3 なんか変なのが来た
「フぅあっはっはーーー!!! いかがだったかな私の挨拶代わりの一撃はッ!!」
耳障りな高笑いが、すぐそばの岩場から飛び込んできた。
目を遣ると、そこには冒険者めいた格好の男女三人組の姿。
「この一撃で仕留めるつもりであったが無傷で耐えるとは意外なり、見事であるぞ『聖王』! だがそれも想定内、次こそは我が堂々たる奇襲によって討ち取ってみせようぞッ!」
切り立った岩場の上からなんだか珍妙な言葉遣いの口上を降り注がせる若い男。目の上で綺麗に切り揃えた髪と、こちらへ突きつけた、妙にゴテゴテした装飾の杖らしきものが印象的だ。
「その言い方は正しくないな、サイザ殿。一撃ではなく十数回の乱打だった」
その男の斜め後方に立つ長身、長髪の女。華美な意匠の剣を杖のように地に刺している。
「……いや、シュベーネさん……突っ込むのそこじゃない気がします……」
さらにそのすぐ後ろに、術士然とした外套の小柄な女。肩程の長さの癖毛が目立つ。
「うむ、メミナよもっと言ってやるがよい! 我が圧倒的威力の蹂躙制圧の前では一も十も百も同じ事となっ!」
「いえサイザさん、数字は別にどうでも良くて……完全に殺る気満々だった奇襲に挨拶代わりも想定内もクソも……」
「戦は常に臨機応変が肝要であるが故ッ! 想定外の事象が発生する可能性も想定していた為全ては想定内である!」
「だが意外ではあったな」
「然りッ!」
「……すみません帰っていいですか……?」
「急に意外な申し出をするでない! ここで解散しては困るであろう、私が!」
……えー……っと、何あれ。
突如現れたかと思うと俺達に目もくれずやいのやいの言い合っている三人組。
察するに、先程の氷柱攻撃は彼らが俺達に仕掛けたものだと思われるのだが、攻撃の殺意の高さに対して彼らの緊張感の無さは一体どう捉えたらいいものか。
彼らの様子を遠目に眺めながら思案していたその時、
《魔族ね、あの子たち》
唐突に頭の中に響く声。
「うあっ!? ロティ、急に出てこないで欲しいんだけどっ?」
《仕方ないでしょうそこは、声しか送れないんだから。それとも呼び出し音を鳴らす仕様でも考えた方がいいかしら?》
「是非お願いしたいな。……ってそれより今、魔族って……?」
《そうよ。気づかなかった?》
何でもない事のように言うロティだったが、魔族と言っても外見は俺達と全く変わらない。何の情報も無く気付けという方が無理な話だ。
しかし――三人組の、魔族? どこかで聞いたような話だが、まさか――。
「依頼の、捜索対象……?」
思わず声が漏れて出る。
昨日受諾した、三人組の捜索依頼。彼らがその当人ではないのか。
確かに、ローナペゼ周辺で目撃されるという話ではあった。だが、ローナペゼを目前に、まさか向こうから現れるとは。
しかし人違いということもあるまい。思えば、依頼書付属の資料に書かれていた特徴とも一致している。
つまり。俺達は今、何故か自ら姿を現した捜索対象に襲撃されている。
捜す手間は省けたというものだが、それにしてもどういった状況なのか。
彼らの目的は何なのか。
――グチャグチャに砕け散った俺達の昼食はどうしてくれるのか。
今になって怒りと悲しみが湧いてきた。あの地湖鱸、結構高かったのに。仕込みとか大変だったのに。というか腹減った。なんでもいいから先に食事をとらせて欲しい。まだ食材残ってたっけ。そういや導輿はちょっと傷ついた程度なのか。えらい頑丈だな。
色々思索していると、背後から、
「……フィーノ、様ァ」
怨念と殺意を迸らせるような声がした。
「うおぁっ! な……アステルっ……!?」
驚いて振り向くと、表情の無くなったアステルの姿。
「やりましょう」
「……えっ?」
「奴らを」
待って。怖いんだけど。何やんの。無表情で怨霊みたいな声出すのやめて。
