8 改竄には抗えない
とにかく。この戦いに決着をつける、今がまたとない好機。
宣言通り、攻め落とさせてもらうとしよう。
俺は抉界戟を構え――、
「その目眩まし、存外厄介だな」
再度炎を起こそうとした俺に、トープドールが槍を向ける。
こっちを妨害に来るか。当然だな。――だが。
俺を止めに来るということは、ミュイユに背を向けるということ。
トープドールの背後からは、ミュイユが既に剣の投擲を放っている。
俺が向かってくる攻撃を防御または回避すれば、トープドールは背後から飛来する剣の直撃を受けることになる。
来るなら来い、と抉界戟を眼前に構えたまま相手の接近の予兆に目を凝らしていると。
くるりと反転し、トープドールは後方のミュイユに向かって超速で突進した。
「な――」
襲い来る剣を槍で弾き飛ばし、ミュイユに急接近する。
俺ではなくミュイユを先に排除しようとする、当然といえば当然の判断。
背面からの攻撃は読まれていた。この不意の突撃に恐らくミュイユの対応は間に合わない。速力で上回っているとはいえ俺も今からトープドールを追うには遅い。
だが。
「随祈っ、『聖歌・祝祀款』っ!!」
「祈り」の言葉と共に、その場で足元の地面に祝祀印を振り下ろすアステル。
穿たれた地面が淀んだ閃光を放ち、
「ぐぅッ!?」
まさにミュイユに槍を放とうとした瞬間、トープドールが虚空から背中を殴られたように――いや、まさしく虚空から背中を殴打され、地面に叩きつけられていた。
聖歌・祝祀款。
祝祀印によって対象に付与する刻印を介し、一度だけ遠隔攻撃を行う術。
いや、本来は祝祀印で焼印を付けた建材等に祇心の加護を施すための術らしいが、アステルはどういうわけかこれを非接触式暴力発生術として使用している。
最初にトープドールの背中に一撃を喰らわせた時に、同時に済ませておいた刻印。それを使い、咄嗟にトープドールの攻撃を妨害したのだ。
「素手ならともかくそんな尖ったものでミュイユちゃんには触れさせませんっ!!」
倒れたトープドールに向かい啖呵を放つアステル。
「素手で触れるのも別の問題ある気するけど。――随祈、『現焔鏡』、……」
アステルの言にどうでもいい指摘をこぼしつつ、足元のトープドールへ追い打ちを仕掛けようとするミュイユ。俺もこの機を逃すまいと駆け寄っている。
しかし。
「むぅ、危ないところだッ」
やはりと言うべきか、俺達の追撃より早く起き上がり飛び退くトープドール。二度目の直撃といえど、この程度ではちょっとした足止めにしかならないようだ。
ここで仕留められるかとも思ったが、結局あの手で行くしかなさそうだ。
あわよくばと構えていた抉界戟を、刺突ではなく術の仲介に切り替える。
「『立炎』ッ!」
飛び退いたトープドールが体勢を整えるまでのごく僅かな隙に、俺は先程中断させられた術を発動し炎の壁を形成する。
そして炎を目隠しに、トープドールへ近接攻撃を仕掛けるアステル。側方から投擲を放つミュイユ。
トープドール自身に厄介と評された連携だ。完全に対処されるまで執拗に狙わせてもらう。
前回同様に防御術で対抗すればゼオに無効化され隙を晒すだけ。回避行動を取るなら俺が追いついて刺す。
進退窮まったか、素直に防御することを選んだトープドール。アステルの振り降ろす祝祀印を、両手で支えた槍で受け流すように防御する。
致命傷には至らないと踏んだか、ミュイユの投擲への対処は捨てたようだ。曲刀、雀弓がトープドールを襲う。
直撃だけは避けるよううまく軸は逸らしていたようだ。雀弓は、トープドールの脇腹辺りを浅く裂いて飛び去った。
「ぐっ……!」
微かな呻き声。その口元はわずかに上がって見えた。
その心情を推し量る余裕は無い。このまま圧す。
「随祈――『現焔鏡』……鋼花ッ!!」
畳み掛けるように、既にトープドールに近接していたミュイユ。
