カケラの日常
入学して半年が経った頃、ちょうど夏季休暇の八月に入ったくらいの話だ。帰宅部(どこも入れてくれないだけ)かつ夏期課題をも早々に終わらせて暇しを持て余していた棟万千は、いつものように突撃してきたカケラに引きずられるように街の散策をしていた。映画館、水族館、カフェで飲食、買い物、一日中歩き回りそろそろ帰ろうかと思い始めた夕方、目の前に黒色の乗用車がけたたましいブレーキ音と共に入って来た。そこから四人、サングラスにマスクで全身黒服の典型的な誘拐犯が出てきた。
棟万千は抵抗したが多少動ける中学生の力が武装した大人数人に敵うわけもなく車に詰め込まれた。
カケラは睡眠薬で、棟万千はスタンガンで眠らされた。
「……ウく……ウくん、トウ君!」
「つ…き…?」
目を開けると心配そうな顔をしたカケラがいた。
後ろ手に結束バンドで拘束されているため、なんとか腹筋で起き上がる。
「あークソ」
ぼんやりとしている頭を覚ますために激しく振る。
「大丈夫? うわっ、火傷できてるよ」
「まだ少しビリビリするけど、まあ大丈夫だ。ツキは?」
「私も平気。これからどうする?」
「おー、さすが財閥のお嬢様は肝が据わってんなあ」
「内心バクバクだけどね。でも、なんかトウ君が一緒なら大丈夫な気がしてる」
「大丈夫ねぇ……。多少の武術はかじってるけどさあ」
棟万千がゴソゴソと動くと腕の拘束が解けた。
「え、すごい。どうやったの?」
「要らん知識も持っとくもんだな」
カケラはガムテープだった。
「俺との対応の差よ……」
カケラのテープをちょうどはがし終わった時―――
「お前ら!? 何し……」
犯人の一人が入って来たが棟万千が即座に尻尾を伸ばして絞め落した。
「……っと」
倒れる前にキャッチしてゆっくりと床に下ろす。が最初の言葉が聞こえてしまったのか部屋の外が騒がしい。
「ツキは隠れてろ。俺はちょっと身体を動かす」
棟万千は深呼吸した。聞こえる音から人数を予想する。何事もイメージは大事だ。
「(足音から人数は五人。誘拐なんてするやつが持ってる武器はいってハンドガン程度だろうと思いたいけど)」
「どうし……」
誘拐犯たちは床で寝ている仲間を見て状況をなんとなく察したようだ。
「お前がやったのか?」
「さあ? どうでしょうかね」
誘拐犯たちに見えるように尻尾を背中から出す。
「なんだ、サソリじゃないか」
「なんでサソリが月満のお嬢様と?」
「弱みかなんか握ったんじゃね?」
棟万千はありがたいと思った。世間が動物史上主義だからかこうして尻尾を見せるだけで油断をしてくれる人間がほとんどだ。
証拠に誘拐犯たちはこうして棟万千を雑魚だのなんだのと言いあっている。
「あ、そういえば金は?」
「とっくに逃がしたが? あれは俺にとっても金だからな」
棟万千は会話に注意を向けさせながら奴らの足元へ尻尾を伸ばす。
「こんな尻尾生やしたもんだから周囲からの評価は散々でさ。どうにかならないものかとお嬢様をつけてたら、この前良いとこ見ちゃったんだよねえ」
誘拐犯たちの顔が一瞬引きつると身体が傾いた。
「あ、れ……」
「敵が無駄話してるときは周りに注意しましょうね」
「て、め……」
「ただの麻酔ですからご安心を」
棟万千は誘拐犯たちの視界で手を振った。
「おやすみー」
「終わった?」
カケラが影からひょこと顔を出した。
「さて、帰りますか」
何故か嬉しそうにカケラが寄って来たが、棟万千はそれを横に突き飛ばした。
部屋に硝煙の匂いと銃声が広がるのと同時に棟万千は左腕に痛みを感じた。
「……っ!」
「サソリのくせにやるじゃねえか」
「(もう一人いたのか。)ガキに銃はどうかと思いますけどね」
痛みを感じた左腕からは血が滲んでいた。
「おとなしくしておいてくれると嬉しいんだが」
お断りします、と棟万千は笑った。
「(銃相手に肉弾戦はしんどいんだけどなあ)」
棟万千は一瞬で距離を詰めると相手のみぞおちと腹を打ちぬいた。
「……ぐ」
相手は呼吸一つの間に動けなくなった。気配を探ったが今ので本当に最後のようだ。
突然ぶわっと冷や汗が吹き出して身体の力が抜ける。
弾が掠った傷からはじわじわと血が出てきている。素人目でもへこんでいるのがわかる。これは痕が残りそうだ。
「大丈夫?」
カケラは持っていた自分のハンカチを傷の上できつく巻いた。
「汚れるぞ」
「いいよ。ね、金になる私の良いとこみたって何?」
「別に話を合せただけだ。お前の後をつけるくらいなら部屋で寝るっての」
「あ、ひどーい」
モバイルを取り返し、現在地を検索すると寮まで車で二時間かかることが分かった。月満を相手にするなら車で二時間は近すぎないだろうか。いや、灯台下暗しと考えたのかもしれない。
「最後の人のあれ、どうやったの? 瞬間移動に見えたけど」
「ただの古武術だ。モノによっちゃあマンガでも描かれてるぞ」
近くに駅なければバス停もない。タクシーは時間的に割高で、一番近いATMも時間外で引き出すことも出来ない。つまりは、歩くしかないようだ。
「道わかった?」
「一応。……ん」
棟万千は右手を差し出した。
「え」カケラの顔が動揺に染まる。
「嫌か? 夜道ではぐれられたら面倒なんだけどな」
嫌じゃないよ、とカケラは喜悦の色を浮かべた。
「で、すぐ疲れたとか言うから俺がおぶったら寝やがったよな。さすがに一時間以上おぶって帰るのはしんどかったぞ。こちとら怪我人だったんですけどぉ」
今でこそ笑い話になっているが、あの時の傷は今もくっきりと残っている。
「すぐっていっても三十分は歩いたし、私だって体力自身あったんだよ? トウ君が体力お化けなんでしょ」
「おー、伊達に毎日筋トレしてないからな」
ゴミを片付けたついでにカケラの頭に手を置く。
「俺と違ってツキには心配してくれる人がいるからな」
カケラは子供扱いしないで、と手を払った。
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