「おさかなの弔いを。ごはんを愚弄する者への罰を。私の空っぽなお腹から湧き立つ怒りの発散を。正義の為の戦いを始めましょう」
私怨じゃねぇか。いや頭に来てるのは俺も同じだけども。
「フィーノぉ……魚ぁ……」
どこか低い位置から声がすると思ったら、なんか駄目な感じになったミュイユがアステルの脚にしがみついて呆然と呻いていた。
「ミュイユちゃんもこう言ってます。速やかに正義の執行をお願いします。というかむしろ行きます。私が。弔い合戦です」
「魚ぁとしか言ってないようだけど」
あと弔い弔いって、魚は昨日時点でもう死んでるから。
「先陣は私達が。おさかなの無念を無慈悲なる鉄槌へ。行きましょうミュイユちゃん」
「ぁぅぁぅぁぅごはんんぅ」
祝祀印を掲げ、ミュイユを引き摺りながら、相変わらずこちらを無視して岩場でごちゃごちゃ言い合っている三人組に向かって歩き出すアステル。
それを、
「僕に任せてもらえないかな」
ゼオが制止した。
「ゼオさん……?」
「悔しくてさ。僕には止められたはずなんだ。僕が防御対象の判断を誤ったからこうなってしまった」
足を止めて振り向くアステルに、ゼオは言う。
「僕はきっと、誰より今日の昼食を楽しみにしていた。フィーノ君が昨日、宿場町で魚とか色々を仕入れるのを見ていた時からね。だから……」
いつもと変わらない、のんびりとした口調。しかしその奥からは確かに、後悔と自責が滲み出しているようで。
「だから僕も、魚に合う酒を用意しておいたんだ。リュケオン産の果酒をね。北部からの輸入だからなかなか値が張るけど、魚料理との相性の良さは折り紙付きだ。でもそれも、料理と一緒に吹き飛んで、地面に吸われて消えた。まだ全然飲んでなかったのにさ、悔しいよ」
私怨じゃねぇか。
「弔いというなら僕に行かせて欲しい。先陣だけで終わらせてくるよ。――大した相手じゃなさそうだし」
もはや何が弔いなのかわからないが、そう言い放ったゼオは、酒瓶を呷ると、夜姫唄を手に取る。
身の丈程のその槍の、およそ戦闘用とは思えない派手で細やかな装飾と柄に埋め込まれた滓花が、陽光に煌めいた。
動機はともかく、いつになく真剣なゼオの様子に俺はひとつ息をつき、
「わかった、お願いするよ。ゼオが言うならそれ程の脅威じゃないんだろうけど、そもそも相手の意図がまだ見えない。気をつけて――」
「待て待て待つがよい貴様らッ! 黙って聞いておれば私を好き放題雑魚扱いしおって、無礼かッ!?」
一任する旨をゼオに告げようとした俺の言葉に割り込む大声があった。
サイザと呼ばれた魔族の青年が、激昂した様子でこちらに口を挟んできたようだ。
「特に黙っても聞いてもいなかったと思うんですけど……」
「聞いておったわ、リュケオン産の果酒がどうのという辺りからな! 確かにあの酒を魚と合わせるのは最高に絶品である。これから死にゆく者とはいえ、私がそれを台無しにしてしまったというのであれば誠に申し訳ないッ! 貴様の墓に必ずや供えてやると約束しよう!」
「待って欲しい。南部まで墓参りに来るのは少々骨が折れる。墓もリュケオンに作れば楽で良いのではないか?」
「であるな。然らば、あのもっさりした青年の骨はリュケオンの海に葬るとする!」
「こちらの都合で人を北の海に葬るのはどうかと……、というよりなんで勝った前提でいるんですか……」
割り込んできておいて、またもや内輪で盛り上がりだす三人。どうやらサイザとシュベーネの二人が好き放題自由奔放に喋り倒すのをメミナが溜め息混じりに糺す、といった展開が主らしい。メミナ嬢の気苦労が知れる。
反応に困りしばらく様子を見ていた俺とゼオだったが、流石に痺れを切らしたのか、ゼオは更に一口酒瓶を呷り、
「えーっと、いいのかな。いいよねもう、こっちから仕掛けても」
