5 変なの退場
どう足掻いても術の起動はできない。しばらく色々と抗った後そう気付いたサイザ達は、次の行動に出ようとしていた。
「考えてみれば……相手はあのひょろそうな青年一人ではないか。術が使えぬのは奴らとて同じであろう。ならば……」
と、何やら思考していたサイザが、暇そうに空を見上げていたシュベーネを指して言う。
「ただ力で殴ればよいだけではないか。行くがよいシュベーネよ。貴様のその剣は飾りか?」
「そうだ。私はこの剣に見合うだけの術技は未だ持ち合わせていない。むしろ私がこの剣の飾りだ」
「むぅ」
即答され言葉に詰まるサイザ。
「……いや、しかし我々の中では貴様が最も近接戦闘に長けているのは事実。私とメミナも後方から石とかで援護する故、貴様は直接ヤツを叩くのだ」
「雪代鍋」
「うん?」
「次は辛い版も食べたい」
「わかったわかった、奴らを仕留めた暁にはいくらでも食わせてやろうではないか。だから行け、早く」
「承った」
なんだか無駄な問答の後、シュベーネが剣を構えてゼオに向かい駆け出した。
これまで特に動きを見せなかった彼女が、いかに仕掛けてくるのか。
華美な鞘から抜き放たれたのは、裏腹にも簡素な刀身。しかしその煌きの奥には、得も言われぬ妖気が感じられる。
低い姿勢から横薙ぎに振るわれた剣がゼオに襲いかかり――、
「随祈、『呪方・終止門』」
ゼオに到達することなく、その剣は朽ち果てたかのように粉々に砕け散った。
「…………えぇ?」
剣を握っていたはずの手とゼオを交互に見比べるシュベーネ。その掌から、わずかに残っていた剣の柄の残骸がこぼれ落ち、風に乗って消えた。
「大事なものだったらごめんね」
そう言って微笑むゼオの手には、漆黒に輝く針状の物体。
針と呼ぶには大ぶりな、漆黒の串とでも呼ぶべきその武器が、気付けば数本握られていた。
呪方・終止門。
専用の媒体である大針「冥指」を介して発生させる、対象の破壊に特化した術。
冥指による刺突を受けた箇所を対象の弱点として強引に再定義。その後、弱点を破壊する術を流し込むことにより問答無用に対象を粉砕する防御不能の複合術――らしい。
シュベーネの剣は、振るわれるより前に冥指の投擲を受け、呪方・終止門で破壊されたのだろう。
敵の前で突如丸腰にされたシュベーネは、状況が飲み込めずしばし硬直していたものの、危機と判断してゼオの前から飛び退いた。
「私の剣が……割といい値段したのに……!」
あ、普通に市販品なんだ。あんなに曰くありげな雰囲気出してたのに。
距離を取ったはいいものの進退窮まり立ち尽くすシュベーネに、ゼオは冥指の束を手の中で広げるようにして言う。
「そういう感じだから、できればこのままおとなしく捕まってくれないかなぁ。僕の鬱憤晴らしも済んだし。……これ、人に対して使うとどうなるかわからないんだよねぇ。あんまり考えたくもない」
右手の冥指を見下ろしながらそうぼやくゼオ。左手の先には、地面に突き立てられたまま封印領域を展開させ続ける槍。
その様子に、後方で石を構えていたサイザから慌てた指摘が飛び込んでくる。本当に投石で援護する気だったのか。
「いやいやいや待て待て、おかしいではないかッ!?」
「うん?」
槍から離した手で酒瓶を取り出し呷るゼオに結構な剣幕で突っ込むサイザ。
「あぁこれ? いやぁ、僕にも事情があってねぇ。飲んでないとやっていけないんだよね、本当に」
「飲酒についてではないわッ! いやそれも大概おかしいがそうではなく!」
なんというか、律儀な奴だな、サイザ。交戦中に酒を飲み出されたらそりゃ突っ込みたくなるのはわかるけど。
……と思ったが、主題はそこではないらしい。サイザが指差すのは、ゼオの隣に立つ槍、夜姫唄。
「理屈は解らぬが、その槍周囲の空間では一切の術が使えなくなるのであろう!? 貴様の仲間達の様子からも明らかだ! ならば貴様が今シュベーネの剣を破壊した術は何故使えた? 筋が通らぬではないか!」
至極ごもっともな指摘と共に、手に持っていた石をゼオに投げつけるサイザ。飛距離は全く足りず、ゼオの遥か向こうで虚しく地面に転がった。
転がる石を見届けたあと、ゼオはなんでもないことのように回答する。
「何故というか……一切の術、っていうのがまず誤解かなぁ。これは、死祇以外の全ての祇心の力を無効化する、って空間なんだよね」
「…………はぁ?」
まるで想像外の答えに理解が追いつかない様子のサイザ。
そう、呪界・怨心首に無効化される術には例外がある。
死祇の力で満たされた空間を展開するものであるが故、『死祇を除く』あらゆる祇心の干渉が弾かれる。呪方・終止門は死祇の力を行使するものなので無効化されることはない。
つまり、ゼオと同様に死祇に依る術を使えば対等に戦うことが可能ではあるのだが――、
「死祇、だと……? そんな祇心、私の知る限り、これまでに扱えた例などたったの……一件…………しか…………」
