2 そういう趣味とかじゃないから
ウダウル沿湾村は、ローナセラとセラン・ウェーラーを結ぶ街道のおよそ中間地点。廻輿の定期便でローナセラから北西へ三日程の位置にある。
街道に点在する宿場町の一つで、大きな湾に面していることから漁村としても有名な地だ。
今回手紙で指定されたのは、このウダウル沿湾村から海沿いに東へ少し逸れた所にある廃村。輸送網の発達や交通との兼ね合いにより次第に放棄された、旧ウダウルと呼ばれる場所だった。
手紙を受け取ってから六日後。
ウダウル沿湾村に到着した俺達は、一旦そこで宿をとった。
そして翌日――指定の当日の朝、旧ウダウルへ向けて導輿を駆る。
およそ一時間の道のりの先。潮風で朽ち始めた町並みが見えてくる。
かつては栄えていたのであろう、無人の通りを導輿でゆっくりと進むと、やがて開けた空間に出る。
街の中央広場らしき場所。その中心には元々噴水か何かだったと思われる建造物がある。
その周囲を円形に囲む縁に腰掛けて、その男はいた。
「やぁ、待っていたよ」
流れるような長い金髪に、質実剛健といった様相ながら細部の細やかな意匠が美しい鎧。傍らに立て掛けた、鎧と同じ出自を思わせる造形の槍。
停めた導輿から降りた俺達に向かって立ち上がり微笑む、その男こそが。
「初めまして……ですよね。貴方が、トープドールさんですか」
警戒しつつ問いかける俺に、彼はわずかに意外そうな表情を見せた後、首肯する。
「……そうだね、お初にお目にかかる、聖王殿。来てくれて嬉し……」
と、言いかけたところでぎょっとしたように言葉に詰まるトープドール。
え……何? なんか俺の姿を見て固まったような反応なんだけど。
しばしの沈黙の後、我に返ったトープドールがなんだか気まずそうに言葉を続ける。
「あー……あのような手紙に呆れず来てくれて嬉しいよ、聖王殿。ところで、なのだが……」
こちらを見たり、目を逸らしたり。どうしたっていうんだ。
露骨に目を泳がせていたトープドールは、そのうち意を決したように俺に向き直り言った。
「……その格好は、若い女性として如何なものか、と思うのだが……」
何を言いにくそうにしているのかと思ったら、格好? 俺の?
「…………あ」
自身の体を見下ろして思い出す。
今の俺の服装は、目深に被ったフードに、それと一体化し服の上から全身を覆うマント。
ただし胸元だけが派手に露出し、大ぶりな胸の谷間が全開になっている。
なんなら脚も派手に出ている。スカートが意味を成しているのか疑わしいほど短い。
有り体に言って変態一歩手前である。一歩後かもしれない。
……なんか長らく誰からも突っ込まれなかったから忘れかけてた。いや、思えばちょっと前に共壇で指摘されてた気もするけど、色々余裕が無くて聴こえてなかった。こんなのが、どうも統聖国の聖王ですって名乗りながら出てきたらそら困惑するわ。
「いっ……! いや違うんですこれは別に露出趣味とかじゃなくて戦略上必要な、……いや変な意味じゃなくて真面目なというかなんというか、とにかくふざけてこんな格好してるわけじゃないんです信じて」
指摘されて急に湧き出した羞恥心から、思わず胸元を腕で隠しながら支離滅裂な言い訳を並べてしまう。
そもそもこれは俺の体ではないのだから、どれだけさらけ出そうと俺が恥ずかしがる必要は無い、はずなのだが……なんだろうな、改めて言われると、つい。
「失礼ですよドルなんとかさんって方っ!!」
と、導輿から降りてきたアステルがトープドールを指して非難の声を上げる。相手の名前を盛大に間違っているのも大概失礼ではないだろうか。
「フィーノ様はこのいやら煽情的な格好で無自覚無頓着な感じに色々開けっぴろげなところがむしろかわいいんです! 余計な口出ししないでくださいっ!」
飛んできたのは期待とは全く違う方向の擁護だった。
というかアステル、俺の格好そんな風に思ってたのか……。かわいい要素あるかそれ?
