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大好きだったなぎこちゃんへ

作者: よん
掲載日:2026/03/04





親友のアヤちゃんへ




 お元気ですか。私は元気です。手紙など書かなくても会える距離に私たちはいるのに、なぜ手紙を書こうと思ったかというと、手紙にならわたしの今までの本心を、そのままに記せると思ったからです。

 アヤちゃん、私たちは仲良くなってもう十二年の中ですね。出会ったのが幼稚園の頃ですから、私たちも随分大人になりました。大人になると、仲の良かった友達とも価値観がずれて絶縁する人たちがいると聞きます。その話をしたらアヤちゃんは笑いましたね。私たちにかぎってそんなことはないと。確かに、私たちが、お互いに就職活動をして、先に私の内定が出た時も、アヤちゃんは、笑っていました。私に初めての彼氏ができた時、アヤちゃんは、わたしの彼氏の容姿も褒めてくれました。だから私もアヤちゃんの彼氏を優しそうな人だと褒めました。その後は、褒め合いになって笑い合いましたね。本当にありがとう。でも、今日は言わないといけないことがあります。一度も言ったことのないことです。驚かずに聞いてください。





 私は、今までずっと、あなたのことが大嫌いでした。





 私はアヤちゃんに手紙を書いて封を閉じた。

 封筒には「アヤちゃんへ」と綴って。


 しかし、私はアヤちゃんに手紙を送る前に事故で死んでしまった。だから、この手紙がアヤちゃんの手に渡ったのは、私の部屋を整理していた母が手紙を見つけたことによる偶然だった。

 私はなぜか死んでからもこの世をうろうろと漂っていたが、アヤちゃんが私からの手紙を読んでどう思ったかは、分からなかった。だって、私の他にその気持ちを言葉にして伝える人はいなかったから。この世の光景が見えているからと言って、他人の心の中までは今の私でも見えないらしい。私からの最後の手紙を読んでいたアヤちゃんの表情は、どうしてかどんなに近づいて見てもモヤがかかったみたいになって読み取れなかった。そのうち私の意識も朦朧としてきて、直感的に、


(ああ、このまま天に召されるのかな)


 と思った。次に会いに行った人が最後になるだろうなと思って、誰に会いに行こうか、と考えていたら、いつの間にかアヤちゃんの部屋に来ていた。生前にも何度か訪れたことのあるワンルームのマンションの一角。ユニットバスで、キッチンはコンロが一つの小さな部屋。アヤちゃんは一人がけのソファに腰掛けていた。私が来た時は枕の横にあるクッションを座布団がわりに、と差し出されてそれに座った。そういえば、そのクッションはもう見当たらない。

(ここに来たからと言って、何をするでもないな)

 私はきて早々手持ち無沙汰になった。もう死んでしまったのだから、今更アヤちゃんの考えなど、どうでもいいではないか。もう、気にするのも仕方のないことだ。

 私は漂っていた自分の一部が消えていく感覚の中、ただぼーっとアヤちゃんの部屋に立っていた。視界の隅で、ソファに腰掛けていたアヤちゃんが立ち上がる。どこかに行くのだろうか。まあいい。

 アヤちゃんは引き出しから便箋を取り出し、ボールペンを握りしめると、今度は仕事で使っているというデスクの椅子に座った。

何を書いているのか興味が湧いた。

私はそっとアヤちゃんの背後から近づき、それを覗き込んだ。



「なぎこちゃんへ」



 手紙の初めに書かれたのは、私の名前。それを見て益々興味が湧いた。アヤちゃんはスラスラと手紙を書き始めた。私の姿勢もどんどん前のめりになる。 

 




 なぎこちゃんへ

 なぎこちゃんからの手紙を読んで、返事をするべきかと考えていたら、もう一ヶ月ほど立ってしまいました。今になってようやく返事を書く気になったのは、昨日の晩、夢を見たからです。知らない人が出てきました。その人が、なぎこちゃんに手紙を届けてくれるというのです。ただの夢ですから、本当になぎこちゃんに届くとは思っていません。でも、書きます。

 なぎこちゃんの笑った顔が好きでした。私は、この地味な見た目とはっきり言えない性格で、周りからいいように使われることが多くありました。

 でも、なぎこちゃんはそうではなかった。私を友達として見て、接してくれました。私にとってあなたはかけがえのない存在です。あなたが、私をうっとおしく感じていることは、知っていました。思ったことは顔に出るタイプですから。私はアヤちゃんのそんなところも好きでした。素直で、自信家なあなたが大好きでした。

