第59話 厚切り枯羽牛肉の炭火焼き(おかわり)と根菜、芋の凝酪煮込み
ちょっと忘れかけていたが、そもそも俺達も昼食を取れていないのだ。
問題の二人――フューフィルとラヴァリッサの意図は一旦置いておくとしても、総勢七名の腹ペコが集まって、建設的な話し合い、あるいは戦闘ができるとは思えない。
一旦この場を離れ、ひとまず食事を広げた広場に戻ることにした。
聞いていた限りでは空腹だけが原因ではなさそうだが、ともかく自力で歩けなさそうな程に疲弊しているらしいフューフィルとラヴァリッサは、それぞれ俺とアステルが抱えて歩いた。
「敵と判ってる相手に施しを与えるとか何を考えているのよ。むしろ始末する絶好の機会じゃない」
とロティは言っていたし、全くもってその通りだとは思う。
思うけど、気が引けるものは仕方ない。
別に正々堂々を気取るようなタチでも無いが、空腹で倒れたところに追い討ちをかけられる程非情にはなれそうもなかった。
『聖王』としては、きっとロティの言葉に従う方が正しいのだろうが――腹が減り過ぎて正常な判断ができなかったのだと、そういう事にしておこう。
ゼオとミュイユも、特に反対する風ではなかったし。というかそんな事より早く飯食いたいって感じだったし。
そういった訳で、俺達は奇妙な襲撃者達と共に、改めて昼食を取ることにしたのだった。
――その選択を、俺は後悔する事になる。
導輿に寝かせ、随分冷めてしまっていた料理を温め直しているうちに、二人は辛うじて体を起こせる程度には回復したようだ。
とはいえ病み上がりのようなもの、急に肉類を食べさせては腹に悪いかと考え、椀に取り分けた凝酪煮込みをまずゆっくりと口にしてもらった。
汁物、と呼ぶには少し重い、こってり気味の煮込み料理だが、いきなり肉の塊を食べるよりかは幾分かマシだろう。
椀に一杯分の凝酪煮込みを食べ終わる頃には、体の調子も随分良くなってきたようだった。
肉が欲しいと言うので、保存食用に油漬けにしておいた塊肉を取り出し、俺達のおかわりと一緒に焼いて皿に盛る。
俺達が普段使っている簡易食卓に七人並んで座る余裕は無いし椅子も足りないため、導輿の昇降口に布を敷いて腰掛けてもらい、その前に予備の調理台を置いて食卓代わりにしてもらった。
美味しそうに枯羽牛肉を頬張る二人の姿に安心しつつ、俺も自分に盛った肉に齧りつく。
何度食べても不思議と飽きの来ない重厚な野趣と繊細な脂の調和に舌鼓を打っていたところで、フューフィルがゼオに何やら話しかけているのが耳に入った。
「それ、イトゥスのお酒じゃないかしら?」
食卓に置かれた黒い瓶を指して言うフューフィルに、少し意外そうに答えるゼオ。
「あ、わかる? そうだよ、イトゥス産の褐酒。行きつけの酒屋がよく輸入しててねぇ」
瓶の首をつまむようにして持ち上げ、銘柄を眺めるゼオ。
それを見てフューフィルがどこか得意気に言う。
「地元みたいなものだもの。いえ、厳密には今イトゥスと呼ばれている島国もうちの領土だったというだけだけど」
持って回った言い回しにゼオが首をひねっているところに、アステルが横から口を挟む。
「もしかしてひゅーひるさん、ヴァフテーレの出身なんですか?」
「今でいうところの、そこに当たるわね。当時は極東ヴァハーテなんて呼ばれて、ヴァフテーレもイトゥスもミトゥセンも一緒の国だったけど」
「ほへぇ。読んだことはあっても、当時の人に直接聞くとなんだか、ほへぇってなりますね」
フューフィルとラヴァリッサは、クレウグやトープドール達と同じく、自身らが過去から再現された存在であるらしい事を語っていた。
クレウグが以前、色々と仲間がいると語っていたことから嫌な予感はしていたのだが、まさか彼女達もそうだとは思わなかった。
というかまだ何人もいるらしい。
さすがに詳細な人数までは話してくれなかったが――いや、フューフィルが普通に喋りかけたところでラヴァリッサに口を塞がれたのだが――、カナンにトープドール、ミアムとあと一人程度だろうと予測していたのは完全に間違いだったことになる。
誰だよ普通に考えて二、三人が限界とか言った奴は。……とも一瞬思ったが、多分あの時ミュイユとゼオが言った事はきっと正しいのだろう。
『魔王』が、普通に考えては有り得ない規格外な能力を持つだけだと、そう考える方が自然なように思えた。
想定外の情報に頭が痛むが……ともかく。
肉を齧りつつ、地元の酒談義で何やら盛り上がっていたらしいゼオとフューフィル。
二人のその手の中には、酒の注がれた杯。
……うん?
「ちょっ……フューフィル、あなた何を受け取ってますの!?」
「お酒だけど。せっかく懐かしいものが頂けるんだもの、堪能しなくちゃ」
ラヴァリッサの慌てた声をあっさり流し、ゼオと乾杯すると、フューフィルは手にした酒杯を大きく傾け、中身を喉へ流し込んだ。
ぷは、と吐息をこぼしつつ、下ろした杯の奥からどこか恍惚とした顔が現れる。
「やっぱり食事に合わせるにはこれね、『日輪の渇き』。北部じゃあまりこういった傾向のお酒は一般的じゃないの」
「だよねぇ。原料に浸雫麦を使っているからかな、味わいが軽やかで料理の味を邪魔しないんだよね。グライネロアやフェヴナ辺りの重厚な種類もあれはあれで好きだけど」
「お酒自体の主張が少し強いのよね。イトゥスがこれをまだ造っているのは僥倖だわ。しかもこんな内陸部で手に入るなんて、素晴らしいわねこの時代」
何やら専門的な感想が飛び交っている。ゼオはともかく、フューフィルも存外酒への造詣が深いようだ。いや単にこだわりが強いと言うのか。
が、それはそれとして……。
「……こんな昼間からお酒はどうかと思うのですけれど」
思っていたことをラヴァリッサが言ってくれた。
事情があるゼオは仕方無いとして、なんでフューフィルまで一緒になって呑んでんだ。っていうか何呑ませてんだ。
冷ややかな視線を送るラヴァリッサに、フューフィルは悪戯っぽく笑って言う。
「美味しいわよ」
なんの答えにもなっていない返答に溜め息で返すラヴァリッサ。
それを見て何か思いついた様子で、フューフィルはゼオに尋ねる。
「杯、もう一つあるかしら」
「あるよー」
と、意図を察したのかゼオが驚くほど速やかに新しい杯を用意し酒を注いだ。
それをゼオから受け取り、ラヴァリッサの前に肉の皿と並べるように置くフューフィル。
「……あの、これは?」
「美味しいわよ」
繰り返して言うフューフィルに、ラヴァリッサはかぶりを振る。
「……。ゼオ様、でしたかしら。そちらの方に勧められて、仕方なく口にするだけですわよ。目の前に並べられたものを無下にするわけにはいきませんもの」
そして、観念したように杯に手を伸ばした。
杯を持ち上げ、満たされた液体が軽く発泡する様をしばし見つめ――、
「……爽やかで美味しいですわね、確かに」
――杯を口元から離すと、困ったような笑顔で言った。