「そうだよ、せっかくこうやって眼福バラ撒いてくれてんだから堪能しときたいじゃん。うっかりフィーノが厚着志向になったらどうしてくれるの。ねぇゼオ」
「えっ……その会話僕が乗っかって大丈夫……?」
ミュイユとゼオも続いて降りてくる。ミュイユに振られた話に困惑するゼオ。そりゃそうだ。
「あぁ、その人達が聖王殿の……」
わらわらと現れた三人を見て、トープドールは得心がいったように頷いた。
そういえば手紙には俺の仲間についても触れられていた。存在を知ってはいたのだろうが、今初めて目の当たりにしたといったところか。
「あ、すみません仲間達が勝手なことを……。一旦控えておいてもらってたんですが」
慌てて言い繕う俺に、制止するように片手を上げ微笑むトープドール。
「いや、気にしないでもらいたい。私も初対面で随分失礼なことを言ってしまった」
そう言って頭を下げた。
いえそんなこちらこそ、とつられて頭を下げ返そうとしたところで、トープドールが続けて言う。
「服装の趣味嗜好に対して他人が口を挟むものではなかったね。申し訳無い」
……肝心なことが伝わってないようだが。
下げかけた頭を戻し、そもそもの疑問について尋ねることにする。
「えっと……トープドールさん、今日はどういった……」
「おっと、すまない。まだ何も説明していなかったね」
トープドールは顔を上げると、ゆっくりと話し始めた。
「例の手紙にも記してあったとは思うが、今回の用件というのは」
「あ~! 聖王ちゃんもう来てる!」
そこに割り込んでくる甲高い声。
トープドールの後方、さびれた町並みの向こうから駆け足気味に寄ってくる人影があった。
左右に括った明るい赤髪が歩調と共に跳ねる。
その少女はトープドールの隣で立ち止まると、何やら不満げに彼に話しかける。
「も~、呼んでよね。挨拶しそびれちゃうところだったよ」
「もう来る時分だというのに君が勝手に席を外したんじゃないか」
「ここ何も無くて暇なんだもん。ちょっと探検くらいしたくなっちゃっても仕方ないよ」
立てた人差し指をくるくる回しながら拗ねたように言うと、今度は俺に向かって笑顔で手を振った。
「初めまして! やっと会えたね~、聖王ちゃん。なんかすごい格好してるね。寒くない?」
またしても。確かに風通しは無闇に良いが、もう服装については放っといて欲しい。
曖昧に笑って聞き流すと、少女は続けて言う。
「あたしの手紙、受け取ってくれたんだね~。ちゃんと届いてて良かった。どうだった?」
どうって……何が? 手紙?
「……あぁ」
以前ローナペゼの共壇に金貨と共に残されていたもの。
先週ローナセラに届いたもの。
あの二通の珍妙な手紙をしたためたのが、この人物――、
「おっと、自己紹介が先かな。ミアムです。よろしくね!」
そう名乗り、どこか悪戯そうな笑みを浮かべるこの少女のようだった。
「あ、初めまして。フィーノです。聖王って呼ばれてます」
こちらも軽く名乗り、例の手紙について尋ねることにする。
あの三人組は何者だったのか。
彼らはどうなったのか。
この少女――いや、少女達の正体は。
その辺りを明らかにしておきたかった。
「あの……前にローナペゼで頂いた手紙と、金貨のことなんですが……」
そう切り出すと少女、ミアムは少し困ったような顔になり、
「それなんだけどね~、今回あたし達が聖王ちゃんを呼び出した理由も、その辺に関わってる話なんだよね~」
と、少し下がってトープドールの肩を叩いた。
「なので、このトープドール君にまとめて説明してもらおうと思います。じゃよろしくね」
「そこで私に丸投げするのか君は……。いや、いいとも。任せたまえ」
少し心外そうな様子を見せたトープドールだったが、軽く首を振ると、ミアムと入れ替わるように一歩前へ出る。
「さて、まずはどこから話したものか……そうだな」
そして、語った。
「我々は、魔王に仕える者だ」
彼らの素性について。