頭上に掲げたその手に顕現させる、巨大で無骨な剣。
アステルの鎚を受けるのに手一杯でがら空きの後背部へ、その鉄塊のような大剣が中空から襲い掛かる。
刹那。
「げブぁっ!!」
トープドールに蹴り飛ばされ、珍妙な悲鳴を上げて吹き飛ぶアステル。
解放された槍で、背後から襲いかかる鋼花を受け止めた。
「うわ……やるじゃん」
「恐悦至極」
これでも崩れないか。――だが。
「やっぱり……邪魔だねぇ、それ」
ゼオの放った黒針が、鋼花を受けるため高く掲げたままのトープドールの槍に突き刺さる。
「随祈、『呪方・終止門』」
粉々に砕け散り、朽ち果て風化するが如く消滅する槍。
「何ッ……!?」
トープドールの目が見開かれる。
受け止めていた槍が消滅したことで支えを失った鋼花が、自重に耐えかね落下するように振り下ろされ――、
「ぬ、ぐゥっ……!!」
頭への直撃を避けようと首を捻るトープドール。その肩口に叩き付けられる鋼花。
腕を寸断こそしないものの、その身を守った鎧が大きくひび割れ、ミュイユの一撃の破壊力を物語る。
そして――、
「フィーノ君っ!」
ゼオに急かされるまでもなく、既に俺はトープドールに駆け寄っている。
武器を失い、防具を粉砕される程強く打ち据えられたトープドールに生まれた、かつてない隙。
そこに向かって放つ、抉界戟の刺突。
そして発動させる、
「『裁儀』――『定』ッッ!!」
能力の強制改竄。
――解析値(基礎値/⇒修正値/)――
接式干渉力:551/⇒ 117/・減算補正
接式抵抗力:503/⇒ 82/・減算補正
術式干渉力:623/⇒ 96/・減算補正
術式抵抗力:570/⇒ 1083/*加算補正
速力 :554/⇒ 38/・減算補正
精度 :497/⇒1882/*加算補正
計 :3298
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抉界戟を通して流し込んだ改変式がトープドールを襲う。
成立に手間こそかかるものの、一度発動した裁儀に抗う術は無い。
他者の改竄の際、副作用的に発生する猛烈な不快感に悶えるトープドール。
本来知覚できない能力値などという要素を外部から侵食されるのだ。その気持ち悪さは相当なもの、らしい。仲間達にはひどく嫌がられた。
この不快感自体はすぐ治まるものだが、それを見届けてやる必要も無い。
改竄は概ね想定通りに行われた。
厄介だった俊足と攻撃能力、耐久力は人並み以下まで低下。下げた数値分は、今となっては無意味な術耐性と精密性に全て振った。
効果時間およそ30秒程の間に限り、無双の武力を誇ったトープドールは、無駄に器用なだけの凡人に成り下がるのだ。
「勝負ありました。トープドールさん、あなたの勝ち目はもうありません」
……この下がりきった能力値かつ素手で30秒凌ぐような奇跡でも起こされない限りは。
「そのようだね。体が全く思うように動かない」
そう言って、なお笑うトープドール。諦めた素振りは見せず、ふらつきながらも拳を構えてみせる。
「これは、行動阻害の呪いの類かな? ……いや、聞くまい。来るがいい、聖王殿。抗ってみせよう」
俺は再度自身の能力値を書き換え、
――解析値(基礎値/⇒修正値/)――
接式干渉力:30/⇒ 500/*加算補正
接式抵抗力:200/⇒ 140/・減算補正
術式干渉力:90/⇒ 0/・減算補正
術式抵抗力:80/⇒ 0/・減算補正
速力 :600/⇒ 260/・減算補正
精度 :200/⇒ 300/*加算補正
計 :1200
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確実に彼を殺せる程度に攻撃力を大きく盛る。
そして抉界戟を高く掲げ――、
「俺達の勝ちです」
――振り降ろした。




