1 多分頭に胃袋が詰まってる
大陸南部、ローナセラの街から半日ほどの距離に位置する森の中。
久々の高額討伐依頼に意気込んでいた俺は、今まさに、その討伐対象である枯羽牛の群れに取り囲まれていた。
枯羽牛。
見上げる程の大きな体躯に頑丈で鋭利な頭部の角を持ち、獲物と見定めた相手をその超重量と角で容赦なく粉砕する、暴力の化身のような四つ足の獣。
背部にはその巨体を覆う程の大きな翼を持っており、飛行こそしないものの、加速や制動にうまく使うことで見た目からはまるで想像できない敏捷性も兼ね備えている。
一匹相手取るだけでも、一般的な兵士団程度なら為すすべ無く壊滅させられる程の危険な存在。その枯羽牛の群れ、十数匹の塊が、俺の周囲で低い唸り声を発しながら蠢いている。
あまりに迂闊だった。
普段なら慎重に索敵を行っているところなのだが、一匹の枯羽牛の姿を発見し舞い上がって飛び出した結果がこれである。
何せ、とてつもなく美味いのだ。枯羽牛の肉は。
依頼内容はあくまで討伐であり、死骸の納品は含まれていない。つまり倒した後の肉はこちらで自由にして良いという事。
本来の報酬に加えて大量の枯羽牛肉まで手に入るとなっては、思わず気持ちが浮つくのも仕方無いと言えよう。三、四匹程度なら俺一人でも処理できる範疇だし。
――そう考えていた数瞬前の自分を呪う。
いくらなんでも数が多すぎた。
俺を覆うように立ちはだかる枯羽牛の群れはまるで壁。
巣を特定するために泳がせていたつもりが、逆に誘い込まれていたようだ。その知能の高さに舌を巻く。
この数に囲まれるのは、さすがにちょっと辛い。
せめてこの場にアステルがいてくれたら、と先程別行動を取った仲間を思い出す。
対多数の戦闘においては彼女ほど頼りになる者はいないのだが……アステルは、ミュイユと一緒に俺とは違う方向に枯羽牛捜索に向かっている。ゼオは疲労で寝ている。どちらも加勢は期待できない。
面倒だが、俺一人でどうにかするしかないか。
胸に手を当て、嘆息しつつ武器を取り出そうとした、その時。
「あっれぇ、何してるんですかフィーノ様こんなところでー!」
アステルの場違いに能天気な声がどこか近くから響いた。
声のした方へ目をやると、事もあろうに、俺を取り囲む枯羽牛達の後方から覗き込むようにしてアステルがこちらを見ている。茂みを抜けてきたのだろうか、肩程の長さの黄金色の髪や裾の長い衣服に、細かな木の葉や枝が絡まっていた。
「何って……囲まれてるんだけど。見ての通り」
「囲まれ?」
首を傾げるアステル。頭から葉がはらりと落ちる。
どうやら枯羽牛の大きさ故か、その存在を認識できていないらしい。自分の目の前にある影を、木立か何かと勘違いしているようだ。
突然の闖入者に、枯羽牛達も戸惑っているようだ。俺への警戒は切らさないようにしつつ、足元で何やら甲高く騒ぐ生き物の様子を観察している。高い知能故か、見境無く攻撃を仕掛けることはないらしい。
「なんだかわかりませんけど、フィーノ様、ところでミュイユちゃん見ませんでした? なんだか気付いたらいなくなっちゃってて、探してたらなんだかキノコっぽいのとか山菜っぽいのがいっぱい生えてるとこを見つけていっぱい採ってきちゃったんですけどフィーノ様食べますかっ?」
一息にそう言って、抱えた籠から何やらこちらへ差し出すアステル。
どうにも支離滅裂だったが、察するに、一緒に行動していたはずのミュイユとはぐれ、探しているうちに偶然俺のいる場所に辿り着いたのだろう。
アステルの方からはぐれるとは考えにくい。まず間違いなく、少し目を離した隙にミュイユがどこかへふらりと消えたものと思われる。いつもの事すぎて頭が痛い。
差し出されたものは確かにキノコっぽい何かだった。この森は質のいい食用キノコ類が採れることで有名ではあるが、何も今そんなものを出さなくても。
「えっと……アステル、とりあえず目の前のそれをよく見て、状況を把握してもらいたいんだけど」
「目の前の、状況?」
俺の言葉にようやく、自身の前にそびえ立つ物体が木々の類ではないことに気付いたらしいアステル。
ゆっくりと視線を上げてゆき、肩越しに振り向いている枯羽牛と目が合ったところで初めて、自分が寄りかかっていたのが枯羽牛の後ろ脚だと気付いたようだった。
その巨躯を見上げながら固まるアステル。見下ろす枯羽牛達。
しばしの沈黙の後。
「……ばっ……晩ごはんの主役がすっっごいいっぱいですよっ!!」
目を輝かせ唐突に叫ぶアステル。落ち着け、それは討伐対象だ。……俺もあまり人の事は言えないが。
「あの硬いのに柔らかいお得感と幸福感満載のお肉がこんなにたくさん! これだけあれば煮ても焼いても毎日食べきれませんよフィーノ様いつもみたいに漬けたり干したりしてもうずっと旨肉三昧の大宴会にヘブぅッッ!!?」
急に興奮し騒がしくまくしたてだしたところで、アステルは枯羽牛の後ろ脚に蹴り飛ばされ吹き飛んで行った。異物と認識されたのか、単に喧しかったのか。
大木に叩きつけられるアステル。数人でも抱えきれないほどの太い幹がひしゃげて曲がり、枝葉を飛び散らせる。抱えていた籠からキノコやら山菜やらも飛び散る。
常人なら全身が弾け飛んで即死してもおかしくないその一撃を受け、アステルは、
「痛っ……たいですねこの鳥ぃー!! 活きが良くてよさそうですね締めますねっ!」
即座に立ち上がると、その白い服の裾を翻らせながら跳ね返るように戻ってきて枯羽牛に飛びかかる。
そして手にした祝祀印――大型の槌のようなものを大きく振りかぶり、枯羽牛に叩きつけた。




