7 とにかく二回触ればいい
速力を三倍まで上昇させた俺は、アステル達の元へ瞬時に駆け戻る。
脚への負荷や風の抵抗が増えるわけでもなく、ただただ移動速度のみが速くなる奇妙な感覚。長い髪がゆるやかにたなびく。
高速で走るというよりも距離が三分の一に縮まるように錯覚する。
アステルとミュイユの連携による猛攻を平然と捌き続けるトープドール。二人の立て続けの攻撃を回避し受け流しきった直後の刹那、わずかな隙に向かって俺は左手の抉界戟を突き出す。
「むうッ!?」
歴戦の勘だろうか、俺の接近を視認できていたとは思えない状況だったにも関わらず、トープドールは驚異的な判断と瞬発力で俺の突きを回避した。
勢いのままトープドールの脇を走り抜けると、俺は転回し再度トープドールへ斬り掛かる。
左右の抉界戟による突きと斬りの連撃。二撃目の斬撃がトープドールを捉えかけたものの、わずかに及ばず槍で弾かれた。
結構な奇襲のつもりだったが……こうも容易く対応されるとは。反撃の槍を回避しつつ、俺は一旦距離を取りアステルに駆け寄った。
「あ、お帰りなさいフィーノ様っ」
「お帰り、聖王殿」
いやトープドールにまで迎えられる筋合いは……あるのだろうか?
「ちょっと聞いてくださいよフィーノ様ぁ!」
トープドールを指し、なんだか憤慨気味のアステル。
「この人さっきからずっとのらりくらりくるくるひらひら避けてばっかりで! イライラがもりもり積もって!」
「回避に徹されるとここまで当たんないんだね。あっちからはほとんど打ってこないし。不愉快」
気付けば隣に来ていたミュイユもどことなくむっとした様子でぼやく。
「いやぁ、すまない。手加減だとかそういったつもりは無かったのだが、どうしても聖王殿の合流を待ちたくてね」
槍を下ろし頭に手をやるトープドール。それは一般的に手加減というのではないだろうか。
「やはり貴方達四人が揃ってから戦いたいというのが私の……四人?」
と、何やら言いかけたところで首を傾げる。
「あの後方の青年は何をしているのだろうか?」
あぁ、ゼオのことか。確かに今のところ何もしていない。振り返って見ると案の定酒瓶を呷っていた。
「あー……っと、まぁ安心してください。ちゃんと彼にも役割がありますから」
「そうなのか。ならば良いのだが」
ひとまず納得してくれた、のだろうか。そりゃまぁ仲間が戦っている間後ろで酒飲んでる奴がいたら訝しまれても仕方ないが。
俺達に見られているのに気付き、「飲む?」とこちらへ酒瓶を差し向けるゼオに苦笑いで断る手振りをするトープドール。何勧めてんだ。
「……さて、と」
数歩退がると、下ろしていた槍を構え直し、トープドールは俺達四人を見回して言った。
「本番と行こうか」
俺も頷き、両手の抉界戟を構える。
「そうですね。余計なお喋りもここまでにしときましょう」
俺にも時間制限があるしな。急がせてもらおう。
「全力で仕留めさせてもらいます」
「望むところだ、聖王殿」
互いの視線が交錯し、戦いは動き出す。
改めて仕切り直しといった風情だったが、今度は先程のように出方を伺っての様子見はしない。一気呵成に叩きのめすつもりで攻めさせてもらう。
「アステル!」
「はいっ今度こそっ!」
祝祀印を振りかざし正面からトープドールに突撃するアステル。
わずかに遅れて俺は右側へ回り込むように移動。アステルを囮とし、トープドールの動きを誘う。
アステルの突撃を防御・回避するならその隙を俺が刺す。単純ながら割と効果的な仕掛けだが――、
「少し浅いな」
アステルを無視して脇を抜け、トープドールは俺の方へ突っ込んできた。
この程度の誘いにはさすがに掛からないか。
三倍速といえど側面から寄られると対応しづらくはある。トープドールが俺に向かって槍を繰り出そうとし、
