4 紅色の裁定者
そんな無茶な。この世界ではそういうのも有り得るのか?
《……そういえば確かにあの時……いやでもまさか……ということは他にも……》
なんだかロティがぶつぶつ言ってるが、耳に入らなかった。
混乱する俺に、トープドールが声を掛ける。
「君がその、脳内存在、にどういった話を聞いたのかはわからないが……先程のような問いが出てくるということは、我々の正体に気付いてくれたのだろう」
そこで区切り、海の方を見遣って続けた。
「――そう、私達は本来この時代の存在ではない。魔王により現代に甦った、過去の亡霊だ」
至って平易な口調。そこからは、込められた感情は推し量れない。
「まぁ厳密には甦りではなく、記録から再現された複製のようなもの、らしい。私自身に実感は無いが、自分がどのように死んだか――その記憶を持ったまま、若い時の姿でここに立っているということは、まぁつまりそういうことなのだろうな」
そう言って、こちらに向き直る。口元には微かな笑みがあった。
「とはいえ、だ。三百年後の世界の在り様に思うところは無いでもないが、そのような些事よりも、私は――聖王、貴方との戦いの続きがしたい」
その煌めく瞳の奥から覗かせているのは、純然たる闘志。あるいは狂気かもしれなかった。
ふ、と息を吐いて気付く。気圧されて、いつの間にか息を止めていたらしい。
俺は軽く首を振り、トープドールの燃えるような眼に真っ直ぐ視線を返す。
「……俺は、貴方の戦った聖王じゃない。同じ容姿なだけの別人です。それでもいいというなら、相手になりましょう」
俺の返答に、トープドールの瞳が輝きを増したように見えた。子供のような笑顔を浮かべ、トープドールは浮き立ちを抑えきれない声で「ありがとう」と短く答えた。
《いや待って、待ちなさいよ! フィーノ貴方、あたしが言った事本当に聞いていたの!?》
そこに慌てた様子で割り込むロティの声。
《あいつは当時、聖王とその精鋭の部下達が束になってかかってなお切り崩せなかった個人武力の化身みたいな奴よ? 甦りが彼にどんな影響を与えているかは知れないけれど、もし生前と変わらない力を保持したままなのだとしたら――貴方と仲間達の四人がかりでも、勝ち目は無いに等しいわ》
随分な早口でまくし立てるロティ。
無論、先程の説明は聞いていた。かつての聖王を幾度となく退けた、規格外の戦闘能力を持つ人物。
だが――。
「つまり、四人がかりなら勝ち目は皆無ではないって導祇は言ってるんだろう?」
《ばっ――! 馬ッ鹿じゃないの!?》
「それにその無敵のトープドールも最後には戦死してるんだ。不死身ってわけじゃあるまいし、決して倒すのが不可能な相手じゃないはずだ」
まぁ一度死んだはずのそのトープドールと今向かい合ってるんだけど。
《……。いえ、それは――》
「そう、その通りだ聖王殿」
ロティの言葉は、トープドールの弾んだ声に掻き消された。
……って、しまった。つい口に出してロティと会話してしまってた。
「確かにこうして一度甦った身ではあるが、無論不死身などではないし、殺されれば死ぬ。そうなればおよそ数十年は再度復活はできないだろうと魔王から聞いている。私にのみ適用される安全の保証などは無いということだ」
そう告げるトープドールの声は、それはそれは楽しそうだった。
「だからこその真剣勝負といえる。そして聖王殿、貴方には、仲間の方と四人でかかってくることを所望する。私は貴方達の全力が見たいのだ」
それは願ってもない申し出。
「ありがとうございます。俺は一人では貴方と戦えない。言われなければこちらから願い出るところでした」
「構わないさ。私とて一騎討ちがしたいわけではないからね。――あぁ、こちらは私一人だが」
頭を下げる俺にそう言って、トープドールは槍を持ち直した。……って、一人?
「あれ、そちらのミアムさんは……」
「ん? いや、彼女は……」
いつの間にやら離れて噴水の縁に腰掛けていたミアムに目を向ける。
俺達四人対トープドールとミアムの二人という構図になるものだと思っていたが、違うのか?
しばらく黙って遠巻きに遣り取りを聞いていた様子のミアムだったが、自身が話題に上がったことに気付き、こちらに手を振った。
「あたしはね~、そこのトープドール君がこうやって暴走するのを止める役として付いてきたんだよね」
そう言って立ち上がるミアムに、
「何っ、そうなのか?」
と意外そうな声を上げるトープドール。っていやなんでそっちが初耳みたいな反応してんだ。
「審判役と言っていたではないか」
「審判役だよ。勝負じゃなくて聖王ちゃんとの話し合いの」
そう言いながらこちらへ歩くと、俺とトープドールの間に割り込むように立ち止まった。
俺に向かって、制止するように指を立てて言う。
「も~、駄目だよ聖王ちゃん、そんなにトープドール君を喜ばせるようなことばかりしちゃ」
「喜ばせ……えっ?」
何にダメ出しされたんだ俺は。
「聖王ちゃんって思ったより血気盛んというか、好戦的なのかな? 熱くなっちゃったのかもしれないけど、こんな話にあっさり乗っちゃいけないと思うな~」
「いや、俺はただ聖標器の情報がどうしても必要で……」
「トープドール君もだよ」
俺の話は最後まで聞かず、今度はトープドールに指を突きつけるミアム。
「勝手に飛び出して南部まで聖王ちゃんに会いにくるだけならまだしも、……っていうかそれも結構問題だけど、生死をかけた戦いにまで誘うのは流石にまずいよね。特にあたし達の立場だと。あの子――魔王も困るんじゃないかな」
そう諭され、口をつぐむトープドール。
気付けば、腕組みでむすっとした表情のミアムの前に、叱られた子供みたいに黙って並ぶ俺とトープドールという状況に。なんだこれ。
助けを求めるように後方を振り返ると、頼れる俺の仲間達は、もう飽きたと言わんばかりに思い思いに寛いでいた。
導輿の乗り口に腰掛け、俺が作り置いてた糧食をかじりながら談笑するアステルとミュイユ。寝てるゼオ。
……いや悪かったよ。ずっと放置して俺だけ話してて。
「とはいえ、だよ。……聞いてる、聖王ちゃん?」
「えっ、あ、はいすみません聞いてます」
ミアムに呼びかけられ慌てて正面に向き直る。
よろしい、と頷き咳払いして言葉を続けるミアム。教師か。
「とはいえ、あたしとしても聖王ちゃんの戦いぶりを見たくないと言えば嘘になります。トープドール君の滾る戦意……は比較的どうでもいいとして、せっかく聖王ちゃんが乗り気になってるところを無下にするのも悪いので……」
「どうでもよくないぞ」
「悪いので、命に関わらない程度になら好きに戦ってもらって大丈夫ってことにします!」
トープドールの抗議の声を何事もなかったかのように流し、ミアムはそう宣言した。
……って、えぇ?
「む……それでは勝負というものが……」
不満そうなトープドールに、ミアムは淡々と答える。
「そうじゃないと、トープドール君が負けて死んだら聖標器の在り処を教える人がいなくなるからね~。聖王ちゃんが勝つ意味が無くなっちゃう」
「確かに。だがその時はミアム、君が伝えればいいのではないか?」
「あたしは知らないもん、場所」
「今のうちに君に伝えておこう」
「あたしが場所を聞いたら今から取りに行くだけだよ」
むぅ、と言葉に詰まるトープドール。……なんか全然連携取れてなくないかこの二人。