 死んでしまうまでのあなたはこんなにも活気に溢れていたというのに、どうしてですか?どうして最後は私の前で繕った笑顔を向けたのですか。

 ごめんなさい。私はそれが許せなかった。だから、、



 アヤちゃんの丁寧な字が、不気味なほど正確に並べられた手紙を見て、ゾッとした。

 何に対しての謝罪なのかは、明白だった。

きっと、彼女が私を殺したんだ。

許せないほどに私を憎んでいたのだ。

今目の前にいるのは殺人犯なのだ。

 アヤちゃんと目があった、と思った。

 アヤちゃんが私の立っている側にある棚を見たのだ。

 ブワッと何かが溢れるような感覚がして、私は意識を手放した。





 

 目が覚めると、そこは見覚えのない街並みが広がる場所だった。体が地面から離れて浮いている。思ったように着地できない。この世から魂が離れていく感覚というのはこういうものなのだろうか。周りの景色が徐々にぼやけてきた。ポツンと、誰かが目の前に立っている。誰だろう。ぼやけてよく見えない。

 目の前の人型がゆらゆら揺れる。

 ぐわん、ぐわんと、景色さえも歪んで、もう上も下も分からない。

「あ、あの!」

 もはや、人の形をとらえていないそこに、私は手を伸ばした。

 




「はっ!」

 みーんみんみん。

 じっとりと汗ばんで気持ち悪い。

 夏の日は、朝、目が覚めるといつもこうだった。

「あれ、ここは、私の部屋?」

 私は、目覚めると実家の自分のベットに寝そべっていた。

(どういうこと?確かに私は最期にアヤちゃんに会いに行ったはずなのに)

 頭痛が酷くてうまく考えられない。体も、うまく動かない。

 どうにもできない。そう思った時、部屋のドアが開いた。

「なぎちゃん、いつまでそうしてるの」

「え、ば、ばあちゃん?」

 そこには、四年前に死んだばあちゃんが立っていた。

「死んだんだから、もう少しシャキッとしないと」

「え?し、死んだのに、シャキッと?」

「そうさぁ、これから、こっちの世界でも儀式があるからね」

「な、そんなのあるの?」

「さぁ、さぁ!」

「ちょ、ちょっと!まだ、心の準備が!」

 





「はっ!」

 みーんみんみん。

「今の、何?」

 私はもう一度目を覚ました。先ほどと同じように体は、自分のベットで寝転んでいる。しかし、こんなふうに、自分の体を眺めていると言うことは、魂は外に飛び出しているようだ。

「これがいわゆる幽体離脱?」

 体から抜け出し、魂だけになったからか、今ならどこにでも行けそうなほど体が軽い。

 私は、部屋の窓からすっと、外に飛び出した。

 向かう先は、もちろん、アヤちゃんの元だ。私の魂が、今どうなっているかわからないけれど、今はどうでも良かった。あんなに長い間、同じ時間を共有し、たくさんの話をして、色んなことを理解していたと思っていたアヤちゃんの真実を知りたい。それだけが、今の私の心を動かしていた。

 私の魂は、流れるプールみたいに自然に流れていった。流れる方に導かれながら進んでいく。

 何度か曲がって、そしてずっと、まっすぐ。これは、私とアヤちゃんが通った小学校へ向かう道のりだった。懐かしい小道。よくアヤちゃんと待ち合わせをして学校に向かった。朝、やむをえず先に行く時は、二人で決めた枝の先に、ツツジの花や葉っぱをくくりつける、というルールもあった。と言っても、アヤちゃんは遅れてくることはほとんどなく、私ばかり遅刻していた。


 吸い込まれるようにたどり着いた小学校。校庭を上の方から眺める。ちょうど休み時間なのか、校庭は走り回る子供達でいっぱいだった。

「きゃー」

 と、叫ぶ子供の声が聞こえてきて、楽しさがこちらにも伝わってくる。

「あれ、アヤちゃん?」

 そこに、アヤちゃんが、いる。

 でも、私の知っているアヤちゃんじゃない。

「小川せんせー!」

 一人の女の子にそう呼ばれて

「なーに?」

 振り向いたのは、アヤちゃんだった。

「う、そ。」

 確かに小川はアヤちゃんの苗字である。顔だって、アヤちゃんだ。でも、だって、

「アヤちゃん、少し大人になってない?」

 そこにいたアヤちゃんは、最期に会った時よりも随分時間が立っている顔立ちだった。茶髪だった髪は、黒く染まり、綺麗に一つに結ばれていて、微笑んでいる目尻には、うっすらシワが刻まれている。

 どうやら私は、自分が死んだよりももっと先の未来にいるようだった。どう言うことか、さすがに目が回ってきた。もしこれが、私が死んだ後の未来なら、あってはならないことだ。

なぜなら、彼女は殺人犯なのだ。

私の目の前で、本人が告白したのだ。

間違いない。

そんな人物が小川先生と言われ、愛されているなど、あっていいはずがない。私は全身の毛が逆立つ感覚さえした。

 そっと、アヤちゃんの近くまで寄ってみる。もちろんアヤちゃんはこちらに気づかない。

 でも、私はアヤちゃんに言葉をぶつけた。

「ねえ、アヤちゃん、私、なぎこ。あなたが殺したなぎこだよ!あんた、何してんの?人を殺しておいて!私はこっちに未練があるからか、うまくあの世にも行けてないのよ!ねえ!私の素直なところが好きだったって何?許せなかったとかなんなのよ?裏切ったのは、、あんたが先でしょ。」