「随祈――『顕鏡』、茫枝」
俺とトープドールの間に割り込むように出現する人型の影。
ミュイユの顕鏡によって生み出された影法師が、地面から飛び出した上半身で剣を振るった。
「むぅっ、これは……!」
トープドールも、何もない地面から敵が生えてくることは予測できなかったようだ。
槍を放とうとした体勢からとっさに防御姿勢は取れない。
刹那の思考、トープドールは体をわずかに傾け、辛うじて胸の鎧で影の放つ剣を受けた。
致命打には至らない。だが強引な防御で大きく体勢を崩したトープドール。その背後から、
「捉えっ……ましたっっ!!」
アステルが祝祀印を振り下ろした。
つんざく地響きに舞い上がる土煙。
冗談のように陥没した地面には――、
「がっ……はッ……!」
叩きつけられ呻くトープドールの姿があった。
「……やったか……?」
いや、やってないな。換身符が発動した様子も無ければミアムの裁定も無い。
背中に祝祀印の直撃を受けたにも関わらず、まだ決定打とはならないらしい。
だが、好機。倒れたトープドールに俺は左手の抉界戟を向け――、
「ふッ!!」
と、トープドールが跳ね起きその場を飛び退いた。
マジか。頑丈過ぎないかアイツ。
立ち上がったトープドールは軽く服の土埃を払うと、何事も無かったかのようにこちらに向かい槍を構えた。
「いやぁ、効いたよ。面白い戦いをするものだ」
効いてねぇだろ。見るからに。
軽口を叩いて笑ったトープドールは、
「しかしこの戦い方では少々分が悪いようだ。礼も兼ねて、私もひとつ技をお見せしよう」
そう言うと槍を、穂先を前方に高く持ち上げるように構え直した。
突きを放つための構えではなく、旗でも掲げるかのような。
そして低く唱え始める。
「――『紡ぐ光は一筋の刃となりて』」
その言葉と共に、槍が輝きを纏い始める。
これは、術の詠唱……?
《まずいわ……フィーノ、早く止め……いえ防いで!》
身構えていたところに響くロティの慌てた声。
「えっ……何? どういう……」
《いいから早く!!》
いつになく必死なロティに追い立てられるよう、俺はゼオに指示を飛ばす。
「ゼオ、防御を!」
「任せてー」
軽く答え、ゼオは俺達の足元に冥指を投げた。
地に刺さる四本の黒針。
トープドールはそれを一瞥しつつも詠唱を続け、
「『遍く闇を雪ぎ穿つ』――!」
眩く光を放つ槍を突き出した。
槍から放たれる閃光。
膨大な破壊の熱量を一本の柱の形に収束させたかのようなそれは、俺達四人はおろか街の通りを丸ごと飲み込む程の威容で襲い掛かり――、
「随祈、『呪方・溶堕門』」
――ゼオの『祈り』の言葉。足元に刺さった冥指が歪みを帯びる。
放たれた熱線が辺り一帯を空気の爆ぜる音と共に一直線に飲み込み、
「……ほう」
光の過ぎ去ったあとに立つ無傷の俺達の姿を見て、トープドールは意外そうな、嬉しそうな声を上げた。
冥指を介し、その周囲に祇心の力による外的干渉を遮断する防壁を張る呪方・溶堕門。
呪界・怨心首と違い局所的に展開するものになるが、空間ではなく壁として発現するため、内部の俺に悪影響が出ないのが嬉しいところだ。ゼオの体にも優しい。
それにしても、今の光線は……。
《……『光の矢』。かつて聖王軍に甚大な被害をもたらした、トープドールの超射程超威力攻撃よ。加減したのか本調子でないのか、当時と比べ随分弱いようだけれど》
そうなのか。抉れて焼け焦げた地面の様子から察するに、これでも十分すぎるくらいの破壊力みたいだけど。直撃したらどうなっていたというのか。
……と、驚いている場合ではない。この大技だ。放ったトープドールにも幾許かの消耗はあるはず。
防ぎきったこの機に速やかに反撃に転ずる――!
