3 過去からの刺客
「待てッ!!」
今にもトープドールに飛びかかろうとするアステルを、俺は制止した。
「フィーノ様、でも……」
「大丈夫、彼らに敵意は……あるかもしれないけど、少なくとも今ここでやり合おうというようには俺には思えない。武器を下ろして」
「…………はい」
しぶしぶと、構えた祝祀印を下ろすアステル。
「ゼオと姐さんも。大丈夫だから安心して」
「ん」
手にした金属片を腰の袋に仕舞うミュイユ。ゼオは既に槍から手を離し酒瓶を呷っていた。
ふぅ、と息を吐き肩をすくめるトープドール。
「いやぁ、ひやりとした。信じてくれたようで嬉しいよ、聖王殿」
そう冗談めかして言うトープドールに、俺は苦笑いで返す。
「信じたというか……俺達を襲うつもりなら、ミアムさんに姿を現させず奇襲させればいいわけですからね」
あ~確かに、とミアムが手を叩く。
「まだ他に伏兵を仕込んでるかもしれないよ?」
「いないでしょう?」
「いないさ」
即座に否定してみせる俺に首を振り笑うトープドール。
「何も仕掛けなどしない。我々はこの二人だけで来た」
そう宣言するトープドールだったが、改めて言われるまでもなく、この一帯に今見えている以外に人が存在しないことは知っていた。
単なる当て推量で言ったのではなく、周囲の生物反応を事前にロティに調査してもらっていたからだ。最近奇襲で酷い目にあったとこだし。
つまり信用どうこうでは全くない、むしろ寸前で一人の反応が遠ざかったことを無茶苦茶警戒していたのだが、なんだかいい感じに駆け引きした雰囲気になったしわざわざネタばらしすることもないだろう。このまま行こう。
……そういえばロティ、トープドールの手紙を受け取った辺りからどうにも様子がおかしい気がするけど、どうしたんだろうか。
何か言いたげな交信の雰囲気は感じるのだが、結局特に何を発言するでもない。この一週間ほどずっとそんな態度なのが気になって仕方ないのだが。
「さて、続けていいかな」
余計な方向に飛びかけた思考が、トープドールの声で引き戻される。
「あっ……すみません、お願いします」
慌てて謝り、先を促す。まだ一言しか聞いてないのに脱線しすぎた。
「先程も言った通り、我々は魔王に仕える者、君達が言うところの魔族であり、君達統聖国と敵対する者だ。我々の目的は聖王の撃破ないし無力化と統聖国の制圧。そう考えてもらっていい。ここまではいいかな?」
流れるように喋るトープドールに俺は頷いた。どうにも含みのある言い回しをするが、その辺りは今それ程重要な点ではないのだろうと聞き流す。
「とはいえ……知っての通り、去年の大遍心嘯以降、暗黙の了解的にお互い直接の武力衝突は避けてきた。なのだが、我々魔族も一枚岩とはいかなくてね。魔王の意向に背き、私的に刺客を統聖国に送り込み聖王を討とうと画策する勢力が現れたのだ」
災害当時、俺はまだこちらにはいなかったため当事者として関わってはいないが、ロティからおおよその話は聞いている。
災害からの復旧で消耗した国力が回復するまでは、お互い戦闘行為を控えよう。どちらからともなく、特に約定を交わすでもなく、そういった流れになったのだ。
だが、これを攻め入る好機と見た者もいるというわけか。
「この者達の詳細は解っていない。目下調査中であり、先日捕らえたあの三人組から詳しい話を聞き出すつもりでいる。……彼らはどうやら、この謎の勢力からの指示により、南部統聖国へと侵入したらしいのでな」
ここで一息つき、トープドールはこちらを真摯な目で見据えて――、
「私が謝罪したいというのは、この三人組についてなのだ」
そう言うと、地に膝をつき深々と頭を下げた。
……って、えぇっ!?
