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後悔

作者: 通りすがり

その家に静寂が訪れることはなかった。

昼夜を問わず息子の耳に響く女の泣き声。

姿は見えない、ただ確かにそこにいる気配と泣き声だけが息子の小さな体を悲しみに震え上がらせた。

「またママが会いに来てくれている…」

その声は、確かに記憶に残る母親のものだった。

しかし母親は数年前に家を出ていった、嫁姑の軋轢に耐えかねて。

そしてそのまま両親は離婚。

親権は父親が持ち、息子は父親と祖父母と暮らしていた。

「ママは、僕のことが嫌いなのかな…」

息子は今までそう思っていた。だからこそママは僕を置いて出て行ったんだと。

でもママは僕のことを見捨てたわけではなかった。

幽霊となってまで僕に会いに来てくれる。

「ママ…」

息子は暗い部屋の中で一人で泣いていた。

その声に母親の幽霊はそっと近づき息子の頬を撫でた。

冷たい感触だったが、伝わる母親の想いが確かにそこにはあった。



一方、父親の貴裕もまた後悔の日々を送っていた。

妻の優美が姑との関係に苦しんでいる時、嫁姑の間で板挟みにとなることから逃げ、優美を支えることができなかった。

息子から優美の幽霊が出ることを聞かされてからは、こんな考えが貴裕の頭をよぎっていた。

「もしかしたら、優美は…もう死んでしまっているのかもしれない」


日々、罪悪感に苛まれた貴裕は、家を出たあとの優美の所在を知ろうとしたが、連絡先は分からない。

手がかりは優美の実家だけだった。

貴裕は恥を忍んで優美の実家を訪ねると、歓迎はされずも追い返されることはなかった。


そしてこことは別の場所で優美が生きていることを知る。

優美は息子を置いて家を出たことをずっと後悔しながら生きていた。優美は毎日毎日、息子のことを思い涙を流しながら生きてきた。

おそらくその想いがあまりにも強すぎたため、生きたまま幽霊となって息子に取り憑いてしまったのかもしれない。

後日、久しぶりにあった優美はただずっと息子に会いたいと泣いた。

貴裕は息子の身に起きていることを優美に全てを話した。

貴裕は優美に謝罪をし、そして懇願した。

「息子に会ってやってくれ」

優美は涙を流して何度も頷いた。久しぶりの笑顔とともに。



数日後、息子は母親と再会した。

「ママ…」

息子は母親に抱き着き、泣いた。

母親もまた息子を強く抱きしめ、そして泣いていた。

その日から息子の前に母親の幽霊が現れることはなくなった。

母親の後悔がようやく晴れたのだ。


貴裕は息子と優美がいつでも会えるように取り計らった。

もう二度と母子が離れ離れになることのないように。

家は静寂を取り戻した。

しかしそれは決して悲しい静寂ではなかった。

温かい安らぎに満ちた静寂だった。

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