デジタルの闇、23時63分
悠真はいつものようにスマートフォンを手に取り、寝る前のSNSチェックをしていた。画面の右上に表示される時刻は「23:59」。一日の終わりを告げる慣れ親しんだ数字。だが、次の瞬間、彼の指先が画面に触れると、その数字が微かに揺らいだ。
そして、何の前触れもなく画面は「23:63」と表示を変えた。ありえない数字。時計は60分で区切られているはずなのに、そのルールを破るように「63分」が存在していた。
「そんなわけない…」悠真は笑いながら画面をタップしたが、数字は消えない。逆に、その「23:63」は、まるで冷たい眼差しのように彼を見つめ返しているようだった。周囲の空気がひんやりと冷え、彼の背筋を凍らせた。
試しに家の壁掛け時計を見るが、そこは正常に「23:59」を指している。何かのバグだろうか。だがデジタル時計の「23:63」は確かに存在し、時を刻み始めた。
時間がゆっくりと、しかし確実にずれていく感覚。スマホの秒針は止まったままだが、画面の数字は24時を越えず、23時のまま「64分、65分…」と増えていく。常識の枠からはみ出た時間の裂け目だった。
不意に、画面からかすかな音が漏れた。電子音が不規則に鳴り響き、そこに紛れた何かの囁きが聞こえる。悠真の耳にだけ届く、その声はこう言った。
「ここは、時間の隙間――。この異形の数字を認めた者は、永遠に“存在しない時間”の牢獄に囚われる。」
恐怖に体が硬直する中、スマホの画面は光を放ち、周囲の世界が溶けていく。部屋の壁も、床も、すべてが数字の波に変わり、彼は無限の時の狭間へと引き込まれた。
そこには「23時63分」を示す無数のデジタル時計が宙を漂い、どれも異なる数字を叫んでいる。時間は増殖し、狂い、決して解放されない迷宮となっていた。
悠真は叫んだが、声は数字の波に飲み込まれた。彼の存在は現実から消え、彼を知る者の記憶からも薄れていく。唯一残されたのは、彼のスマホだけ。その画面は今も、「23:63」を無限に表示し続けている。
■あとがき
デジタル時計は正確な時を刻む道具のはず。しかし、その精密さゆえに、ちょっとした狂いが大きな異変の始まりとなる。23時63分は不可能な数字でありながら、見た者を別次元の時空に誘う呪いの扉でもあるのです。
時間の狭間に囚われた悠真の物語は、私たちが無意識に信じる「時」の安定を崩す、冷たくも美しい警告なのかもしれません。