「我々の監理不十分だった。このような形で統聖国に、聖王殿に危害を加えるのは魔王の本意ではない。この度は誠に申し訳ないことをした。どうか許して欲しい」
「いや、ちょっ、そんな気にしないでください! 確かに襲われはしましたが作った料理が吹っ飛んだくらいで俺達は別に何も……」
「食事を台無しにしたと? それはなおもって申し訳ない。彼らには尋問ついでにしっかり言い聞かせておくのでどうか……」
余計なことを口走ってしまった。慌てて言い繕う。
「いやいやいやいいですから! というか既にお詫びのお金? みたいなのも受け取ってますので大丈夫ですから! 立って、顔を上げてください!」
すまない、と漏らし、ようやっとトープドールは立ち上がった。
なおあの時の大量の金貨は、未だ一切手を付けずに取ってある。本当に貰ってよいものか、結局答えが出なかったためだ。
そのことをミアムに話すと、
「律儀だね~聖王ちゃんは。何も気にすることないのに。というか使ってもらえないとアレ包んだ甲斐がないからむしろガンガン使い倒しちゃってね」
と笑っていた。
そうまで言われては仕方ない。ありがたく使わせてもらうことにしよう。
――それはそうと。
「そういえば、手紙には『謝罪と決闘』とありましたが……その、決闘というのは……?」
一旦話題を変えようと、俺は気になっていたことを尋ねてみる。
トープドールは、思い出したようにあぁ、と呟き、
「そう、それこそが今日の本題なのだが……」
噴水の残骸に立て掛けてあった槍を手に取りこちらへ突きつけて言った。
「統聖国の聖王。私と手合わせ願いたい」
口元には柔和な笑みを湛えているが、その口調と眼差しは、彼の言葉が冗談の類ではないことを明確に物語っていて。
――俺は、
「…………はい?」
思わず間抜けな反応を返してしまっていた。
いや仕方ないでしょ。どういう事? 決闘ってマジで果たし合い的なアレを俺としようって話なの? なんで?
「あの……俺なにかトープドールさんの気に障るような事でもしちゃってました……?」
恐る恐る訊いてみると、トープドールは首を振り、
「決闘というのは些か語弊があったかな。いや、ミアムが勝手にそう書いてしまったのだが……。比喩表現のようなものではなく、深い意味も無く、私はただ純粋に――貴方と真剣勝負がしたいのだ」
そう言うトープドールの表情からは、ただただ戦意の高揚を抑えきれない、興奮した子供のような感情が迸っていた。
このトープドールという男、耽美な外見の印象に反し、中身はどうやら一種の求道者――あるいは戦闘狂のようなものらしい。
とはいえ、別にその勝負に俺が付き合う理由は無いのだが……。
……と思っていると。
「私の勝手な誘いに付き合わせるのだ。無論、それなりの動機……見返りは用意させてもらっている。――聖標器の一つ。その在り処の情報だ」
その言葉に、思わず息を飲む。
聖標器。
かつて聖王――俺ではない、言わば先代にあたる人物――が、魔族討伐の折に使用した数多の武具の総称。
それぞれが常識では考えられない異様な性能を有しており、これを扱えば――扱うことができれば、ちょっとした都市程度なら一人で難なく消滅させられるほどの武力を手にすることができると言われている。
先の戦争において各地に散逸してしまったこれらを、可能な限り回収する。それが俺の目的の一つであり、既にいくつかは手元にある。俺が武器として使っている抉界戟もその一種だ。
手に入れれば手に入れるだけ圧倒的な力を得ることができる代物であるが故、魔王側も躍起になって捜索している。つまり統聖国との奪い合いの対象になっている、はずだったのだが……。
「それはこちらとしても勿論ありがたい話なんですが……その、いいんですか? 敵にそんな情報流して。というか、失礼ですけど……その情報が真実である保証は無いですよね」
これは当然の疑念。ただ戦いたいがために、自軍に致命的な不利となる要素を相手に明け渡す馬鹿はいないだろう。
そう考えての問い掛けだったのだが。
「いや~……馬鹿だからね~……トープドール君」
そんなミアムのぼやきを掻き消すように、トープドールは堂々と言い放った。
「物的保証はできないが、このトープドール・オイテウス・ザウルブランサの名に懸けて、真実であると誓おう」
うーん……知らない名前に誓われてもちょっと困るんだけど……有名なのだろうか?
