第61話 陽落つ森に声三つ
急遽発生してしまった宴会のノリに飲み込まれ消失した、平和な昼食だったはずの一時。
それは、散々騒ぎ散らかした挙げ句真っ先に潰れたラヴァリッサの寝息で幕を閉じた。
抑圧されていたものを発散しきったのか、食卓に突っ伏して枕のように敷いた腕の隙間から見える、安らかな寝顔。
「……駄目ですわ……ちゃんと説明……意図を……」
……と思っていたがなんだか時折うなされているようだった。
どうやらまだ積もったものがあるらしい。
苦笑しながらラヴァリッサの肩に薄い毛布を掛けてやり、お開きになった風に導輿の自室へ帰る仲間達を見送った。
なおフューフィルは、一休みする場所が欲しいなどと我が儘をこぼした後、導輿前部の俺の部屋に勝手に上がり込んで横になっていた。俺が一休みする場所がなくなった。
ていうかこの人、俺を狙って来た刺客とかなんとか言ってなかったか。襲撃対象の部屋で平然と休むって厚かましいとかいう次元を超えてないか。
他人を導輿に上げるのはロティが嫌がるんじゃないかとも思ったが、既に姿を消したロティからの反応は無かった。酔って寝ているのだろうか。祇心のくせに。
本来なら、異常が無ければ昼食後にはローナセラへの帰路についている予定だったのだが……とんでもない異常と遭遇してしまったことだしと、仕方なく滞在を一日伸ばすことにした。この様子では出立できそうにないし。
そんなわけで昼食の後片付けをし、ついでに夕食の仕込みも軽く済ませておき、枯羽牛の討ち漏らしが無いかと、念のため周囲とフューフィル達に会った辺りを確認。
せっかくなので以前のアステルのようにキノコ採りでもするかと森を散策しているうちに、陽が傾きだしていた。
夕食もまた宴会のようになるのだろうか。いやそもそもあの二人はまだ居るつもりなのだろうか。今更前言撤回して襲いかかってくるとは思えないが、それでも気は休まらない。
やっぱりあのまま放置しておけば良かった、などと再び過去の愚行に毒づきながら、薄暗くなりだした木立の道を、枝葉を掻い潜りながら戻っていた時。
ふと、視界の端に紅いモノが見えた気がした。
衰えだした西日を受けてなお鮮やかに輝く、花のような赤。
見覚えのある、ラヴァリッサの衣服の色だった。
導輿からはやや距離のある、太い木々の陰。
何故このような場所に彼女の姿が?
訝しみながら足を止める。
枯葉や枝を踏まないよう気をつけつつ、そろりとラヴァリッサらしき姿の方へ近寄った時――、
「……いえ、薄々そんな気もしていたのですけど」
声が聞こえた。
ラヴァリッサの、溜め息混じりの声。
続いて、その傍から別の誰かの声。
「驚くべきことに、開発者三人が三人とも、転送直後までその問題点に気付いていなかったようだ」
若い男のものと思われる声だ。ゼオではない……が、どこかで聞いた覚えがある。
潜めているようなのに隠しきれていない、凛とした響き。
木の幹に隠れて、俺の位置からその姿は見えない。
「で、俺達が助けにっつーか、まぁ届け物のために転送されてきたんすよ」
更にもう一人。
少し粗野な、しかしどこか誠実さの窺える、こちらも若い男の声。聞き覚えは無い。
どうやら、導輿から離れて、ラヴァリッサがこっそり何者かと会話しているようだ。
フューフィルとラヴァリッサに続き、突如森の奥に現れた二人の男。
一体どういう状況なのか。遠目から聞き耳を立てる。
「届け物、ですの?」
「あぁ、これだ」
片方の男が、ラヴァリッサに何かを手渡したようだ。
ちゃらりと、軽い金属の粒が擦れるような音。
「何ですのこの袋?」
「リレア貨幣……南部の金だ。ユラエナ殿から受け取ってきたものと、私が以前両替を忘れたものが混ざっている」
「……まさか、これで一般交通網を使って帰ってこいという意味ではありませんわよね」
「そのまさかっすね、残念ながら。帰る手段それしか無ェらしいんで」
「……なんと言いますか……さすがユラエナ様ですわね」
ぼやきつつも袋を受け取ったらしいラヴァリッサ。
しばし沈黙した後、尋ねる。
「ところで、これを届けるためだけにわざわざ二人で来たんですの?」
「いや、なんつーか……こいつ一人だけ南部に送ると何しでかすかわからねェんで、俺がお目付け役みてェな感じに添えられたんすよ」
「あぁ、確かにそれはそうですわね」
「私としてはすこぶる心外なのだが。まぁともかくそういった理由で、貴女達に引き続いて我々もこちらへ転送されて来たのだ」
どうやらこの男、声や喋りの印象に反し、意外と信は無いようだ。
それはそうと、フューフィルが言っていた転送云々というのは本当だったのか。できれば冗談の類であることを期待していたのだが。
「最初からイフラ様一人で来ればよろしかったのでは?」
「……俺は南部に詳しくねェんすよ」
「なので私が先導する必要があった訳だ」
「俺が首輪付けて歩かせてんだよ増長すんじゃねェ」
イフラと呼ばれた粗暴そうな男と、未だ正体のわからない男。
この二人、関係が険悪――なように思わせて、そのやり取りからは不思議と仲の悪さは感じられなかった。
有り体な表現をするなら、悪友とでも称するのだろうか。気心の知れたような間柄が、会話の節々から伺えた。
「ちなみに、ですけれど……このまま四人掛かりで聖王を襲撃しろという意図ではありませんのよね?」
ラヴァリッサの問い掛けに、思わず身構える。
それはまずい。未だ詳細が何一つわからない四人だが、これまでの情報から察するに、恐らくは全員が魔王の仲間。
そんなものに一斉に襲い掛かられては……、
……ん? 魔王の仲間?
何か引っ掛かりを覚えたが、その思考は続く三人の会話に押し流された。




