉野菜を貝出汁で炒めたって言ってたっけ。この辺りの朝食の定番らしい」
「あと、昨夜の炙り魚の薄切りだね。付け合せの木の実の不思議な刺激が魚と、甘めの発泡穀酒にまた合うんだ」
「思い出したらまた食べたくなってきた。アタシはまたあそこでも構わないよ」
「そうだな……いや、ウダウルといえば新鮮な魚介と内陸の肉料理の融合。他にももっと探してみよう。探したい」
「フィーノ君、もしかして結構詳しく調べて来てた? 目が輝いてるね、物凄く」
「仕方ないだろ、こんな事でもないと寄る機会が無さそうなところなんだから」
夕食談義に花を咲かせながら、導輿に乗り込む。
思えば、こうしてウダウルの料理を堪能できるのも、この地を指定したトープドールのおかげかもしれない。心の中でそれとなく礼を言っておく。
しかし、トープドール……、魔族……、……魔王か。
ついにここまで大事になったか、と小さく溜め息をつく。
ウダウル沿湾村へ向かいわずかに登る路面。
吹き下ろす少し冷えた風を受けながら、俺は、こちらへ来た時の事を思い出していた。




