宇宙の果ての僕の片割れ~大学生バイト探偵のファンタジック事件簿2
家出少年を家に帰す。
所長が僕に下したミッションだ。零細探偵事務所なんて実態は何でも屋。中でも大学生バイトの僕に回ってくるのは、一番しょうもない仕事だ。
家出少年・岩本怜大はネカフェにいる。店主が毎日通い続ける怜大を怪しんだけれど、学生証は偽造だった。それで、家出ではと所長に相談してきた。
高1くらいの年格好とのこと。さて。
ブースをノックすると、「どうぞ」と声変わりして間も無さそうな声がした。
ドアを開けると、おやつの袋菓子が散らばっている。その風景に似合った、幼さを残した少年がこちらを見上げていた。冷房のせいか、この酷暑に長袖・長ズボンだ。
「堀尾と言います」
と僕は名乗り、
「探偵事務所のバイトなんだけど、きみ、学生証偽造でしょ。家出だよね。家に帰ろうか」
まずは正面から言ってみた。ところが。
「分かりました」
怜大少年は、こちらが脱力するほど素直に頷く。
「え? いいの?」
僕が思わずそう返すと、
「ええ。用事は済みました」
それで微笑みながら、
「惑星間移動していました」
と言った。電波さんの中二病? それが顔に出たと思うのだけど、怜大は今度ははっきりと笑った。
「僕たちはみんな双子です。ただの双子じゃない、全く同一の双子。宇宙のちょうど反対側に、その片割れがいる。僕たちは孤独じゃない。だから僕は、その片割れの所に行きました」
夢見がちな発言に相応しく、小柄で痩せて童顔。深い瞳の色をしている。いや、沈んだ色。
「隣に座っていい?」
怜大は横にずれてくれた。とてもゆっくりと。彼は変な座り方をしている。身体が傾いているのは、重心を極端に右に寄せているせいだ。
パソコンには夜空の写真が映し出されていた。無数の星が美しく散らばる。
「星が好きなの?」
「小さい頃から見ていました。夜の間中、何時間も」
「冬も?」
「はい。冬の星座もみんな分かりますよ」
彼の露出の少ない服装、沈んだ瞳、どこかを庇う不自然な座り方、小さい頃から冬に何時間も星を? そして家出。僕の中で嫌な予感が拡がる。
「怜大くん、本当に家に戻っていいか」
怜大は頷く。僕が頷けない。もしかしたら。
怜大は話を惑星間移動に戻した。
「でも僕はバカでした。双子は全く同じ行動を取るんです。つまり僕たちは行き違い、入れ替わってしまう。だから会えなかった」
僕は彼の言葉の意味する所を考え――、ある可能性に思い至る。
「怜大くん、今ここにいるきみは、どっちのきみだ?」
僕の言葉で怜大は真顔になった。当たりか。僕は畳みかけた。
「きみは、あっちの片割れの方のきみじゃないのか? きみたちは互いに会いに行って擦れ違い、でも互いの窮状を知った。当たり前だ、みんな双子で同一なんだから。それでお互い助けることにした、きみたちを虐待してきたそれぞれの親から」
怜大は無反応だ。僕は続ける。
「きみは自分自身を助けるためでは、親をどうにかしてしまうことなど出来ない。やはりどこかで愛しているから。でも、きみの片割れを助けるために、片割れの方の親だったら出来る。だって、きみの本当の親じゃない。同一だけど別物だ。だから――、殺したのか?」
勿論、本当に惑星間移動したなどとは思わない。ただ彼の中で、その考えがリアルになっているとしたら。
怜大は僕を強く見つめ――。
「とんだ妄想ですね」
さらりとそう言った。
「じゃあ、きみは袖を捲ってみせられるか? 襟を大きく広げられる?」
「それで何か出てきたらどうするんですか。バイト探偵に何が出来ます?」
「きみを捨て置けない、僕が絶対…」
すると彼は僕の両肩を優しく叩いた。
「落ち着きましょ」
それで、キルトのパッチワークでできた巾着袋を取り出す。
「祖母の形見です」
中にはスマホが入っていた。
「ごめんなさい。おふざけは終わりです。僕は昼、このネカフェで眠っていた。じゃあ夜は何をしていたか」
怜大はスマホで動画を再生する。闇に紛れて、でも男の姿がはっきり映っている。他に数人。何かを取引している。
「これは父の犯罪の現場です。麻薬だと思います。母は中毒にされている。家にいては、その母の目もあって動きづらい。だから家出して張り込んだ。あの男を刑務所に送れば、その間に僕は成人する。そういうことです。父とは血も繋がっていないし、躊躇は無いです。動画は一昨日、警察に送りました」
降参だ。怜大こそ探偵になればいい。
怜大と一緒に店を出た。
「これ、数時間前です」
怜大はスマホでニュースを見せてくれた。麻薬での大捕り物で、主犯の男は岩本。怜大と同じ姓。怜大が動画で撮った男。
「全部、終わったんです」
別れ際、怜大は僕に言った。
「本当は僕はあっちの方の僕なのかもって、ちょっと思うんです。全部同一なら入れ替わっても分からないでしょ」
確かに分からない。怜大本人にだって。
本当は誰も、自分がどっちかなんて言えないのかもしれない。