 私は、大声で叫んだ。

 アヤちゃんは、私への手紙に、「許せなかった。」と綴っていたけれど、先に裏切ったのは、アヤちゃんの方だ。私たちは確かに、親友だった。二十四億分の一の確率の存在だった。

「なんか、アヤちゃん良い子なのに、なぎこの性格悪いからさ、逆らえず一緒にいるみたいでかわいそうだよね。」

 何度も、何度も言われた言葉。確かにアヤちゃんは、優しい。誰かの悪口を言わないし、困っている人はほっとかない。そんなアヤちゃんが好きで、嫌いだった。

「その人も何か嫌なことあったんじゃない?」

 あなたは、私のことを悪く言う人たちにも寛容だったから。

 “なぎこちゃんといるのは楽しいからだよ。“

あなたが私を庇ってくれる、そんな言葉が聞きたいだけなのに、それがどうして出てこないんだよ。最初に裏切ったのは、アヤちゃんだよ。なのに、こんな仕打ち、あんまりだ。私ばかり悪役のようではないか。

 アヤちゃんのことがわからない。

 でも、もう、自分のことも、よくわからなかった。

 思いきり叫んだせいで息が切れる。幽霊にもそんなことがあるのか、とどこか冷静な自分がいた。

 あやちゃんの顔をもう一度よく見た。

 大人になってもあやちゃんはあやちゃんだ。

 優しい顔をしている。



 なぜだろうか。

 先ほどから、湧き出てくる感情に違和感がある。さっきまでは、アヤちゃんへの憎悪ばかりだったのに、今は、もっと、別の感情が、私の心を牛耳っていた。



 これは、安堵。もしくは、憧れ。





「思い出した。


忘れてた。


私、アヤちゃんが、私のこと、殺したって知った時、


本当は少しホッとしたの。


変だよね。殺されて。」



 アヤちゃんが笑う。

 本当だったら、今だって、二人で笑い合っていたはずなのに。

「アヤちゃん。」

 聞こえないと分かっているのに、ポツリと、言葉が漏れる。

いつもサラッと表面を撫でて通り過ぎるみたいなあなたよりも、こっちの方がよっぽど人間味があって良いではないか。

私はそんなあなたを見たかったんだ、ずっと。

アヤちゃんにも、人を許せんかったり、殺したり、そう言うところがあって、

安心したんだ。

私はあやちゃんと出会って今までの間、ずっと不安だったのだ。

あなたが中身の綺麗な人間だったから。

だから、死んだ今、やっと、やっと、アヤちゃんの核心に触れられた感覚がした。身をていして。





よかった、あなたが私と同じ人間で。

「良かった。アヤちゃんが殺人犯で。さようなら。」

 意地の悪い私、なぎこはこの世にもう未練はないようだ。今度こそ、ばあちゃんが言っていた儀式とやらに参加できそうだな。

























 ごめんなさい。私はそれが許せなかった。

 私は、人には内側と外側があると思うのです。表裏がなくていいと、褒める人がいるけれど、それは単純にいい人を演じているか、自分のわがままを全面に出しているかのどちらかだと、思うのです。

 なぎこちゃんは、表の顔を作るのが下手で、周りにもよく思われてないのは知っていました。でも、それで良かった。なぎこちゃんは、表の顔を作らない。そこが、かっこよくて、尊敬していたから。私にはないものをなぎこちゃんはみんな持ってる。そんな人と親友と呼び合える関係性になれたことを誇りに思っています。でも、大人になるにつれて、人は変わっていくものです。その変化に私たちが例外として逆らえることはなく、なぎこちゃんも私みたいに薄っぺらい人間になろうとしているのを感じました。随分、世渡りが上手になって、それは、人生を歩んでいく上で当たり前のことかもしれないけれど、なぎこちゃんはそうでないと、信じていたため、とてもショックでした。だから。だから、私は、心の中で、昔のなぎこちゃんを殺しました。昔の、人の粗探しをするような、素直ななぎこちゃんを。私も、手紙の中くらいなら、殺人犯になっても良いでしょう。そんな自分もこの手紙に封じ込めます。そして、新しく、変わろうとしているなぎこちゃんとまた、仲良く、たわいもない話をしたいのです。もちろん、私も変わっていくのです。なぎこちゃんと一緒に生きていき、私の命も天に召された時、私の手で殺してしまったなぎこちゃんとまた、話ができればいいなと思います。


 それでは、また死後の世界で会いましょう。

 さようなら、大好きだったなぎこちゃん。

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