言葉を紡ぐ
半年後。
ダルダルだったお腹が更に引き締まっていく。
筋肉に明らかにハリが出始めた。
引き締まった印象に、自分自身で驚いてしまう。
見た目が分かるような変化が見え始め、肩や腕に厚みが出ているのが中学校の制服を着ていても分かるようになってきた。
「大門くん。最近なんかイキイキしてないか」
「なんだか逸平がカッコよく見えてるんだけど」
同級生の男どもから、硬くなっていく筋肉をバシバシ叩かれるようになっていた。
そのノリやツッコミに対して、いつの間にか軽快に、うまく返していくことができるようになっていた。
自分ってこんなキャラだっけか。
今まではどこか無関心に、なるべく周囲の同級生に馴染まないようにしていた。
それが今はどうだ。
外見の変化とともに訪れた、自分の中の小さな自信とでも言えばいいのか。
きっかけはわずかなことだったのかもしれない。
「男子三日会わざれば刮目して見よってやつだな」
「圭人。お前時々すごく古臭いこと言うから、本当に中学生なのか分からなくなるぞ」
冗談なのか、本気なのかよく分からない親友のいじり倒しも、今は好意的に受け止められていた。
驚いたことに、見た目が逞しくなると自然と周囲にも変化が現れるらしい。
女子の何人かが、好意的な視線を自分に向けて送っていたことには初めは全く気付いていなかった。
いつもどこか冷めた目で僕を見ていた彼女たちが、意識的に話しかけてきたのが自分でも衝撃的だった。
「大門君、見違えたね。ちょっと腕に触ってもいい?」
「へぇ……オタクだとばっかり思っていたから、色々知っていて面白いね」
幼馴染みの彩音の、呆れた様な視線は見てみない振りをしていた。
いつも独りで楽しんでいた小説やマンガ、アニメの話をするだけで、同じようなことを好きだといってくれる何人かの女子と仲良くなった。
それは今まで日陰で生きてきた俺を照らし出した希望。
筋肉は自分の今までのすべてを一気に変えてくれていた。
中学校の廊下ですれ違いながら、筋肉をいじられる。
駅前のファーストフード店で声を掛けられる。
コンビニで通りすがりに挨拶される。
男子友達も、女子の知り合いも。
自分が夢にまで見ていた、輝くような中学校生活が突然目の前に現れた。
僕はちょっとした万能感に酔いしれていた。
季節はいつしか変わっていた。
以前までのどこか根暗な、ちょっとオドオドした自分はもうそこにはいなかった。
クラスの特定の男子からは生意気だなと言われていたとは、あとから圭人に聞いたこと。
11月も末。
俺はお気に入りの小説を持って、昼休みに学校の屋上に久しぶりに来ていた。
「たまには独りになるのもいいな」
まさかそんな事を思うようになるなんて。
半年前にはここで縮こまるようにして、ただ過ぎる時間を待っていた自分。
学校なんてどうでもいいと思っていた。
「吉好くん」
俺はそう、誰も居ないはずの屋上でつぶやく。
発した言葉にもちろん反応はない。
ただただ。
……冷たい風が吹き抜けるだけだ。
『逸平君は……色々なことを考えているんだね。どうしてそれをもっと、そうだね。誰かに伝えようって思わないんだい』
風と共に言葉が胸の中からあふれ出た。
それはあの時の彼の言葉。
言われた時は、何を言っているんだとよく分かっていなかった。
もしかしたら。
吉好くんは俺をどこか、羨ましいと思っていたのかもしれない。
『僕は言葉って誰かに伝えるためにあるんだって思っているんだ。だから、ラジオパーソナリティになりたい。僕の言葉で誰かの辛さを少しでも和らげられたらって』
俺は君がいてくれたからここまで変われた。
でも……
たぶん。
どこか、やっぱりあの日のままなんだと思うよ。
君と話していた、あの時あの時間が。
結局、今の自分を形作ったんだ。
「どうして俺の言葉は君に届かなかったんだろう。なんで君は諦めてしまったんだ。俺がここまで変わったよって、君に一番に聞いて欲しかったのに」
もう君のことを考えながらは泣きたくなかった。
それはたぶん、君に対して失礼だから。
俺の言葉は君にはもう聞かせることはできない。
空に向かってつぶやいても、おそらく君には届かない。
安らかにって。
俺にはそう願うことしか許されていない。
それが……とても悔しいんだ。
『逸平君。小説を書いてみたらどう? そうしたら僕が君の最初の読者になるよ』
自分の言葉でなにかを表現する。
そんなこと、まったく想像したことも無かった。
物語は与えられるもので、自分から創り出すものだなんて。
それが俺にできるなんてとても思えなかった。
『きっかけは何でもいいじゃない? 僕が君の後押しをできたなら、それだけで誇らしいよ』
ああ。そうだね。吉好くん。
俺は……今無性に何かが書きたいよ。なんだろう、この気持ちは。
誰かの為に言葉を紡いでいきたい。
筋肉を鍛えていた時とは違う。
義務感みたいに、何かから逃げるみたいに自分を追い込むんじゃなくて。
この筋肉は君から貰った勲章なのかもしれないね。
そして小さなきっかけは君の、何気ない一言から。
君と話していた時間はたぶん、俺にとっての心地良いラジオだったのかもしれない。
俺は手の中の小説を強く握りしめた。
さぁ、歩き出そうか。
完
ここまで読んで頂いてありがとうございました。今回は別サイトでの『筋肉小説』企画に参加したものを、なろうでもアップさせてもらいました。
短編ですが感想等お待ちしております。