仲間達の方を振り向いてみるが、誰もピンときていない様子。
「あれ……そんな名前、どこかで聞いた……読んだ……? ような……?」
と首を捻るアステル。
「いやアタシはそういうの疎いから」
「僕はそもそも学が無いからねぇ」
何一つ思い当たらない様子のミュイユとゼオ。
とりあえず、誰もが知る著名人というわけではなさそうだ。
……と思っていると。
《フィーノ……この勝負、やめておきなさい》
ロティが口を挟んできた。
なんか久々に喋った気がするが、怯えのようなものを感じる、掠れた声だ。
人前で、それも初対面の相手の前でロティと話してるところは見られたくないんだが……どうしたんだ。
先を促すつもりで沈黙していると、ロティは続けて話し出す。
《この名前に風貌、性格……信じられないけれど、やっぱり間違いないわ。この男は『エープウェラーの戦鬼』トープドール。……およそ三百年前、聖王の北部平定を単騎の武力で妨げ続けた化け物よ》
うん? 三百年前? 何を言ってるんだ?
《何言ってんだコイツ? みたいな反応しないでよ。あたしにもよく理解できないんだから。……そうね、フィーノ、ちょっと彼にこう質問してみなさい》
何がなんだかわからないが、ロティに伝えられたままトープドールに問い掛ける。
「あの……トープドールさん、ひとつお尋ねしたいのですが……、『貴方が聖王と戦うのは何度目ですか?』」
問われたトープドールは、少し驚いたような表情を見せた後、ニヤリと笑って答えた。
「あぁ、聖王との直接の戦いは、これまで四度。いま貴方が受けてくれれば五度目ということになるな」
なるほど。三百年前の、当時の――本来の聖王と四回対峙したと。
で、この質問に何の意味が……、
《あーーやっぱりぃぃ!! 本物だわこれぇ……!》
ロティが聞いたこともない素っ頓狂な声を上げた。
「うわびっくりした! どうした急に!?」
「えっ……どうしたのだ急に」
ロティの悲鳴に思わず反応してしまったため、トープドールを驚かせた。
「あっ、いえすみませんこれは……」
「フィーノ様は時々脳内存在とお話しているんです。お気になさらず」
すかさずアステルが割って入る。
って、助け舟を出してくれるのはありがたいんだけどなんだか誤解を招く表現じゃないかそれ。いや言ってることは何一つ間違ってはないんだけど。
「あー……そうなのか。それは……失礼した」
トープドールちょっと引いてる感じじゃねぇか。どうしてくれるんだこの空気。
とりあえず頭の中でロティに毒づいてみる。
当のロティは、ひとまず落ち着いた様子で言葉を続けた。
《聖王とトープドールの戦いは、歴史上では三度となっている。けれど実は、記録に残っていない四つ目の戦いが存在するの。これは関わった当人達以外には知り得ない。つまり……》
つまり、今目の前に立っているのは、四度の戦いを経験した本人。
約三百年前に聖王と戦った、トープドールという過去の人物そのものということになるわけか。
……いやどういうわけ? この容姿で三百歳超え? 壮健にも程があるだろ。
《トープドールの死亡は確認されているわ。聖臨二十年、第二次エープウェラー戦役において確実に戦死している》
認めたくない事実を反芻するよう一呼吸置き、ロティは言った。
《――甦ったということよ。過去に死んだ人物が。恐らくは、魔王の手によって》