自身の言葉が意味するところに気付いたのか、サイザの声が震えながら尻すぼみに縮まっていく。
「そうだねぇ、僕も一人しか知らないかなぁ」
飄々とそう嘯き、ゼオは冥指をサイザに突きつけてみせる。
「――さて、どうする? まだ何か抵抗を考えてみるかな? 僕にはちょっと思いつかないけど」
ぐぬ、と歯噛みしつつも、まだ何か対抗策を捻り出そうと思考するサイザに、腕組みして首を傾げていたシュベーネが問いかける。
「死祇……とは何なのだ?」
「うん? なんだ、知らんのか」
意外な質問に、思索を止めて律儀に解説を始めるサイザ。
「まぁ地域や文化圏によっては死祇が信仰の対象外ということもあるらしいしな……。 死祇は、死という概念や現象そのものを司る祇心の名だ。その強大すぎる性質を完全に制御し、医療や戦闘に転用できた場合の恩恵は計り知れぬ。かつて数多の人間がこの行使のため制御を試みたのだがことごとく失敗、噂によればとある研究所で一度だけ――」
「待て」
サイザの丁寧な説明の腰を折るようにシュベーネが割り込んで問い掛け、
「祇心とはそもそも何だ」
「は?」
「へっ?」
「えぇ……?」
「……えー……?」
焚砕麦に夢中で何も聞いていなかったアステルとミュイユ以外の全員の絶句がこの場を支配した。
――しばしの後。
「……いや祇心自体を知らない!? って言いました!?」
真っ先に気まずい沈黙を破ったのはメミナだった。
シュベーネの組んだ腕に縋り付くように問い詰める。
「知らないってどういうことですか!? これまでどうやって戦って、というか生きてきたんですかっ!?」
「有名なのか?」
「有名もクソもっ! 常識とか一般教養とかそんな範疇のっ!」
信じられない、とかぶりを振るメミナ。隣ではサイザが未だ絶句している。
ゼオも困ったように手元の冥指を弄んでいたが、ふと俺の方を振り返った。
どうしようこれ、と意見を求めるような表情だったが、導輿に寝そべる俺とその背後で何やら食事を貪るアステルとミュイユという光景に苦笑し、そっと目を逸らした。逸らしやがった。
……しかしまぁ、この地に住んでいて祇心を知らない、となるとああいった反応になるのも無理はないのだろうか。
俺もちょっと前まで同じような状態だったわけだし、というか今でもそれ程詳しく理解しているわけではないし、身につまされるようにも感じるところはある。シュベーネは現地の人間だけど。
「あー……その、なんだ。祇心とはこの世の万物万象、自然現象や創造物などあらゆるものに宿るとされる存在でな……」
どうやら正気を取り戻したらしいサイザがシュベーネに祇心の解説をしようとしている。律儀か。
「滓花を介することで一時的にその力を……いや面倒臭いわッ! 授業でやるがいいこんな話ッ!!」
あ、投げた。かのサイザ氏にも限界があったか。
「とにかくだ、そこのゼオとかいうもっさり酒飲み男が展開させたこのだだっ広い空間内では、我々は無力化される! 攻撃行動が可能なのは奴だけ! そういうことだッ!」
「なんだと、それでは無敵ではないか」
「だから困っておるのだ! さっきからッ!」
やっとこさ状況を理解したらしいシュベーネに、ひどく疲れた様子のサイザ。
まぁ厳密には無敵ではないというか、ある致命的な欠点が存在しているんだけど、わざわざ教えるようなことでもないし黙っておく。
肩で息をするサイザ、しゃがみ込んで頭を抱えるメミナの前で、シュベーネは何か考え込むような素振りを見せると、ぽつりと言う。
「ならば戦っても無駄だな」
その呟きにサイザは「うん?」とシュベーネを見、メミナと顔を見合わせ、視線で何やら無言のやり取りをし、
「……サイザさん」
「うむ。……逃げるぞッ!!」
頷き合ったかと思うと背を向けて脱兎の如く駆け出した。
「おぉっ?」
あまりの転身の早さに面食らったゼオは、逃げる三人の背に向かって慌てて冥指を構えるが、首を振って腕を下ろした。
確かに、この術では逃走は防げない。
射程外まで逃げられたと諦めたか、あるいは――。
「『聖王』よ、今日のところはこれで見逃してやろうぞッ! だが忘れぬことだ! 私達は……常…………貴様………………覚……………………!」
土煙に紛れてサイザがなんだか捨て台詞のようなものを残していったようだが、途中からよく聞こえなかった。
あとに一人残されたゼオは、遠ざかる三人組を見遣りながら肩を竦め、
「いやー……ごめんねぇフィーノ君、ちょっと……調子に乗り過ぎた……かも……」
そのままばたりと地面に倒れた。
同時に周囲を覆っていた呪界・怨心首の結界は砕け散るように消え去り、俺の体にも自由が戻る。
「ゼオっ!!」
俺は倒れ伏したゼオに駆け寄る。
その時――明瞭になった空の向こう、三人組が逃げていったローナペゼ方面への街道の上空に、人影のようなものを見た、気がした。
鳥の類ではない、空から舞い降りる、人の姿。
その正体を俺は程なく知ることになる。