「『乱禍』――炎祇」
俺の持つ第二の『無法』。本来一人一つしか契約・行使できない祇心の力を、複数から選択し切り替えることができる能力。
行使対象を導祇から炎祇に変更、抉界戟を振りかざしトープドールに向かって炎を放つ。
「『立炎』!」
ごく初歩的な、炎を発生させるだけの術。
かなり強めに出力したため燃える壁とでも形容できそうな規模の炎が巻き起こったが、この程度でトープドールをどうにかできるとは思っていない。
これはあくまで目眩まし、炎幕として使う。
「行っきまぁーすーっ!!」
炎の壁を突っ切り、一直線にトープドールへ突撃するアステル。
祝福・砕突一点はまだ効いている。たかが炎では焦げもしない。
「喰っらっえーーいっ!!」
炎の中からの奇襲。恐らくは消耗も相まって、トープドールの反応が僅かに遅れる。
重ねて、ミュイユによる援護。
「随祈――『現月鏡』、雀弓」
炎を迂回するように投擲された曲刀が側面からトープドールを襲う。
そして俺は既に、逆側から回り込んでいる。
炎の壁を目隠しにした、これは先程の連携の発展版。というよりは先程のものがこの簡易版だろうか。
相手が防御・回避行動を取ればその隙を俺が刺す。こちらの行動の詳細は炎幕により視認しづらくなる。さっきのように敢えての前進でこちらの意表を突く打開策は使えない。さぁどう出る。
一度見せた手、次に受けた際の対応は既に考えてあったのだろう。トープドールは今度は一瞬すら逡巡せず既に動いていた。
槍の柄を地面に突き立て、唱える。
「――『紡ぐ光は渦巻く壁となりて、躙る歩みへ抗い拒む』――!」
足元から立ち昇る光の柱。
トープドールの全身を覆い隠すように屹立した光は、彼を周囲から隔てる壁となり――、
「ぶわっぷっ!!」
構わず突っ込んだアステルが、振り下ろした祝祀印ごと光に弾かれるようにして吹き飛んだ。
ミュイユの投げた曲刀も同様に弾かれ地面に転がる。
恐らくは全方位からの攻撃を防ぐ防壁を展開させる術。対多数の戦闘に備えたものを、俺達の連携への対策に使用したのだろう。
だが。
「――行けッ!!」
「行くよー」
炎に紛れてトープドールに接近する者がもう一人。
ゼオが炎幕を掻き消しながら、アステルを追うように走り寄っていた。
吹き飛び転がるアステルをうまく回避しつつトープドールに迫り、
「随祈、『呪方・溶堕門』。こういうこともできるよ」
光の柱に向かって放つ冥指。
黒の針に貫かれると、光は霧散し消滅した。
「何ッ……!?」
不意に防壁を失ったトープドール。その驚愕により生まれた一瞬の隙を、逃さない。
硬直するトープドールに俺は抉界戟を振るう。
「『裁儀』、――『解』ッ!!」
ついにトープドールを捉えた一撃。それと共に発動させる、他者を対象とした裁儀。
抉界戟による攻撃など威力はたかが知れている。だが、この一触により第一段階、《《解析》》の準備は整った。
解析完了まで約三秒。俺は一旦トープドールから距離を取る。
完全に入った一撃にしては随分軽いと不可解そうな表情を見せたトープドールだったが、すぐに槍を構えこちらへ向き直る。
何をしたのか訊きたそうではあったが……説明する理由も時間も無いし、放っとくとする。
俺が触れることで他人にも効果を適用できる裁儀だが、実戦で敵に直接触れる機会などまず無い。というかそんな状況になるなら普通に攻撃する方が早いだろう。
そこで都合が良いのがこの抉界戟。どうやら先端の槍や斧のように据え付けられた刃の部分が、裁儀において俺の体の一部として認識されるらしい。
つまり、直接触れずとも、握った抉界戟を接触さえさせてしまえば、他者に裁儀を発動させることができる。
この異様な軽さからしても、元々その用途で作られたものなのかもしれない。ロティに訊いた時は《まぁ……そんなところね》となんだか少し歯切れの悪い答えを返したが。
聖標器の一つにしてはかなり控えめな性能に思えるが、便利なので良しとしている。
――解析は完了した。
トープドールの身体能力が、六種の数値に変換されて頭の中に展開される。
―――解析値―――
接式干渉力:551
接式抵抗力:503
術式干渉力:623
術式抵抗力:570
速力 :554
精度 :497
計 :3298
―――――――――
いや高ッ!!
強いな全てにおいて!
俺が他の能力を犠牲に三倍まで盛ってやっと抜ける速力なのに、他も超高水準じゃねぇか。真っ当に戦って勝てる相手じゃなかったなやっぱり。
まぁいいや、とにかく解析は済んだ。あとは能力値を改竄するだけだ。
他者への裁儀には、『解析』と『適用』の二つの工程を踏む必要がある。
実際に数値を改竄するには、今一度トープドールに接触しなければならない。
改竄により能力値を弄ってしまえば、どんな戦士だろうと正常に戦えなくなる。
あと一撃、彼に加えることができればその時点で勝ったも同然なのだが――。
「……よし」
筋道は見えた。このまま畳み掛ける。
俺は、仲間達全員に聞こえるよう声を張り上げる。
「みんな、圧し潰すぞッ!!」
作戦開始の号令。
強敵との戦いを想定し、事前に練っておいた戦略を実行に移す時だ。
呼応する、仲間達の声。
「了ぉー解っ! ですっ!」
「ん、潰す」
「胸が躍るな」
「そうだねぇ。…………今の誰?」
……なんか四人分の返事が返ってきた気がするけど、気にしないでおこう。