判断を仰ぐようにようにこちらを見る。
いいんじゃないかなもう。放っとくとキリがなさそうだし。
やっちゃえ、と頷き返そうとしたところで、ふと思い留まる。
「――いや、ちょっと待ってゼオ。その前に少しだけ彼らと話したい」
念の為、明らかにしておきたい事があった。
一旦ゼオを制止した俺は、彼らの騒がしさに負けないよう少々声を張り上げ呼びかけた。
「あのー、すみません皆さん! 少しいいですかっ?」
メミナが俺の声に気付き、サイザの袖を引っ張ってこちらを指す。
サイザは俺の方に向き直ると、
「どうした、申してみよ。私は忙しいので簡潔にな」
えらく尊大な態度で言った。
どこに忙しい要素があるのかとも思ったが、突っ込んでも碌なことにならなそうだったので無視して問いかける。
「それじゃ簡潔にいきますね。皆さんは、十日程前にローナペゼ山間区の針颪亭という店で無銭飲食のち逃走した魔族で間違いありませんね?」
ほとんどシグネーさんからもらった資料をそのまま読み上げただけだが、そう単刀直入に訊くと、彼らは驚き戸惑ったように押し黙った。かと思うと顔を見合わせて三人で何やらこそこそと話し始めた。
「や……ヤバいですってサイザさん! やっぱアレの件知れ渡ってますって……!」
「まさかそのために『聖王』をここまで寄越したというのか!? こちらとしても好都合ではあるが、しかし暇なのか為聖庁はっ!? 人件費が溢れ返ってでもいるのか!?」
「やはり強引にでも手持ちの金を握らせておくべきだったのだろうか」
「北部の金は受け取れないと断られたのだから致し方無いというものであろう!? というかメミナよ、貴様、後日返済に行ったのではなかったのか!?」
「全然足りないって追い返されましたよ……。誰かがヤケクソな勢いで飲み食いしたから……!」
「枯香猪の雪代鍋、だったか。この辺りの名物料理というだけあってまこと美味だった。惜しむらくは具材として入っていた白く平たい物が今ひとつ」
「誰が料理の評価をしろと言ったかッ!」
内緒話のようなのに声がでかくて筒抜けなんだけど。
まぁおかげで彼らが依頼の捜索対象だと確定したからいいんだけど。
一通り揉め終えた三人組は、こちらへ向き直ると相変わらずの居丈高で宣う。
「然り、我々の支払いが遅延したことは確かである。だがそれも今日までのこと! 『聖王』フィーノよ、貴様を討ち、その報奨金から食事代といわずあのオンボロな店の改装費用まで込みで叩き返してくれるわッ!!」
「あれは恐らく古い建物ではなく敢えてそういった趣向に」
「今は黙っててくださいシュベーネさん」
……報奨金?
《魔族の一部界隈では最近、あなたに懸賞金を掛けて討伐を促しているらしいわ。まさか本当に、正面切って乗り込んでくる輩がいるとは思ってなかったけれど》
またも唐突に響くロティの声。
《大抵はセラン・ウェーラーで勝手に止まるからあまり気にすることはないと思うわ。……それにしてもフィーノを狙ってきたのに何故ローナペゼなんかにいるのかしら》
首を捻……っているのかは不明だが、不思議そうにぼやくロティ。
確かに気にはなるが、後回しでもいいだろう。今重要な点は明らかになったのだから。
即ち「俺達も彼らも、主に金目当てでお互いを狙っている」という構図である。
無論こちらには、治安と自衛のためという大義もあるが。
ともかく――これで心置き無く昼食の弔いができる。
俺はゼオの肩を叩いて言う。
「やっちゃえゼオ」
「よしきた」
こうして、魔族三人組とゼオの戦いが始まった。
訂正する。
それは戦いというには一方的に過ぎたものだった。
あるいは戦いですらなかったのかもしれない。
手練れの魔族の三人程度、やる気を出したゼオの前では塵芥に過ぎないということを、俺は改めて認識した。
――地面に突っ伏しながら。




